狼の見たチベット

第24回

ドンドゥプ・ワンチェン、ふたたび

ダドゥン(左)とラモ・ドルマ(右)

ダドゥン(左)とラモ・ドルマ(右)[画像クリックで拡大]

 吾輩は狼である。今回は何度も繰り返し語ってきたドンドゥプ・ワンチェンの話題だ。
 ドンドゥプ・ワンチェンは、北京オリンピックで世界が中国に注目を集めている時こそ、チベットのことを世界に知ってもらうチャンスだと考えて普通に暮らすチベット人の生の声を撮りため一本の映画にまとめた。中国当局は、彼を逮捕した。不衛生な拘置所内での拷問と虐待で、彼はB型肝炎を患い、満足な治療を受けられないまま衰弱している。中国当局は、彼を救おうとした人権派の弁護士を、弁護士資格はく奪の脅しで追い払った。2009年末、非公開裁判で、彼には懲役6年の刑がくだされた。

 病で衰弱し、満足な治療も受けることすら許されない状態での監獄生活。ドンドゥプ・ワンチェンは、生きて家族のもとに帰れるのか? 吾輩の目には、この判決は緩やかで苦痛に満ちた死刑判決にうつった。

 チベットでは、その後も、多くの人々が苦難に直面している。吾輩も紹介しようしようと思いつつ、次から次に悲惨なことがおき過ぎて紹介することもできないのが現実だ。だからと言って、苦難に投げ込まれている一人一人を忘れてはいけない。新しい苦難が起きているからといって、それ以前の苦難が解決したわけではないのだ。吾輩は、ドンドゥプ・ワンチェンを救いたい。彼を待つ家族と、再び一緒に暮らせる生活を取り戻させてやりたい。

 ところで、ITSNという団体がある。International Tibet Support Network の略だ。
 世界には、多くのチベット支援のグループがある。それぞれが、それぞれの主張を持っていて、必ずしも、みんながみんな協力できるわけではない。まあ、人間なんて生き物はそういうものだ、しかたない。それでも世界各地でバラバラにチベット支援をしていても小さな力だが、連携すれば大きな力になると考え、最低限同意できる部分で同意し、世界各地のチベット支援団体が作った連絡会議がITSNらしい。ITSNの役割としては、情報の共有や、世界一斉で行う大規模キャンペーンの提案等がある。

 お前さんたちの国、日本からも吾輩が知るだけでも五つの団体がITSNに加盟している。まずは「TSNJ」。チベットサポートネットワークジャパン。ようは、今いったITSNの日本版のようなものだが、情報共有程度の役割にとどまっており、今いち存在感は薄い。
 次に「KIKU」。ここは、長年に渡って、チベットからインドに亡命してきた子供たちがきちんと生活でき、教育を受けることができるように、里親支援を続けている団体だ。チベットのために何かしたいという人には、一番わかりやすいところかもしれない。
 そして、「ルンタプロジェクト」。チベットから亡命してきた大人が自立して生活できるように職業訓練を行ったり、亡命してきたチベット人たちが自分の力で生きる手助けをしている団体だ。前向きでとても良い。
 それから「SFT Japan」。Students for a Free Tibet Japan。
 比較的若い層からなるチベット支援グループで、今日本の中では一番アクティブに動いているチベット支援団体だ。
 ワンチェンの撮った映像ジグデルをはじめ、チベットの現状を伝える多くの映像の日本語字幕版を製作しているのも、このSFTJだ。
 最後に「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」。
 長い、名前が長い。名前なぞ必要ない吾輩からすると信じられないほど名前が長い。
仏教国であるチベットに対して、同じ仏教徒として何かできないかと立ち上がった坊さんたちが始めた団体だ。
 今は、僧侶だけでなく在家(一般の人)も積極的に受け入れているそうだ。

 さて、なんでITSNの話をしたかといえば、実はITSNではワンチェンに手紙を書こうというキャンペーンをやっている。
 過去に中国当局に捕まり収監の後に釈放されたチベット人政治囚たちも、自分のもとに世界各地から寄せられる手紙のことを知っていたそうだ。
 その手紙の存在は、彼らに大いに勇気と力を与えたそうだ。薄汚い牢獄の中にいても、自分は一人ではない、世界中の多くの人が自分を心配し応援してくれている。人間って奴は希望があれば、それだけで強く生きれるものだ。逆に、何の希望もなければ生きる意志すら失う。特に過酷な環境にさらされているものならなおさらだ。ITSNでは、ワンチェンを励まし、彼に生きる希望を与えるために手紙を送ることを世界中に呼び掛けている。

 これは、ワンチェンの気力だけの問題ではない。収監されている政治囚に、世界から多くの手紙が集まることで、中国当局もその収監者は世界の注目を集めていると考えて、刑期が短縮されたり、待遇が改善された例が過去にもあるのだ。お前さんたちの手紙で、ワンチェンは釈放されるかもしれない。釈放されないまでも、きちんとした治療を受けることができるようになるかもしれない。

 最後にワンチェンの11歳の娘ダドゥンと、9歳の娘ラモ・ドルマが獄中のワンチェンに送った手紙を紹介しよう

ラモ・ドルマからの手紙

 大切なお父さんへお元気ですか?
 私は元気です。
 どこにいるのですか?
 私は学校に通っています。
 学校がとても楽しいです。
 お父さんも楽しいですか?
 おとうさんがいなくて淋しいです。
 おとうさんは、私達に会えなくて淋しいですか?
 おじいちゃんとおばあちゃんも、大好きなお父さんに会いたがってます。
 早く帰って来てください。
      愛を込めて、ラモ・ドルマ

ダドゥンからの手紙

 大切なお父さんへ
 元気ですか?
 私は元気で、がんばって勉強しています。
 勉強をしっかりしているので、心配しないでください。
 まず、最初に聞きたいことは、お元気ですか?幸せですか?淋しいですか?
 私達はお父さんの身体の具合が悪いことを知っています。
 皆、心配しています。
 お母さんとおじいちゃんとおばあちゃんが特に、心配しています。
 おとうさん、どうぞ健康で元気に戻って来てください。
 早く戻って来てくださることを祈っています。
 皆、少しでも早くおとうさんに会えるように、帰りを待っています。
    愛とともに、 お父さんの娘、ダドゥン

世界一斉ドンドゥプ・ワンチェン・アクション
上記のサイトから、以下の文がチベット語と英語で書かれたレターヘッドをダウンロードできます。

『あなたを力づけるために、この手紙を送ります。世界中の何千という人々とともに、映画を作ったあなたの行動に感謝して、あなたの一刻も早い釈放を訴えます』

コラムニスト
太田 秀雄
1971年福岡に生まれる。地元筑紫丘高校を卒業後、九州大学で生物学を専攻する。コンピュータプログラマを生業とする傍ら、いまだに学究心が捨てきれず大学に戻ろうと画策している。2008年3月のチベット騒乱を機にチベット支援に積極的に関わるようになり、国内外のチベット支援者や亡命チベット人達と広く交友関係を持つ。チベット支援をしているものの、別段中国の全てに否定的というわけではなく、とくに『三国志』や中華料理は大好きである。尊敬する人物は、白洲次郎、ホーキング博士、コルベ神父。
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