廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第85回

台湾における社会的連帯経済

 日本周辺地域における社会的連帯経済の状況については、韓国と香港に関してはすでにこの連載で紹介しているものの、台湾についてはまだ紹介していませんでしたので、この機会に紹介したいと思います。

 社会的企業育成法が2006年に成立し、社会的企業振興院が各種支援活動を積極的に行っている韓国や(韓国における社会的連帯経済についての詳細はこちらで)、2008年より社会的企業サミットを年1回開催し(今年は例年よりも早く、9月24日と25日に開催: 2013年の会議についてはこちらを参照)、現地政府も社会的企業の推進に熱心な香港(香港政府による社会的企業推進サイトはこちら: 繁体中国語・英語)と比べると、台湾は比較的地味な存在ですが、ここ数年台湾でも社会的企業が話題になることが多くなっており、いくつか興味深い流れが出てきます。今回はこのような台湾の最新状況についてお伝えしたいと思います。

 その前に、台湾独自の状況についてお話ししたいと思います。ご存じの通り、「二つの中国」を認めないという中国側のポリシーにより、世界のどの国も、中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)の両方を承認することはできません(中国を承認するには台湾と断交する必要があり、また台湾と国交を結ぶと中国から断交される)。このため日本や欧米など大多数の国は台湾と正式な外交関係を持っておらず、政府間での交流はできません。たとえば日本など各国政府や各国の自治体が社会的企業についての国際会議を開催したり、あるいは資金援助したりする場合、台湾の関係者を招聘することはできないのです。この結果、社会的企業に限らず台湾における社会的連帯経済関係者との国際交流は、主に民間部門が担うことになります。

 台湾政府の経済部(日本風にいうなら経済省)が2014年9月にまとめた行動方針(繁体中国語)によると、台湾でも現在のところ社会的企業関係の法律はなく、社会的企業とされる団体はその大部分が法人としてはNPO(非営利組織)となっているものの、これら団体が保有する法人格は、有限会社、株式会社、財団法人、社団法人、協同組合、農協・漁協など、多種多様です。大部分は日本でいうところのコミュニティビジネスに取り組んでおり、高齢者や障碍者を対象とする社会的企業が多い点は英米や韓国などと共通していますが、台湾に特徴的な点として、原住民支援の事例が見られる点が挙げられます。

 原住民(日本では先住民という表現が一般的に使われるが、台湾では先住民は滅亡してしまった民族を指す一方で、日本の先住民に当たる表現として原住民が使われる)は2016年現在で55万人ほど住んでおり、台湾の総人口の2.35%を占めています。血統的にも言語的にも、フィリピンやマレーシア、インドネシアやポリネシアの人たちと近い関係にあるこれら原住民はさまざまな部族に分かれています。17世紀に中国大陸から移民が数多く渡るようになって以降、漢民族主流の社会に同化し、漢民族と混血し原住民としての意識を持たなくなった人も増える一方、特に険しい山岳地帯などに住む原住民諸族は伝統的な生活様式を長い間保ち続けました。現在では政府により16民族が認定されており、原住民にも学校教育などが行き届き、中国語を母語とする人も多くなりましたが、台湾が経済発展を遂げる一方で、伝統的生活様式のために経済発展の恩恵を充分に受けられない人も少なくないため、彼らへの支援の手段として社会的企業が生まれるケースもあるわけです。

 台湾の社会的企業が取り組んでいる分野は、伝統的な衣食住のみならず、老人介護、まちづくり、環境保護などが挙げられます。しかし、台湾社会ではまだまだ社会的企業の認知度が低く、NPOと混同されるケースも少なくありません。また、韓国の社会的企業育成法のように、社会的企業一般に対して適用される法律がない現在、有限会社や協同組合など法人格ごとに別々の法律が適用されているのが現状であり、税制優遇や行政による調達などいった公共政策面で一貫性がないのも障害となっています。実際には労働部や経済部、内務部などで就業研修やインキュベータ設置などが行われていますが、社会的企業という軸がないことから、縦割り主義で政策の間でのつながりがない点が問題となっています。このような現状を踏まえた上で、同報告書では以下の4点での政策立案を提唱しています。

  • 規制緩和: 関連規制の現状を見直し、現在障壁となっている行政上の規則を調整、必要な法律の原案作成。
  • ネットワーク化: 一般市民向けの啓発の強化、地域内にある多様な企業同士での連携の促進、国際会議の開催や参加により国際的な連携の強化。
  • 融資: クラウドファンディングや民間資金、さらに中小企業信用保証基金などを活用。
  • インキュベーション: コワーキングの場所の創設、社会的企業の専門家の養成。

 また、政府側で社会的経済のポータルサイト(繁体中国語)を開設して、各種情報提供も行っています。ここでは台湾政府による各種支援政策や各種ニュースの紹介にとどまらず、世界各地(主にアジアおよび英米)の動向や台湾国内の事例も紹介しています。

台湾政府による社会的企業のポータルサイト

◀台湾政府による社会的企業のポータルサイト

 事例としては、ダイアローグ・イン・ザ・ダーク台北(ドイツで始まった試みで、真っ暗闇の部屋の中で一定時間過ごすことにより、視覚に頼れない環境でそれ以外の知覚を研ぎ澄まし、視覚障碍者の生活を疑似体験するもの: ダイアローグ・イン・ザ・ダーク日本はこちら)やビッグイッシュー台湾(英国で始まった試みで、ホームレスのみが販売可能な雑誌を刊行し、ホームレスはその収益で経済的自立を目指す。ビッグイッシュー日本版はこちら)、またO’Right(環境にやさしいシャンプーメーカー、日本支部はこちら)のように、欧米で生まれた事例を台湾に取り入れたものもありますが、以下のように台湾独自のものが大部分を占めています。

▲台湾政府による社会的企業のプロモーションビデオ(中国語・英語字幕付き)

▲小鎮文創の活動を紹介した動画(中国語・英語字幕つき)

 前述した通り、韓国や香港と比べると台湾での社会的企業の取り組みは遅れており、また社会的連帯経済という枠組みも存在しませんが、少なからぬ事例が存在しており、また政府側による支援の動きも少しずつ始まっています。社会的連帯経済という枠組みが台湾ではほとんど知られていないため、RIPESSやASECなどでも台湾からの参加者はほとんどいないのが現状ですが、特に原住民関連の事例という点では、連帯経済の国際的なネットワークを活用することにより、世界各地の連帯経済の事例から学ぶことができるはずです。韓国や香港に続いて、台湾においても今後どのように発展するのか、楽しみにしたいと思います。

参考資料(前述のもの以外)
http://sewf2015.org/wp-content/uploads/2015/07/P1_Joyce_Yen_Feng1.pdf
http://www.tri.org.tw/research/impdf/822.pdf

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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