7月8日から10日まで、ブラジル最南部のリオ・グランデ・ド・スル州サンタマリア市で連帯経済見本市が開催されましたが、この際に、リオ・グランデ・ド・ノルテ連邦研究所(IFRN)マカウ校の助教授で、ブラジル連帯経済フォーラムの理事としても活躍しているジオゴ・レーゴ(Diogo Rêgo)氏にインタビューすることができましたので、今回はその内容についてご紹介したいと思います。
▲サンタマリア市における連帯経済見本市の様子(2015年のもの)
※ブラジルの地名や人名のカタカナ転写については、伝統的な表記と実際の発音の間にかなりズレがあります。たとえば、リオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro)は、現代ブラジル・ポルトガル語ではヒウ・ヂ・ジャネイルと発音されます。また、上記のリオ・グランデ・ド・スル(Rio Grande do Sul)州についても、実際の発音はヒウ・グランヂ・ドゥ・スーとなります。ヂオゴ・レーゴ氏の場合、伝統的な表記に従えばジエゴ・レーゴになり、実際の発音に近い形に書くならばヂオグ・ヘーグとなりますが、ここでは私なりの折衷方式で記載している点、ご了承ください。
ブラジルについてはこの連載でも何回も取り上げてきましたが、1990年代から連帯経済活動の各種活動が存在し、同国最南部のポルト・アレグレ市で2001年に初開催された世界社会フォーラムをきっかけとしてこれら活動が全国的にまとまってゆきました。2003年に労働者党のルラ氏が大統領に就任すると連帯経済局(SENAES)が発足し、またこの年に業界団体としてブラジル連帯経済フォーラム(FBES)も設立されて、二人三脚的に連帯経済を推進することになったのです。
しかし、ルラ大統領の後継者として2011年に就任したジルマ・ルセフ(実際の発音はヂウマ・フセフィ)大統領が、去る5月に起きた弾劾により職権を停止され、ミシェル・テメル副大統領が大統領代行に就任したことで、このような時代にピリオドが打たれることになります。これにより連帯経済局も大きな影響を受け、同局の創設以来局長を務めてきたパウル・シンジェル(Paul Singer)氏が実質上解任され、元警官で連帯経済とは無縁のナタリーノ・オルダコスキー(Natalino Oldakoski)氏が後任の局長に就任しています。このように、13年余りにわたって続いた労働者党による連帯経済支援体制に突然ピリオドが打たれ、今後の見通しがなかなか立たない中で、今回のインタビューは行われたのです。
◀今回のインタビューに応じていただいたヂオゴ・レーゴ氏
廣田 レーゴさんが連帯経済に関わるようになったきっかけは何ですか?
レーゴ 私は2004年に大学に入りましたが、そこで連帯経済の事例の特定やカウンセリングの業務に関わるようになり、2008年には(出身地の)バイーア州で Rede de Moinho というフェアトレードの協同組合を立ち上げ、またブラジル北東部における連帯経済協同組合のインキュベーターにも関わるようになりました。その後、2011年にブラジル連帯経済フォーラムの理事となり、全国レベルでの運営を今年(2016年)まで担当しています。
廣田 ブラジルにおける連帯経済の発展について伺いたいと思いますが…。
レーゴ ブラジルにおける連帯経済は、1990年代より発展を始め、2000年代まで続きましたが、2000年代にブラジル経済一般が改善すると、非連帯経済部門でも仕事が見つかるようになったことから、連帯経済の成長はむしろ停滞しました。また、ブラジル政府側では連帯経済を雇用創出の道具としてしか見ておらず、人間らしい生活水準の達成や環境に配慮した経済活動の実施という点ではあまり進歩は見られません。
廣田 世界的に見ても、ブラジルは連帯経済の先進国として評価が高いように思われますが。
レーゴ ブラジルにおける連帯経済は、コミュニティバンクや家族農業、廃品回収の協同組合、女性による協同組合、そして有機農業などの分野でネットワークを結成しています。しかし、連帯経済で働いている人の7割は最低賃金(2016年現在で月給880レアル、約2万8500円)しかもらえておらず、先ほども話したように政府としては雇用の数だけを重視する一方、その質については無頓着です。また、これに加え最近では世界中で右派政権が台頭していますが、中南米もその例外ではなく、パラグアイ、ホンジュラス、アルゼンチンなどで左派から右派への政権交代が続いており、厳しい状況となっています。ブラジルでは国会、マスコミ、そして金融界などが右派で占められており、彼らがジルマ大統領の弾劾において主要な役割を果たしました。このような中、政府側から連帯経済の推進向けの予算が削られているのです。
廣田 このような状況で、具体的にはどのような影響が出てくるでしょうか?
