臓器狩り──中国・民衆法廷

第4回

“北京のグローバル メガホン”

記者ディディの証言(米国)

 ニューヨーク・タイムズの中国駐在記者として働いていたディディ・カーステン・タトロー氏(以下、敬称略でディディと呼称)は、中国の航空会社が臓器の優先的な輸送に協力的ではないという報告に関心を持ち、臓器収奪問題の取材を始めた。民衆法廷に提出されている陳述書内の「追加の要点」の4点のうち第1点(医師の会話)と第4点(ニューヨーク・タイムズ退社の経緯)をこのコラムでは取り上げる。そして、『北京のグローバル メガホン』と題する特別報告書(2020年1月 フリーダム・ハウス発行)とディディのニューヨーク・タイムズ退社を関連付けて、中国共産党政権の世界におけるメディア統制の現状を紹介したい。

“良心の囚人は使えない?”

 2016年4月の初め、ディディは中国の無錫市人民医院の肺の移植医・陳静瑜(Chen Jingyu)医師とTongと呼ばれる北京医院の肺の移植医らと昼食をとる。食事の席で陳医師は、ディディの報道のせいで、ワシントンDCでの心肺移植研究会でのポスター発表が拒否されたと語った。死刑宣告された囚人を対象とした研究のため拒否されたという。ディディは自分の責任ではないと指摘し、2014年12月に中国が「2015年1月1日より自発的でないドナーの臓器利用を停止する」と発表した以前の研究結果は用いないように忠告した。二人の会話を注意深く聴いていたTong医師は、陳医師と次のような会話を交わした。

  Tong医師 死刑囚は使えないのですか?(死囚不能用嗎?)
  陳医師 使えない。(不能用)
  Tong医師 良心の囚人は?(良心犯呢?)
  陳医師 いずれも使えない。(都不能用)
 Tong医師はうつむき何も言いませんでした。陳医師も黙り込みました。

ディディは上記の会話から、下記の結論を導き出している。

  1. 良心の囚人の臓器が使われている。
  2. 一部の医学専門家の間では周知のことである。
  3. 2014年12月の「死刑宣告された囚人の臓器使用禁止」の発表は実質を伴わない。禁止のメッセージは医師に徹底して伝えられてはいないようだ。

 2014年12月、中国の臓器移植のスポークスパーソン黄潔こうけつ Huang Jiefu医師が「死刑囚からの臓器摘出を一切停止する」と発表したことを受け、中国の医療改革を信じて、国際移植学会の国際大会やバチカン・サミットは、中国人医師を受け入れている。しかし、この発表は欧米の関係者にとって、単なる耳に優しい言葉に過ぎなかったのか?

 ディディの供述録画は本人の要請で一般に開示されていない。しかし、「ウイグル人権プロジェクト」のルイーザ・グリーヴ理事が、ディディの陳述書のこの会話部分を、2020年3月に行われた共産党犠牲者追悼基金の政策フォーラムのスピーチで読み上げている(ディディの陳述に関するセクションは0:39-2:03)。証拠としての重要性を示す映像だ。

動画:ディディの陳述を読み上げるウィルグル人権プロジェクト(Uyghur Human Rights Project)のルイーザ・グリーヴ理事。2020年3月10日、ワシントンDCで開催された共産党犠牲者追悼基金(Victims of Communism Memorial Foundation)の政策フォーラム『中国での臓器入手と違法殺害:突きつけられた証拠』(Organ Procurement and Extrajudicial Killing in China: Confronting the Evidence)の席で。(同基金のFacebookより動画を抜粋)(3分22秒)

臓器狩りに “新しいニュースはない”

 ディディは陳述書と共に自分が執筆したニューヨーク・タイムズの記事を4本提出している。2016年8月に香港で開催された国際移植学会に関する記事3本と、2017年2月のバチカン・サミットに関する記事1本だ。いずれも、移植に関する国際的な会合に中国を含めることを懸念する声を汲み入れている。

 しかし、陳述書の「追加の要点4」には、社内で取材を続けられない状況に置かれたことが記されている。2015年11月16日の取材記事が大幅に改ざんされ記事の意味が失われてしまった。エディターは「囚人の臓器を使ってきたことを中国が認め、2015年12月14日にこれ以上は使わないと約束したことで、中国での臓器提供問題は解決した」と信じているようだった。この領域の調査を続けたいという要請は基本的に無視され、この題材には「新しいニュースはない」と言われた。

 上述の医師の会話に基づき、「死刑宣告された囚人」から「良心の囚人」へと調査の幅を拡げようとした際、別のエディターから、良心の囚人からの臓器が使われていると信じる人は「フリンジ(主流でない周縁)の人権擁護者」であり合理性がないとコメントされ、法輪功は理不尽で信頼できないなどのお決まりの主張が提示された。

 この問題を掘り下げることが歓迎されていないことは明確だった。地域担当エディターのアドバイスに反して、2017年2月に本部が自分を昇進させない決定の背後には、このシリーズ記事が起因するのではないかとの疑心は払拭できなかった。2017年6月、ディディはニューヨーク・タイムズを退社した。

“北京のグローバル メガホン”

 ディディ退社の背景を理解する助けになる特別報告書がある。中国、香港、台湾担当のシニアリサーチ・アナリスト、サーラ・クック氏がまとめ、2020年1月に人権擁護団体フリーダム・ハウスから発表された『北京のグローバル メガホン』だ。フリーダム・ハウスはナチス・ドイツに対抗して自由と民主主義を監視する機関として1941年に設立されたNGOで、クック氏は中国・民衆法廷の第1回公聴会(2018年12月)で、2017年1月発表の『中国の精神性のための闘い』の抜粋を陳述書として提出し、口頭供述している。

