廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第119回

韓国における社会的経済促進のための諸政策

 この連載では、韓国についても時々紹介してきましたが、公共政策について面白いニュースが入ってきましたので(詳細はこちら:日本語)、今回はこの記事をもとにして韓国の諸政策をご紹介したいと思います。なお、この記事を配信された韓国の生活協同組合のiCoopさんは、韓国語に加えて日本語や英語でも、韓国の社会的経済についてのメールマガジンを毎月配信していますので、韓国の動向にご関心のある方はぜひこちらで登録してみてください(日本語版の登録はこちらで)。

 韓国では、社会的企業や協同組合については法律がすでに制定されており(社会的企業育成促進法(日本語訳)協同組合基本法(日本語訳))、これらの法律に基づいて韓国社会的企業振興院が設立されており、支援のための各種政策を行っています。また、自治体レベルでは、社会的経済という枠組みでの支援政策を実施しているところもあります(ソウル市については第86回の記事第99回の記事を参照)。しかし韓国政府としてはこれまで社会的経済全体への支援政策は特に行っていなかったところで、去る10月18日に、大統領主宰で初めて「社会的経済活性化対策」が発表されたのです。

韓国社会的企業振興院のサイト

◁韓国社会的企業振興院のサイト

 この記事では、社会的経済が発展している欧州諸国と比べると、韓国ではまだまだであるという現状認識から始まっています(EU諸国では社会的経済がGDPの10%近くを占めるのに対し韓国ではそこまで行っておらず、雇用人数の割合においてもEUとの間で大きく差をつけられている)。朴槿恵前大統領の弾劾を受けて文在寅大統領が5月に就任しましたが、同大統領の政策の一つに雇用創出、格差問題の解消や社会統合などに貢献する社会的経済の活性化があり、社会的経済タスクフォース内で関連省庁や専門家がまとめた支援政策が発表されたわけです。これら政策は、以下の4つの柱から成り立っています。

  1. 社会的経済支援に向けた諸政策の統合:社会的経済に関しては、どうしても省庁ごとにバラバラの支援政策が実施されがちだが、将来的には社会的経済基本法を制定して、この法律の下で諸政策を統合してゆくことを目指す。
  2. 金融面での支援:韓国でも他国同様、社会的経済系の企業は資金調達に苦労しているが、公的資金調達制度や民間投資環境の改善、規制の緩和や保証支援などを通じて支援。
  3. 公共調達による入札において社会的価値を基準に追加・販路開拓:社会的経済の事業体は小規模で、また社会的使命を達成する必要上さまざまなコストがかかり、費用面だけでは競争力に欠けることもあるが、これらの事業体が入札しやすくするように入札基準に社会的価値を組み込んだり、社会的経済の商品の販路開拓も行ったりする。
  4. 社会的経済関係の教育や企業支援の整備:大学で社会的経済関係の講座を儲けたり、企業設備を増やしたりする。

 社会的経済基本法については、フランスやエクアドルなどが制定していますが(フランス法についての記事はこちら)、韓国でもこれら諸国の法律を参考にして、同様の法律が制定されることが期待されています。また、前述したようにこの法律に基づいて、社会的経済全体を統括する政府機関ができる見通しですが、これにより社会的経済に関してより一貫性のある政策が実施されるものと期待できます。

 金融面についてですが、確かに政府からの支援があると社会的経済の成長が促されますが、その一方で政府頼みになってしまったり、補助金目当ての事業が立ち上がって本来の社会的経済の発展につながらなかったりする可能性もあります。韓国には今のところ、欧州諸国の倫理銀行や日本のNPOバンクに相当する事例がないという問題がありますが、どこの国でも社会的連帯経済系の金融機関は社会的連帯経済の発展において主要な役割を果たしていますので、社会的経済に取り組む韓国の方の間で、何らかの形で金融機関も立ち上げてもらいたいと思います。

 入札において社会的連帯経済に有利な基準を導入することは、確かに社会的連帯経済の実践者にとってはありがたいものです。また、この点では第48回の連載で紹介した公共財経済の考え方も、非常に参考になります。ただし、これら基準は社会的連帯経済の実践者に有利になるものではあっても、これがあるからといって必ずしも社会的連帯経済関係の実例がこれら入札で必ず落札できると保証するものではなく、社会的連帯経済側でも商品の品質や値段などで改善努力を怠らないことが必要となります。

 また、販路開拓についてですが、諸外国の例を見てもわかるように、社会的連帯経済見本市を開催して商品を展示販売したり、同時に各種講演会やワークショップなども開いて社会的連帯経済の意義を一般市民に伝えたりすることも大切になります。社会的連帯経済関係のイベントというと、建物の中で関係者だけが集まって行う会議が多く、それはそれで内輪の問題を話し合うという点においては重要ですが、より多くの人たちに社会的連帯経済を知ってもらい、その商品やサービスを積極的に利用してもらうためには、このようなキャンペーンが欠かせません。また、見本市については首都ソウルでだけではなく地方でも開催して、韓国各地に住む人たちに社会的連帯経済の商品やサービスを紹介するのみならずその意義をも伝えることが大切になってきます。

▲バルセロナで開催されるカタルーニャ連帯経済見本市の様子

 最後の大学教育や起業支援センターの充実についてですが、研究機関である大学の支援を得ることは、各事例や社会的連帯経済ネットワーク全体の発展において欠かせません。大学では大学院での専門教育に加えて国内外の事例などの研究に従事することになりますが、日頃の事業活動に追われて研究まで手が回らない実践者に国内外の貴重な情報を提供したり、地域内の事例を訪問してアドバイスを行ったりすることが求められることになります。また、起業支援センターでは、社会的経済の事業として発足してから軌道に乗るまで、経営ノウハウや法律支援など各種支援が得られるようになるものと思われます。

 その一方で、個人的には今後の展開においていくつか気になる点がありますので、以下コメントしたいと思います。

  • 社会的経済の定義:韓国では今のところ社会的経済や協同組合、さらには日本のコミュニティビジネスに相当するマウル企業が中心となっているが、世界的な社会的連帯経済の潮流を見た場合、フェアトレードや地域通貨、マイクロクレジットなども重要になってくる。このため、現在韓国において社会的経済の文脈で話題になっている事例だけではなく、韓国ではまだ知名度が低くとも世界的に社会的連帯経済の重要な担い手として認識されているものもきちんと取り込むことが欠かせない。
  • 中央政府と地方政府との関係:韓国ではすでに各自治体が社会的経済の推進に向けて取り組んでいるが、あくまでも各自治たよる取り組みであり、全国の自治体(たとえば道や特別市・広域市)に対して社会的経済に取り組むよう義務付ける動きは今のところない。フランスでは各地方が社会的連帯経済の評議会を設立したり、社会的連帯経済に関する会議を定期的に開いたりすることが定められているが、このあたりで中央政府がどのような態度を示すのかが注目される。

 いずれにしろ、今後社会的経済基本法の法案が韓国国会に提出され可決されることにより、これら政策の具体的な姿がさらに明らかになってくるものと思われます。韓国の今後の動向には、これからも注目し続けたいと思います。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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