臓器狩り──中国・民衆法廷

第16回

直接証拠(4)脳死を口実にした臓器摘出

 文化大革命の期間 … 殺人は日常のこととなりました。誰も罰せられません。
 日常生活で人を殺せると、どんどん悪くなっていきます。

李会革教授の口頭供述(「中国・民衆法廷」第1回公聴会2018年12月9日)

 今回のテーマは、李会革教授の「生存中の身体からの中国での強制臓器摘出の4つの方法」の4番目、「脳死を口実にした臓器摘出」である。脳死は人の死なのかという日本が経てきた長年の議論はなく、東洋の思想に共通する従来の死生観を全く無視した、中国共産党政権下の功利的なアプローチを追っていく。

破損のない新鮮な臓器

1994年の警告

 1994年、ヒューマン・ライツ・ウォッチによる『中国での臓器入手と合法的処刑』(China: Organ Procurement and Judicial Execution in China 1994年8月 Vol.6, No.9 原文)と題する報告書のX部「脳死」基準(The “Brain Death” Criterion)が、中国の医師の脳死のアプローチに関して警告を発していた。
 1994年の時点では、心拍の停止のみが中国での死の法的基準であった。当時、欧米の医療界では「脳幹死」が受け入れられていたため、中国の医療界では1980年代半ばから、新鮮な移植臓器を増やす手段として脳死を支持する数多くの論文が出されていた。質の高い臓器を確保するために、脳死の概念をすぐにでも法制化すべきというのが一般的な見方だった。当時は違法だったにもかかわらず、いくつかの医学論文は既に「ドナーは脳死」と記載していた。
 同報告書では、中国にとって脳死は、事故の犠牲者など囚人以外の臓器の利用を可能にするため臓器の供給面では有益ではあるが、脳死が濫用される可能性があることを強く警告している。脳死判定の複雑さに加え、医師に処刑場と移植手術室での二重の役割があるため、死亡判定を早めに下すか、脳死を意図的に偽造する可能性がある。

無呼吸テストの欠如

 この警告からほぼ10年後の2003年に、中国衛生省により「脳死判定基準(成人)」(コメント用の草稿)と「脳死判定技術規範[手順書の意](成人)」(コメント用の草稿)が起草され、「中華医学雑誌」(Chinese Medical Journal)などで発表された。これが中国での脳死後の臓器提供の始まりであると李会革教授は提出文書で位置づけている。同時に、今日まで、中国では脳死に関する法律が存在していないことも指摘する。

 中国での臨床脳死判定では、(i)深昏睡、(ii)脳幹反射の消失、(iii)自発呼吸の消失が不可欠の基準である。「自発呼吸の消失」を確認するためには、呼吸維持のために既に人工呼吸器に依存している患者から呼吸器を8〜10分取り外し、まだ自発的に呼吸ができるかどうかを確認する無呼吸テストを行う必要がある。しかし、中国の医学論文では「ドナーは脳死」と記されていても、その手順に「無呼吸テスト」は入っていない。

入室後の麻酔と気管内挿管

 無呼吸テストを行うためには、脳死判定の対象となるドナーに人工呼吸器が装着されていることが前提だ。そして人工呼吸器を外して呼吸機能の状態を確認する。しかし、臓器を取り出す直前に「通常の手順として」人工的に酸素を送り込む「気管内挿管を挿入した」と明記された論文が発表されている。李会革教授は「4. 脳死を口実にした臓器移植」の実例として、気管内挿管が施されたことを明記する医学論文5本を挙げている。
 そのうちの1つ、2008年5月の第四軍医大学西京医院での『心臓と肺の同時移植の症例研究』は『2016年調査報告』でも取り上げられており、『中国・民衆法廷 ー 裁定』でも直接証拠として挙げられている(連載コラム第12回)。脳死と判定された男性に対して、手術室で人工呼吸のために気管内挿管を施してから、薬物を投与し、臓器を摘出する手順が示されている。
 同じ点を、WOIPFG(法輪功の迫害を追跡調査する国際組織)代表の汪志遠氏[証言者番号30]が別の論文を使って指摘している。雲南省昆明市延安医院の論文を例に、汪志遠氏の補足資料17(邦訳)の内容を紹介する。

『心肺同時移植手術におけるドナーからの心肺摘出と保護』
雲南省昆明市延安医院の吴剣医師・他
(雲南医薬2008年 第29巻(5号)469ページ)
 
