廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第08回

アジアにおける連帯経済の動向

 さて、これまでは欧州や中南米を中心に連帯経済の動向を紹介してきましたが、アジアでも同様の取り組みやネットワークが広まっています。今回はアジア各国の動向について紹介したいと思います。なお、日本については回を改めて詳しく紹介したいと思います。また、アジア全体の連帯経済については最近書籍が出版され、オンラインでダウンロード可能(英語)ですので、英語がわかる方はぜひご覧いただければと思います。

 アジアで連帯経済のネットワークが始動したのは他の大陸と比べると比較的遅く、2007年10月にフィリピンのマニラで開催された第1回アジア連帯経済フォーラムまで待たなければなりません。その後2009年11月には第2回アジア連帯経済フォーラムが東京で、2011年11月には第3回アジア連帯経済フォーラムがマレーシアのクアラルンプールで開催されました。2012年にはこの流れとは別に国別のフォーラムが10月に、インドネシアのマナドとフィリピンのマニラでそれぞれ開催されており、今年は10月にフィリピンのマニラで、連帯経済の全世界ネットワークRIPESSの第5回総会が開催される予定になっています。また、アジア連帯経済評議会(ASEC)が設立され、アジア全体の連帯経済運動を代表しています。

2009年11月に開催された第2回アジア連帯経済フォーラム(東京)

▲2009年11月に開催された第2回アジア連帯経済フォーラム(東京)

 また、この連帯経済の運動と直接つながっているわけではありませんが、韓国や中国では社会的企業の動きも盛んです。韓国では2007年に社会的企業育成法(日本語訳はこちらで)が施行され、自身に必要な社会サービス(教育、保健、社会福祉、環境及び文化の分野のサービスその他これに準するサービス)を市場価格で購入することが困難な「脆弱階層」にこれらのサービスあるいは雇用を提供する団体の中で、労働部(日本風に言うなら労働省)から認証されたものを社会的企業と呼ぶことになります。認証された企業には社会的企業振興院(韓国語・英語)から経営コンサル、公共団体からの優先購買、販路開拓支援(オンラインモールや共同市場)、人材派遣や国際協力など各種支援を受けることができ、2013年4月9日現在で801団体が社会的企業の認証を受けています。なお、この認証を受けるためには株式会社や有限会社など「企業」である必要はなく、協同組合やNPOでもかまいません。
 さらに、香港では2008年から毎年11月に、香港域内のみならず台湾や中国本土、さらには英米や日本など各地の関係者を呼んで、社会的企業サミット(英語・中国語)が開催されています。
 自主運営型の協同組合が主体の欧州や中南米の社会的経済や連帯経済と比べると、アジアの連帯経済は社会的企業が中心だと言えます。アジアの多くの国では伝統的に慈善団体が貧しい人たちの生活の底上げのための活動を行ってきましたが、これら団体への補助金が削減される中で、資金不足を解消する目的で社会的企業へと組織転換し、必要な資金を自ら稼ぐようになりました。そして、貧しい人たちの生活の底上げを目的とする社会的企業が数多く創設され、起業の一形態として注目されるようになりました。同じ途上国でも中南米では貧しい人たち自身が協同組合を組織し、中流層はその組織作りを手伝いする側に回りますが、アジアでは中流層自身が起業を行い、貧しい人たちに雇用と収入を提供してゆくわけです。

インドネシア・マナド市で開催されたアジア連帯経済フォーラム2012

▲インドネシア・マナド市で開催されたアジア連帯経済フォーラム2012

 さて、このような発展を遂げているアジアの連帯経済ですが、いくつか課題があります。

1)ネットワークをカバーできていない国が多い

 連帯経済の実践はおそらくどこの国でも行われていることでしょうが、そういう実践がアジア連帯経済評議会に知られるようになるとは限りません。特にアジアの場合には各国ごとにことばが大きく違い、仮に連帯経済とみなせる活動を行う人たちがいても、その人たちと連絡をとってネットワークを編成できるとは限りません。そういう意味では、埋もれた連帯経済実践者たちを「発掘」し、各国の関係者と緊密に連絡を取り続けることが欠かせません。

2)国内ネットワークを有する国が少ない

 アジア全体のネットワークを構築する上では、当然ながらその下支えとして実践者や大学、管轄の行政機関の関係者などと束ねたネットワークが各国レベルで必要となりますが、今のところアジア諸国においてそのようなネットワークが確立している国は多くありません(フィリピン、マレーシア、韓国など)。各国ごとに言語、法制度、経済や社会の状況が違うことから、国内の問題について話し合ったり、必要であれば各国の政府機関と交渉して連帯経済を推進する政策を導入してもらうよう陳情したりする必要がありますが、そのような活動の土台となるネットワークの整備が遅れています。連載第5回の記事でもご紹介したように、ブラジルではブラジル連帯経済フォーラム(ポルトガル語)が全国の連帯経済関係者のまとめ役として機能しており、連帯経済に有利な政策の導入を勝ち取っていますが、アジアはまだまだそこまでは行っていません。

3)生産ネットワークの強化

 連帯経済セクターの成長を促すには、生産活動におけるネットワークを強化することも欠かせません。たとえば農村部のコメ農家や養鶏農家などと都市部の大衆食堂が提携することにより、農家は安定した販売先を確保できることができます。また、都市部で残飯から堆肥を作って農村部に売れば、それだけ連帯経済ネットワーク内での資金循環が進みます。お互いに持ちつ持たれつの業務関係を作り上げることで経済的に助け合い、発展につくすことができるようになるのです。

4)大学との提携

 アジアでも一部の大学は連帯経済との提携を始めていますが、アジア全体で見た場合にはまだまだ不十分です。大学で研究されている経営のノウハウをどのようにして効率的に社会に還元してゆくかが問われているといってもかまわないでしょう。

5)大陸間、特に中南米との連携

 前述したように世界の中でも最も連帯経済が発展しているのは中南米、特にブラジルですが、伝統的にアジアは中南米との関係が希薄で、連帯経済においても十分な協力関係が構築できているとはいえません。また、世界的に見た場合には連帯経済ネットワークにおける公用語は英語・フランス語・スペイン語の3言語ですが(ブラジルはポルトガル語だがスペイン語と非常に似ているのでスペイン語でカバー可能)、アジアではフランス語やスペイン語はほとんど使われていないことから、アジアの連帯経済関係者でフランス語やスペイン語に堪能な人は皆無に等しく、国際的な情報の流れからどうしても遅れをとってしまいます。中南米は距離的にも文化的にも言語的にもアジアからは非常に遠いですが、何らかの形でこの距離を埋める人材を養成したいものです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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