臓器狩り──中国・民衆法廷

第2回

中国への研修協力を拒否した医師(カナダ)

ジェームズ・シャピロ医師の証言

 なぜ医師が大量殺人に関わるのか…? こんな疑問がまっすぐに証言者のシャピロ医師に投げかけられた。
 「私の決断は、伝聞証拠に基づくものです。中国での現在の移植手術に関して直接の知識があるふりをするつもりはありません。証拠の重大性に深く懸念し、知っていても知らなくても、この倫理基準を超えることは個人的に正当化できないと感じました」
 一人のカナダ人医師が周りに流されることなく、資料に基づき理性的に取った態度は、私たち一人ひとりが学ぶべきかと思う。
 2020年3月に完全報告書として発表された『中国・民衆法廷 裁定』では、医療検査、電話調査、監禁、拷問などを含む17項目にわたる証拠が明示されている。しかし、中国でのおぞましい実情を並べあげる前に、まず、調査者でも過酷な状況を生き延びた事実証言者でもない、日本の社会でも普通に出会うような移植医の貴重な証言を敢えて取り上げたい。シャピロ医師がここで言及している二本の論文、国際移植学会・WHO・バチカンなどの国際機関と中国との関わりなどは、これからの連載を通して取り上げていく予定だ。世界の医師や学者が置かれてきた状況を、回を重ねて把握していただけることを願う。
 今回は、ジェームズ・シャピロ医師が辿った経過、彼の下した決断、そして公聴会での判事団からの質疑に対する供述を紹介する。

画期的な膵島移植法

 シャピロ医師は国際移植学会会員。カナダ、エドモントン州アルバータ大学で、膵島移植の臨床プログラムを率いる。移植手術と再生医療のティア1カナダ研究委員長でもある。研究主任として膵島移植法エドモントン・プロトコール(手順)を考案した。不安定型の1型糖尿病患者の治療として、膵島(ランゲルハンス島)──血糖値を調節するインスリンを分泌する──の細胞を患者の肝臓に注入する移植法で、手術を伴わない。インスリン注射に依存するこの種の糖尿病患者に、高い割合で安定した血糖コントロールをもたらすことが実証され、2000年に医学雑誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)でシャピロ医師と彼のチームがその結果を発表している。(2006年9月に発表された国際臨床試験の結果は日本語アブストラクトがある)。その後カナダのエドモントンでは約300例を治療した。2000年より世界で2000人近くの患者が、エドモントン・プロトコールを応用した同様の治療を受けている。

浙江大学附属第四医院

 2017年、シャピロ医師は、アルバータ大学の医学部長と外科部長を通して、中国の病院で開設される膵島移植臨床プログラムの研修を手伝うよう要請された。すでにアルバータ大学の代表団が浙江大学附属第一医院の院長とその医師団を訪問しており、浙江大学附属第一医院の院長も2017年にエドモントンを訪問していた。中国浙江省にある同じ浙江大学医学院内の附属第四医院が膵島移植臨床プログラムを同医院に開設するという話になっていた。
 その後、シャピロ医師は、附属第四医院の院長と10~12名の派遣団がアルバータ大学を訪問した際に、医学部長室での会議に招かれる。特に取り決めはなかったが、膵島細胞移植での業績や「エドモントン・プロトコール」に熱意を示す、温かく楽しい話し合いだった。

浙江大学医学院附属第四医院
浙江大学医学院附属第四医院(ウェブサイトよりスクリーンショット)

浙江大学の研究論文が撤回

 アルバータ大学と附属第四医院との間で「了解事項の覚書」を交わすことになっており、書類に目を通している時だった。シャピロ医師のメールボックスに臓器収奪に関するメッセージが入る。メールの差し出し機関に、今でも中国で強制臓器収奪が行われていることを裏付ける証拠があるか尋ねたところ、中国の医師による研究論文の撤回に関する以下の4つの文書が送られてきた。

  1. 2017年に医学雑誌から撤回された中国の医師による論文
  2. ウェンディ・ロジャーズ教授の論説(会員サイト)
  3. ガーディアン紙のこの論説に関する記事
  4. ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)の論文(会員サイト)
  5.  要点は、2010年4月から2014年10月にかけて中国浙江大学附属第一医院で行われた肝移植手術564例の結果に基づく研究論文が、2016年にリバー・インターナショナル誌(肝移植の医学雑誌)で発表されたが、心停止後の臓器摘出でなく、囚人の臓器が利用された疑惑から撤回に至ったというものである。中国では有数の肝移植医であり浙江大学附属第一医院の学術委員会主任・鄭樹森ていじゅりん Zheng Shusen 医師が研究に関わり、同論文の連絡先になっている。(論文撤回の焦点ではないが、臓器収奪問題の調査者マシュー・ロバートソン氏が「中国・民衆法廷」に提出した鄭樹森医師のプロフィールによると、同医師は2007年から2017年にかけて浙江省中国反邪教協会の責任者も務めている。同協会は中国共産党の情宣活動のために2000年に設立され、法輪功の誹謗中傷と破壊に専心してきた。)

