廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第50回

補完通貨(地域通貨)を導入するには②

 前回に引き続き、私の専門である補完通貨の導入について、具体的に書いてゆきたいと思います。今回は、アルゼンチンで2001年から2002年にかけて発生した経済危機の際に駆け込み寺として機能し、何百万もの人たちが食いつないでゆく手段として機能した交換クラブの推進役として活躍したエロイサ・プリマベーラ女史らが編纂したマニュアル「社会的通貨と民主的運営」(英語版スペイン語版ポルトガル語版)から、補完通貨の成功の秘訣を探ることにしましょう。

エロイサ・プリマベーラ女史の画像

◀エロイサ・プリマベーラ女史の画像

 補完通貨、特にLETS型の補完通貨を導入した際にありがちな失敗としては、提供品の一覧を作成さえすれば、それを目にした会員が自発的に取引を行うだろうという甘い見通しが挙げられます。確かに自分が属する補完通貨の会員であるとはいえ、会ったこともない人にいきなり電話をかけて、「ギターの弾き方を習いたいので教えてください」と連絡する人はそうそう多くありません。やはり実際には、会員同士が直接会い、顔なじみになった上で取引を始めたり、あるいは市場を開いて多くの人たちが集まる場所で商品を陳列したりしないと、商品は売れません。このため、お互いが知り合う機会を作ったり、市場を定期的に開いたりする必要があるわけです。

 まず、お互いを知り合うために、「5つの柱」と名付けられたワークショップを行います。このワークショップは通常15〜30人程度が参加して行われますが、ここで各参加者は以下の内容を紹介します。

  1. 名前:このワークショップが行われていたアルゼンチンでは電話番号や住所(当時はまだ電子メールの使用はそれほど一般的ではなかった)も告げていましたが、日本ではそこまでする必要はないでしょう。
  2. 主な活動:現在、あるいは過去において生活の糧を得るためにやってきた職業あるいは生産物について語ります。これにより、この補完通貨のグループの中でそのような商品やサービスが手に入るのかがわかるようになります。
  3. 教えることができる知識:語学や楽器の演奏テクニック、あるいは外国料理のレシピなど、他の人に教えることができる知識。
  4. お金なしで手に入れたことのある物品やサービス:ヒッチハイク旅行、田舎で農家をやっている親戚からもらった食品、先輩からもらった教科書など。
  5. 手に入れたいけど手に入らない商品やサービス:欲しいと思っているものについて口にすることで、それを持っている人から譲ってもらえる可能性がある。

 ここで大事なのは、2から5において、自分が欲しい(5の場合は自分が提供できる)商品やサービスを誰かが口にした場合には、挙手してその意思を示すことです。たとえば、かつて餃子工場で働いていて、今でも美味しい餃子を手作りで準備できる女性がいた場合、餃子好きな方は手を挙げて「その餃子を一度食べたい!」と意思表示をするわけです。これにより、自分にとっては大したことのないことと思っていた餃子作りの技術が他人から評価され、経済的なチャンスが生まれるだけでなく、自分を必要としてくれている人がいるということで、自信が持てるようになるという心理的な効果もあります。

 そして、全員の自己紹介が終わったら、6人程度の小グループを作り、自分たちの持っているスキルや資産を使って何か新しい事業を起こせないか考えてみます。たとえば、ピザ作りの得意な人とバイクを持っている人がいれば、宅配ピザの店を始めることができます。もちろん、実際にはそう簡単には行きませんが、自分に何ができるのか、そしてその能力や資産を活用してどのような新事業が起こせるのか(たとえば1階のガレージを小洒落たカフェに改造)を考え続けることは大切だと言えるでしょう。このような自己紹介イベントを毎週行い、新規会員が他の会員と知り合いになり、信頼関係を樹立して取引を積極的に行えるような土壌を整備してゆくわけです。

◀プリマベーラ女史らが編纂したマニュアルの表紙(ポルトガル語版)

◀プリマベーラ女史らが編纂したマニュアルの表紙(ポルトガル語版)