レーゴ たとえばパルマス銀行などのコミュニティ開発バンクのモデルですが、これは資金的に政府などに依存しており、仮に政府からの資金援助がなくなったらそのうち半数は閉鎖に追い込まれることでしょう。このため、これら事例が生き延びられるように経済的に強化したり、政治的な参加を強めたりすることが課題となっています。
廣田 現在私が住んでいるスペインでは、教育や住宅、そして再生エネルギーなど中産階級の需要を満たす形で協同組合が勃興していますが、ブラジルではそういう協同組合の可能性はありますか?
レーゴ ブラジルの連帯経済は主に貧困層の生産者による運動であり、そのような中間層の消費者とのつながりは薄いです。私はスペインに滞在したこともありますが、スペインの人々はもっと政治意識が高く、社会的契約としての意識がブラジルよりも強いように思われます。ブラジルの消費者は価格や表面的な見栄えだけにこだわり、連帯経済が提供する質をなかなか理解してくれません。
とはいえブラジルの特徴としては、これだけ広い国であるにも関わらず、廃品回収やインキュベーターなど分野別に全国ネットワークが存在し、実践体験の交流を行っていることが挙げられます。他の中南米諸国ではこのような運動が見られないので、非常に興味深いです。
廣田 このような段階から次の段階へと発展させるには、どのようなことを行うことができるでしょうか。
レーゴ 市民意識をきちんと持った新世代の育成です。たとえば、今私が住んでいるリオ・グランデ・ド・ノルテ州のサン・ミゲル・ゴストーゾ市では10年前から青少年教育を行っていますが、当時の少年が成人して市民社会の担い手となっています。
廣田 5月のジルマ大統領への弾劾後、どのような影響がブラジルの連帯経済に出ていますか。
レーゴ 連帯経済全体が弱体化しており、経済的な収益性を高める必要があります。ブラジルの連帯経済は真のところ、食品生産、民芸品、廃品回収や縫製業に偏っており、他の分野も手掛ける必要があります。また、現政権では中産階級の雇用も不安定化させようとしていますが、それにより雇用の安定性が失われた中産階級が、たとえば翻訳や技術アセスメントなどの分野で連帯経済に参加するようになるかもしれません。また、ブラジルで協同組合というと、多くの場合伝統的な大農園の組合で連帯経済の精神とは合致しませんが、これに加えて政府からの支援も期待できなくなると、最後に頼りになるのはカトリック教会と労働組合だけになりますが、彼らとの協力関係を維持しながら推進してゆきたいと思います。
廣田 ブラジルでは、連帯経済局を中小企業振興局と統合しようとした際に連帯経済関係者から反対が出て、その案は立ち消えになりましたが、中小企業との関係はどうですか?
レーゴ 一般の中小企業と連帯経済の間でも、きちんとした関係を築く必要があります。大事なのは協同組合や中小企業といった法人格ではなく、民主主義の深化だからです。
インタビューを終えた感想としては、ブラジルにおいても連帯経済の前途はかなり厳しいものである、というものでした。確かに連帯経済局の設立や各種イベントの開催など、ブラジルは連帯経済関係のニュースが非常に多い国で、特に諸外国から見ると連帯経済関係で非常に発展しているように思われがちですが、貧困層による経済活動とその各種支援活動という側面が強く、どうしても貧困層でも可能な分野の経済活動、具体的には食品加工や縫製業、リサイクル業などに限られてしまいます。また、雇用対策を重視する一方、それ以外の連帯経済の側面を無視する連邦政府の意向により、その発展が歪められてきたという問題もあります。先進国では、比較的資金に余裕のある中産階級に支えられた運動として連帯経済が勃興していますが、そうではなく貧困層支援が中心となる途上国では連帯経済分野側の資金が限られており、政府など外部からの資金に依存した形で運動を続けざるを得ないという現状もあるようです。今回のインタビューが、皆さんのご参考になれば幸いです。