     シャピロ医師は医学部長と外科部長にこれらの4つの書類を送信し、強制臓器収奪はないという確信が得られなければ、浙江大学とは一切協力できないと伝えた。アルバータ大学側から協力の道を探れないか尋ねられ、国際機関に協力を求めることにした。

    国際移植学会・バチカンに要請

     以前から面識のあったフランシス・デルモニコ教授(元国際移植学会会長)に連絡を入れた。WHOを代表して中国の臓器提供の査察にも関わっている。2018年初頭に、中国を監視することに関してデルモニコ教授とシャピロ医師の間でメールのやりとりが行われたが、納得のいく回答は得られなかった。「臓器狩りの詳細を監視する方法はない。一線を超える非倫理的な臓器収奪はないという確証はとれない」という要点だった。
     次に、中国とのつながりがあるバチカン(ローマ教皇庁科学アカデミー)に、第三者の監視を手配してもらえないか尋ねることにした。バチカンと中国の公のつながりは、2017年2月11、12日にバチカンのローマ教皇庁科学アカデミーで開催された「ヒトの臓器売買に関する会議」だった。人身と臓器の売買を取り締まろうとするローマ教皇フランシスコの努力の一環ではあったが、臓器狩り疑惑に取り巻かれた中国の医師らも参加していた。中国側は処刑された囚人からの臓器摘出は2015年以来一切停止したと主張していた。シャピロ医師はこのつながりを期待したと思われる。しかし、バチカンからも十分な対応は得られず、明確な回答もなかった。(同会議に関する参照英文記事:2017年2月8日付AP報道

    研修協力への拒否

     上記の2つの連絡先に加え、2006年発表の報告書『戦慄の臓器狩り』の共著者デービッド・マタス氏(カナダの人権弁護士)とも交流した。さらに、マシュー・ロバートソン氏、ジェイコブ・ラヴィー医師、レイモンド・ハインド博士による当時準備段階だった論文「死体臓器提供に関する公式データを解析して中国の臓器移植体制の改革は信じられるか?」(2019年11月に発表)を読み、ドナー数に関する中国の公式データが基本的にごまかされていることを数式やグラフから確認した。2015年以来、急速に増加する中国の臓器提供者数は、二次関数のグラフにあてはまるものであり、データは人為的に偽造されたものであろうという内容だ。

     以上から、アルバータの移植医たちが臓器収奪の行われている国での移植を協力・養成・援助してしまう危機を感じ、臨床膵島移植プログラムでは、医学部長および外科部長の要請には応じないという選択を取った。一般から得ている信頼にヒビが入ったら、自主的ドナーに依存するカナダの倫理的移植プログラムに深刻な影響を与えかねないという懸念が、シャピロ医師にとっては最も重要なことだった。アルバータ大学自体は浙江大学附属第四医院と一般外科の研修・教育分野での協力を続けているが、シャピロ医師の認識する限り、移植の臨床・研究に関わる分野では一切協力していない。

    なぜ医師が黙認?

    最後に判事団の率直な疑問に対して、判事団同様に思い悩むシャピロ医師の供述を紹介したい。

    この疑惑に対してなぜ国際移植学会は寡黙な態度を取るのか?

    シャピロ医師:国際移植学会の幹部ではないので答えられない。しかし、フランシス・デルモニコ教授やその他の知人や国際移植学会の会員の反応には驚いた。デルモニコ教授、彼の派遣団、チームは、中国でかなり時間を費やし、訪問している。その教授に、中国は急激に変化しているから「大丈夫」だと言われたが、私にはそれを裏付ける根拠が見当たらず、なぜ信じるのか理解できなかった。国際社会を代表し、高い倫理に則るものであるべき国際移植学会に期待し、自分よりも倫理観は高いと思っていたので、この件に関しては一人取り残された気持ちだ。

    なぜ医師が黙認するのか?

    民衆法廷 議長のジェフリー卿の質問に答えるシャピロ医師の回答を、下記の映像からご覧頂きたい。

    オンラインで証言するカナダのシャピロ医師(1分23秒)
    (公式サイトChinaTribunal.comの証言映像より抜粋)
    シャピロ医師の供述の書き起こし

    ジェフリー卿:大量虐殺を黙認する──なぜこのようなことが医学界で、あなたの国のようなプロの医師がいる国で、起こり得るのでしょうか?

    シャピロ医師:分かりません。何らかの形で、日々の手術や移植から倫理を切り離しているのでしょう。どうしてこのようなことが起こっているか分かりません。専門家として、医師として、この一線を超えないように非常に注意しなければならないと思います。他の人が一線を超えているのは、おそらく無知から来るのでしょう。また中国でそのようなことは起こりえないと信じているのでしょう。おそらくこれが理由でしょう。大量虐殺は起こりえないという信念は複数のグループによって作られ、吹聴されています。こんなところでしょうか。
明確には理解できません。起こりえないという考えが基盤になっていると思います。

    参照:「中国・民衆法廷 裁定」に収録のシャピロ医師(証言者番号50)の陳述書(邦訳)供述の要旨(邦訳)
    コラムニスト
    鶴田ゆかり
    鶴田ゆかり
    フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。