 また、補完通貨自体の価値への裏打ちも必要です。アルゼンチンの交換クラブでは、新規会員に対して50クレジット(当時のレートで50ペソ=50米ドル相当)が支給され、会員はこのクレジットを使って取引を行っていましたが、経済危機時に生産手段を持たない人が多数会員となり、買い物しかしなかったことに加え、クレジット自体が販売されるようになったり(2〜3ペソ出せば50クレジット手に入った)、またニセ札が大量に流通したりするようになったことからハイパーインフレが起き、システムへの信頼性が失われて規模を大幅に縮小することになりました。この反省から、あくまでも実際の商品という裏打ちのある形で通貨発行を行うべきだということになり、以下のような実践が奨励されています。

 まず、交換市で使う通貨を管理するエコバンクを設置し、そのエコバンクが「発行」する紙幣を用意します。そして、交換市を始める前に各参加者に対し、商品の一部をエコバンクに預けるよう依頼し、それぞれの商品の価値に対応する額の補完通貨を発行します。たとえば、秋元さんが1パック200円相当の手作りパスタを50パック持ってきて、そのうち20パック預けた場合、200円×20=4000円相当の補完通貨を手渡すわけです。これにより、この補完通貨はパスタという担保を持つことになり、信頼性が増します。そして4000円相当の補完通貨を手にした秋元さんは、この補完通貨を使って他の人の商品を買ったり、あるいは残りの30パックを売ってさらに補完通貨を手に入れたりするわけです。そして、交換市が終わったら各参加者は再度エコバンクに立ち寄り、手元に残った補完通貨で担保商品と交換するわけです(何も自分が提供したものと再交換する必要はなく、別の人の商品をもらってもかわない)。こうして、きちんと価値が担保された形で補完通貨を発行できるというわけです。

 実際には、交換市が終わった際の担保商品との交換の際に、最初に交換する人はエコバンクの担保商品全部の中から好きなものを選べるのに対し、最後に交換する人は残り物しか選べないため、順番をどのようにするかという問題が発生します。しかしこのシステムでは、どのようにすれば誰からも信頼される形で通貨を創造・発行することができるかが、日常生活に密着し非常にわかりやすい形で示されるため、通貨制度改革を議論する場合に、小難しい議論を行うのではなく、このような実体験を通じて理解してもらうことはかなり有益なはずです。

 また、一回限りの交換市ではなく、持続的に補完通貨を流通させる場合、このシステムはよりよく機能します。実際当時のアルゼンチンでは前述のモデルの他にも、個人宅や集会所などに各会員の預けた商品を保管し、質屋に似た形で運営されている事例もありました。この場合、補完通貨の会員は誰か買ってくれそうな商品をこの「質屋」に持って行って預け、質屋がその商品価値に見合った補完通貨を発行します。普通の質屋と違って、商品を預けた人は基本的に引き取りに来ないのでほぼ自動的に預けられた商品は「質流れ品」になりますが、この補完通貨を手にした別の人がやってくるとこの商品を買い入れることができるわけです。

 アルゼンチンでこの実践例がうまく機能した例としては、中部コルドバ州カピージャ・デル・モンテのコミュニティ時間銀行の例が挙げられます。ここでは、首都ブエノスアイレスの喧騒を逃れて移住してきた中間層が、従来の学校教育と異なる教育を施す自主学校を運営していますが、この学校の運営費の捻出において問題が発生しました。この中間層は同地ではそれほどの収入を得ておらず、学校の運営費をカバーすることができませんでしたが、彼らの多くは自宅の農園などで野菜を栽培したりしていたので、これら商品を同銀行に預けて補完通貨を発行してもらい、この補完通貨で授業料を払えるようにしたわけです。実際、日本に置き換えて考えた場合、毎月のお米の消費量が10キロ(5000円)の先生の場合、5000円現金でもらっても、地域通貨建てでもらっても変わらないわけで、このシステムにより現金収入の乏しい家庭でも、子どもを自主学校に送れるようになったわけです。

 今の日本で、これらの実践をそのまま導入できるかどうかはわかりませんが、ご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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