マタス人権弁護士の証言
2018年12月の第1回公聴会の最初の証言者がカナダのデービッド・マタス弁護士だった。先回の第8回コラムで紹介したように、英語圏での主要な調査者の一人である。カナダに保護を求める難民申請者の仕事を主としており、中国での法輪功の迫害については仕事柄、以前から認識していたので、法輪功学習者からの臓器収奪疑惑の調査依頼を2006年に引き受けたという経緯がある。
マタス弁護士は、2016年から2019年の4年にわたり、多忙なスケジュールを縫って国際的な学術学会の参加などで年に2度来日し、臓器収奪問題を日本に喚起してきた。2019年3月の勉強会では「日本のためのアクション・プラン」を提示している。この第4項が「マグニツキー法に類する法規の導入」である。
今回のコラムでは臓器収奪を国外から制止する一つの方法としてのマグニツキー法について取り上げたい。
マグニツキー法とは?
第5回コラムで黄潔夫医師の詳細な記録に言及した。このカナダのマグニツキー法のために用意された『強制臓器収奪に関わる中国の高官と外科医』(英文)は、マタス弁護士が中国・民衆法廷に提出したものである。第1回公聴会でのこの書類に関するサビ法廷顧問からの質問に対するマタス弁護士の応答がマグニツキー法の解説になっているので、こちらに紹介したい。
(2018年12月の第1回公聴会で/3分2秒)
『中国・民衆法廷 裁定』では「直接証拠」のセクションでこの書類が言及されており、マグニツキー法に関する説明が下記の通り付与されている。(p.54 段落170の脚注96)
マグニツキー法は米国で2012年に最初に導入された。ロシアの弁護士セルゲイ・マグニツキー氏が、ロシアの税務官の巨額な不正行為を告発したあと、疑惑の極めて高い状況で2009年に獄死。これを受け、マグニツキーを死に至らせたロシアの高官を罰するためのものである。現在その適用範囲は、腐敗した高官や人権侵害者へと拡張されている。同様の法律がEU、カナダ、英国、オーストラリアその他多くの欧州諸国で採用されている。
臓器収奪を裏付ける記事
上記動画内のマタス弁護士の証言によると、カナダの調査員たちにより国際的な人権侵害者リストを提案する「マグニツキー要旨」が作成された。民衆法廷に提出された『強制臓器収奪に関わる中国の高官と外科医』(英文)はこのためのものだった。
法輪功迫害と臓器移植濫用に関与してきた中国の高官として、黄潔夫、鄭樹森、王立軍の名前が挙がっている。この文書の黄潔夫医師のセクションには、臓器狩りの直接証拠としての参考記事・文書への言及がある(p.41 段落49)。
その中の記事が日本語でも出ていたので紹介したい。『中共軍部の医者、秘密収容所の存在などの裏幕を証言』(大紀元日本 2006年4月1日)である。(実際の提出文書内では “Shenyang Military Region Senior Physician Testifies to the Truth of Sujiatun Concentration Camp” が言及されている。見出しは異なるが、こちらが英語版 The Epoch Times 2006年3月31日の記事だ。)
第8回コラムで言及したアニー(仮名)の証言に続くものである。アニーのインタビューは『中国臓器狩り』(キルガー、マタス共著、アスペクト社2013年)の第9章に収められている(英語完全版はこちらへ)。
『大紀元時報』紙(中国語版)では2006年3月9日に「中国の秘密の強制収容所に6000人以上の法輪功学習者」というアニーの証言を掲載し、3月17日に遼寧省血栓中西医結合医院(蘇家屯医院)の元職員による同収容所は病院の一施設であるという証言を報道している。ここで紹介する記事は、これらの臓器狩り告発に続くもので、蘇家屯での強制労働収容所の存在は事実であるという年配軍医の証言をまとめている。以下、要点を箇条書きにする。
- 秘密収容所の存在や、法輪功学習者からの臓器摘出、死体または生きている人を焼却処分することなどは、全て事実。
- 中共政権の内部関連規定では「省級以上の地方政府は、所轄する軍部の監視と管理の下で、重犯罪者の『身体を再利用する』専門機関を設立できる」と定めている。
- 1984年、重犯罪者の臓器摘出が合法化。地方政府の警察と司法機関は、生きたまま、あるいは銃殺した重犯罪者から臓器を摘出し、死体を焼却処分したりした。
