廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第13回

スペインの社会的連帯経済における新しい流れ

 前回はスペインの伝統的な社会的経済についてご紹介しましたが、今回はむしろ連帯経済の流れに属する事例を2つほど紹介したいと思います。

 前回ご紹介した社会的経済の事例は、すでに数十年の歴史があり、社会的にも広く認知されたものばかりでしたが、スペイン社会の状況が大きく変わりつつある現在、新しい事例がいくつか生まれています。以前も書いたように、1980年代以前に生まれた事例は社会的経済の文脈で取り扱われる傾向が強いのに対し、1990年代以降に発足した事例は、新自由主義的な現行経済への対抗運動としての連帯経済というアイデンティティが強い傾向にありますが、今回はその意味での連帯経済に属する事例をいくつか紹介したいと思います。

 最初にご紹介したいのは、再生可能エネルギー協同組合ソムエネルジーア(Somenergia、「われわれはエネルギー」という意味のカタルーニャ語)です。

ソムエネルジーアのトップページ

▲ソムエネルジーアのトップページ

 スペインでは全世界的に見ても再生可能エネルギー、特に風力が発電に占める割合が多く(風力については欧州でもドイツに次いで2位の発電量)、最近では太陽光発電の占める割合も高まっています。再生可能エネルギーへの移行自体はよいことなのですが、これら発電事業自体は依然として大企業主導で進められており、市民社会による電力の自主運営はほとんど行われていません。また、スペインでは電力料金が非常に高い一方、これら大企業が元政治家の天下り先となっており、一般庶民の懐を痛める形で政財界の要人が蓄財に励む構図があります。

 このような状況に反対し、市民の市民による市民のための再生可能エネルギーを実現するために生まれたのがソムエネルジーアです。スペインでは発電事業と送電事業が以前から分離されており、消費者が電力会社を選ぶことができるようになっていますが、これを利用して風力や太陽光で発電を行い、それを会員に向けて販売するのがソムエネルジーアの目的です。同組合では会員になる理由として、以下のものを挙げています。

  • 再生可能なエネルギーに誰もが参加してアクセスできるから
  • 再生可能なエネルギーのプロジェクトに直接投資して、持続可能な経済を開発できっるから
  • 100ユーロ出資するだけで(退会時に返金)、共同オーナーとして1人1票が保証されるから
  • 電力大企業から独立できるから
  • 正しい情報と個人別対応を備えたよりよいサービスを受けられるから
  • 広告費も重役への高給もなく、小さくも効率的な事務所とウェブを通じた管理や通信を備えていることにより、最適なビジネスモデルだから
  • 再生可能エネルギーや市民参加を促進する市民運動を作るから
  • ソムエネルジーアは口先だけではなく、責任のある消費(注:環境や社会に配慮した消費活動のこと)を行い、よいエネルギーの生産のために直接投資をするから

 2010年12月の設立総会により設立されたこの協同組合は、2013年6月現在で8390名の会員、357万2000ユーロ(約4億5500万円)の投資を行い、358MWhを発電しています。同様の組合は欧州各国に存在していますが、スペインでもやっとこのような動きが受容されるようになったと言えるでしょう。

 次にご紹介したいのが、総合協同組合(Cooperativa Integral)という動きです。スペインの協同組合全国法では第105条に総合協同組合について、「2つあるいはそれ以上の組合活動を行う協同組合」と定義されており、たとえば組合員として常勤の従業員を抱える消費者生協の場合には消費者協同組合に加えて労働者協同組合の側面もあるため、この意味での総合協同組合に当てはまりますが、ここでご紹介したいのは別の組合で、カタルーニャでその名も「カタルーニャ総合協同組合」(Cooperativa Integral Catalana)が2010年に誕生して以降、スペインの別の地域でも同様の取り組みが数多く生まれ始めています。

 この協同組合の創設者は、反資本主義運動家として以前から派手に活動していたエンリク・ドゥランです。彼はウソの事業をでっち上げて、その事業のためのお金として複数の銀行から50万ユーロ(約6370万円)近くを借りたのですが、そのお金を使って銀行を含む資本主義を批判する新聞「クリージ」(カタルーニャ語のみ)を2008年9月に刊行し、その後逃亡生活に入ります。翌年3月にその資本主義と無縁な生活を提案した新聞を、カタルーニャ語カスティーリャ語(いわゆるスペイン語)の2言語で刊行しますが、この際にバルセロナ市内で彼は逮捕されてしまいます。その後、運動の関係者などにより彼の釈放運動が起き、2ヵ月後に彼はとりあえず釈放されましたが、その後資本主義と無縁な生活を実現するために発足したのがカタルーニャ協同組合で、特に食、教育および医療や住宅の面で、部外者に販売して利益を稼ぐことではなく、会員の需要を満たす自給自足的かつ自主運営的な経済活動を実現しています。また、この協同組合の会員同士での取引では、ユーロに加えてエコと呼ばれる地域通貨が使われています。

  • 食:カタルーニャ各地に共同購買所を設営し、そこで安心できる地元産の商品を取り扱う。
  • 教育:現在支配的な教育システムに代わって、個人の自由を重視する自主運営型の生涯教育。一部はすでに、知識交換ネットワークという形で実現。
  • 医療:医療サービスを公共財とみなす考え方に立って、各患者の身体状況に加え、心理状況や信条、民族などに配慮した医療サービスを提供。バルセロナ市内はサグラダ・ファミリア大聖堂のすぐ近くにある施設を引き取ってアウレア・ソシアルという名前で各種講座の実施会場として利用していたが、2013年2月に診療所としてのサービスも開始。
  • 住宅:投機や利潤追求など資本主義的な論理ではなく、あくまでも住居という需要を満たす目的で住宅を建設。手法としては空き家の占拠、環境にやさしい住宅の新規建設および廃村への再入植などがあるが、その中でも注目すべきは特に現在のスペインでは住宅ローンが払えずに家を銀行に差し押さえられえる人が後を絶たないが、こういう人の住宅を組合が借り上げ、差し押さえの危機から救うというもの。

 また、連帯経済のスペインのネットワークとしてはREAS(オルターナティブ連帯経済ネットワークのネットワーク)が存在しています。ネットワークのネットワークと言う表現を多少奇異に思われる読者の方も多いと思いますが、このネットワークは地方ネットワークや分野別ネットワーク(具体的には廃品回収業と倫理銀行)のネットワークで構成されています。州レベルのネットワークは現在スペイン17州中13州に存在しており、諸事情によりカタルーニャのネットワークはREASには所属していないものの、スペイン国内のネットワークとしてREASと緊密な関係を保っています。各州のネットワークには、有機食品やフェアトレードの製品、また社会的包摂企業(長期失業者や中退者など、社会疎外の危機にある人たちが社会統合できるようにすべく、彼らに対して研修の意味合いの強い雇用を提供する企業)などが参加しています。

 最近REASでは、各地で見本市を開催しており、連帯経済を一般の人に知ってもらう活動に精力的に取り組んでいます。また、連帯経済の担い手同士で商品やサービスをお互いに購入する「社会的市場」の取り組みも始まっています。

▲動画:バルセロナで2012年10月に開催された見本市の様子

関連記事