 『北京のグローバル メガホン:2017年以降、拡張をはかる中国共産党メディアの影響』(英語原文)は「読者、視聴者のいるところならどこにでも、プロパガンダの触手を伸ばす必要がある」という2016年2月の習近平の言葉の引用から始まる。題名の「グローバル・メガホン」は比喩的ではあるが、中国が世界中にプロパガンダを浸透させているという意味だ。

 メディアを通しての中国共産党によるグローバル戦略の主な目的は、中国の良いイメージを促進し、企業誘致をはかり、反中共の声を完全に抑制することにある。目的達成のツールとして、プロパガンダの流布、検閲に加え、数千万人の海外でのニュース視聴者が利用するコンテンツ・デリバリーのためのプラットフォームが挙げられる。つまり、Web上で送受信されるコンテンツ(情報内容)を効率的に配信するネットワークを運営する基盤だ。これらの基盤は中国政府と密着している通信・技術企業が構築・取得しており、中国政府の海外への情報流布において世界への根本的な影響力を高めている。(同報告書 第1章より)

グローバルにメディアに影響を及ぼすための中国のツール(プロパガンダ、検閲、コンテンツ デリバリー)『北京のグローバル メガホン』第1章 p.4「中国共産党のメディアにおけるグローバルな影響」よりグローバルにメディアに影響を及ぼすための中国のツール(プロパガンダ、検閲、コンテンツ デリバリー)
『北京のグローバル メガホン』第1章 p.4「中国共産党のメディアにおけるグローバルな影響」より

ニューヨーク・タイムズの株価暴落

 同報告書「第5章 北京の取り組みの効果」内の「第4項目 好まざるメディアに財政難をもたらす」のセクションに、ニューヨーク・タイムズが例として挙げられている。

 2012年、ニューヨーク・タイムズの英語版と中国語版の中国本土でのウェブサイトへのアクセスがブロックされた(ニューヨーク・タイムズ英文報道記事 2012年10月25日)。温家宝の富に関する同社報道に対する報復だった。このためニューヨーク・タイムズ社の株価が24時間で20%暴落。徐々に回復したものの、中国の検閲がいかに国際的な主流メディアの財政を破綻させられるかを示すこととなった。2012年以降、ニューヨーク・タイムズは中国語版のコンテンツに関して幾度も妨害を受けている。ニューヨーク・タイムズが作ったニュース・アプリを、中国の要請に従いアップル社が中国のアプリ・ストアから削除する(ニューヨーク・タイムズ報道2017年1月4日)などの事態が起きており、広告収入などの派生的な経済影響をもたらしかねない。

 2017年2月に昇進の機会を失い、6月にニューヨーク・タイムズを退社したディディの背後には、こうした本部の懸念もあったのではないかと推測する。

 なぜ「臓器狩り」のコラムに中国のメディア工作の話が出てくるのか? 話が脱線しているように思われるかもしれないが、中国国家による系統的な大虐殺を一般の世界市民が知らずにいる理由として理解していただきたい。医師、学者が虚言を飲み込まされてきただけでなく、真実を報道しようとする国外報道機関にも圧力がかかっているのだ。

北京のグローバル メガホン:中国のメディアの国外への影響(一部の例)『北京のグローバル メガホン』p.21 第4章「中国外でのコンテンツ・デリバリー・システムのコントロール」より プロパガンダ(紅色)、検閲(黄色)、コンテンツ・デリバリー(オレンジ)で色別されている北京のグローバル メガホン:中国のメディアの国外への影響(一部の例)『北京のグローバル メガホン』p.21
第4章「中国外でのコンテンツ・デリバリー・システムのコントロール」より
プロパガンダ(紅色)、検閲(黄色)、コンテンツ・デリバリー(オレンジ)で色別されている

ディディのツイッター

 ニューヨーク・タイムズを退社したディディは精力的に中国批判を続けている。彼女のツイッターでは、現在、コロナウィルスに関する報道の紹介やコメントなどが多く発信されているが、2020年4月9日付けの以下のツイートは臓器狩り関連だった。

 ディプロマット誌の記事(『中国の赤十字に騙されるな―中華人民共和国の建国以来、中国赤十字は中国共産党に奉仕するために存在する』2020年4月8日)に対するコメント:「赤十字」が実際の「赤十字」ではないケース。中国の臓器移植ビジネスでの赤十字の役割がここに記されている。

 最後に彼女の理念が伺える2020年4月4日のツイートを紹介する。「事実」と「感受性」はまさに中国共産党が否定するものだ。信念を貫くジャーナリストにエールを送りたい。

 今、あらゆるレベルで世界のためにできる最善のことは、事実だけにこだわること。そして:人間が共感する源である芸術的な想像力を養うこと。この正確さ(事実)と自由(感受性)の組み合わせが必要不可欠だ。

 ツイッター原文:
The best thing we can do for the world now, on so many levels, is stick to the facts. And: cultivate the artistic imagination that is the source of human empathy. This combination of accuracy (truth) and freedom (poetic) is essential.

参照:ディディ・カーステン・タトロー氏(証言者番号41)の陳述書(邦訳)。
「中国・民衆法廷 裁定」(英語原文)、公式英文サイト ChinaTribunal
コラムニスト
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
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