- 1992年以降、この慣例は公の認識となる。臓器関連のビジネスが発展し、人体がより高い利益を生む商品となる。現在、中国国内の多くの火葬場では、到着した死体を焼かずに別の闇ルートへ横流しする。死刑囚の遺族には、動物または火葬場が回収した別人の灰が遺骨として渡される。本物の死体は高値で売買され、様々なルートで政府の工場に移送され、工業原材料に加工される。中国国内の大型火葬場のほとんどはこのような裏商売をしている。
あまりにも常軌を逸した話で受け入れがたい。2006年当時、いきなりこのような情報が提供されても、どれだけの人が本気にしたであろうか? しかし、中国政権による様々な行為が表面化している2020年の現在は、この現状に対して我々が行動を取る時期にあると思う。
グローバル・マグニツキー法
米国で2012年に採用されたロシアを対象としたマグニツキー法は、2016年に「グローバル・マグニツキー人権問責法」(Global Magnitsky Human Rights Accountability Act)として新たに採用され、2017年12月21日より施行されている。
「人権擁護」における国家の立ち位置を示す法律である。この法案の優れた点は、国家全体の制裁でなく、人権侵害者を特定して個人的に入国禁止や資産凍結などの制裁が行えることだ。
米国の最近のニュースによると、中国・新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する人権侵害に対する制裁措置も「グローバル・マグニツキー法」に基づいて発動準備中ということだ。(Bloomberg 日本語版 2020年7月2日)
他国でも同様の法律が採択されている。2020年7月7日に検索したウィキペディアによると、採択国は、カナダ、エストニア、ジブラルタル、ジャージー、コソヴォ、リトアニア、ラトヴィア、英国、米国。審査中は、オーストラリア、欧州連合、モルドバ、ウクライナとなっている。以下、主要国の動向を追ってみた。
- 2017年10月、カナダ下院でマグニツキー法のカナダ版にあたるJustice for Victims of Corrupt Foreign Officials Act(国外の腐敗高官の犠牲者に報いる処罰)が満場一致で通過した。(CBC 2017年10月4日 英語記事)
- 2019年12月、欧州連合がマグニツキー法に類似した法案を設定することに合意した。(Politico 2019年12月9日 英語記事)
- 英国では2020年7月6日に北朝鮮とロシアの49の個人・組織に対してマグニツキー法が発動された。 香港やウイグル自治区の人権侵害が制裁の対象になるか注目されているという。(木村正人記者の報道 2020年7月7日)
- この英国のニュースを受け、オーストラリアの議員が「早急にオーストラリア版のマグニツキー法を導入しなければ、オーストラリアが人権侵害者の避難場所になってしまう」と警告している。(The Sydney Morning Herald 2020年7月7日 英語記事)
提唱者の言葉
マグニツキー法を提唱したブラウダー氏は、2018年11月のテレグラフ紙によるインタビューで「恐怖の中で暮らし、自分の行動を自ら検閲し、制限し始めた時点で、負けだ」と語っている。『プーチン氏に追われる男、ビル・ブラウダー』という見出しの日本語版の記事から、恐れる心を乗り越えて記者が「驚くほど冷静」と描写するブラウダー氏の言葉を引用したい。
今、進行している事態は非常に興味深い。邪悪な政権や独裁者は何世紀にもわたり、恐ろしいことを行ってきた。だが、彼らが世界の金融システムを通じてそうしたことや取引をしてこれたのは、彼らが恐ろしいことをしていると気付く人が少なかったためだ……。
ロシアの汚職を告発したマグニツキー弁護士の拷問死を発端とするマグニツキー法だが、そのグローバルな適用により、中国共産党政権の特定の人権侵害者の制裁を可能にする。今、世界が必要とする法律である。
なお、ETAC日本が最近始めた強制臓器収奪停止を日本政府に求める陳情書には、マグニツキー法の発動を求める第3項目が入っている。今回のコラムが解説の役割を果たすことになれば幸いだ(同陳情書は、ファイブアイズ、つまり米、英、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア政府に向けての英語の陳情書を基盤とする)。
◎デービッド・マタス (証言者番号29)陳述書(邦訳)
◎デービッド・マタス 口頭証言の録画(字幕付き)
◎『中国・民衆法廷 裁定』(英語原文)
◎ 公式英文サイト ChinaTribunal