論文中の図2.12に示された手術手順の記述:
ドナー(臓器提供者)が手術室に入室した後、従来通りに麻酔をかけ気管内挿管した。臓器提供者にメチルプレドニゾロン1gとヘパリン(3mg/kg)を静脈内投与した。麻酔が効き始めてから、滅菌タオルを用いた通常のドレーピングをした。通常の手術手順で速やかに胸骨正中切開を加えた。

 汪志遠氏は、上記の記述から次の3点を導いている。(i)麻酔と気管内挿管を必要とするということは、臓器提供者は生存中である。(ii)入室後に麻酔と気管内挿管が施されているので、入室前の臓器提供者には意識も自発的呼吸もあった。(iii)本当の脳死患者なら入室前に気管内挿管と点滴が必要だったはずである。

 そして汪氏は、この論文は「医師の殺人過程を記録するもの」と結論づけ、インターネットでこの論文が公表されている事実から、生存中の身体からの臓器収奪は日常的に幅広く行われていることが示唆されると指摘している。

実案特許:脳死マシーン

 1994年に警告されていた「脳死の意図的な偽造」を具象化したものが、いわゆる “脳死マシーン” ではないだろうか。連載コラム第14回で取り上げた王立軍が開発した機器だ。王立軍は、警官から重慶市副市長にまで昇進した人物であり、錦州市公安局長に就任した際、現場心理研究センターを設立。臓器摘出を向上させるための人体実験を数多く行っている。王立軍が取得した254件の特許件数の1つが「脳幹損傷を狙った衝撃装置」である。
 特許の発明者は王立軍と、重慶第三軍医大学大坪医院野戦外科研究所第四室。2008年第2号の『創傷外科誌』(外傷外科誌)で「有限要素のシミュレーション、及び準静的状態での側頭部衝撃によって引き起こされる外傷性脳損傷の臨床的意義」と題する論文を発表している。
 2007年10月までの期間、衝撃試験に12人の遺体が用いられており、被験者は26歳から38歳の男性で平均年齢は31歳。救命のためという本研究の大義名分とは食い違う。こめかみに適切に与えられた衝撃は、脳幹損傷、意識の喪失、脳死につながりうる。心臓は鼓動しており、様々な臓器や人体組織は生き続ける。臓器の機能を維持しレシピエントの拒否反応を減らす、致死的注射に替わる効果的な方法である。
 特許の摘要には機器が「簡単な構造で、作製も容易で、広い運用の推進に適している」と記載されている。通常の特許有効期間は10年だが、2012年8月に公告されたこの実案特許は2016年2月に時効となっている。(『2016年調査報告』(原題An Update)第11章 犯罪「II 王立軍の人体実験」内の「殺人装置」(邦訳)より要約)

特許申請番号201120542042 .X脳幹損傷を狙った衝撃装置(原発性脳幹損傷衝撃機)特許申請番号201120542042 .X
脳幹損傷を狙った衝撃装置(原発性脳幹損傷衝撃機)

韓国ドキュメンタリー

 この衝撃的な情報を含んだ『2016年調査報告』が発表された当時、著者の1人であるマタス弁護士は、この特許申請書には人間でなく動物用と書かれているため、確固たる証拠に欠けるとして、特に強調して発表することを控えていた。しかし、2017年11月、韓国のテレビ朝鮮のドキュメンタリー・シリーズ「調査報道セブン」で取り上げられ裏が取れたので、マタス弁護士からの制約が解除となり、2018年の日本でのイベントでは脳死マシーンがマタス弁護士のプレゼンテーションに加わったという経緯がある。

 『中国渡航移植の闇──生きるための殺害』と題するドキュメンタリー番組(全48分 日本語字幕付き)で、この実用特許の使用を公的に与えられた重慶の病院を取材者が訪れたところ、王立軍と共に実際にこの機器を開発した研究員が現れた。衝撃研究所に案内された取材者が「何のためですか?」と研究員に尋ねると、「脳死を引き起こすが、他の臓器は破損させないためのものです」と明確に回答している。番組では、ドキュメンタリーの制作者が特許申請書類の図をもとに作製した装置が紹介されている。尚、脳死マシーンについては同ドキュメンタリーの32:30〜38:55に収録。キム・ヒョンチョル監督[証言者番号:54]は韓国からロンドンに来て、民衆法廷で証言している(陳述書の邦訳)。
 このドキュメンタリーが韓国で放映された当時、臓器収奪問題の調査に関わっている者は、一様に度肝を抜かれた。実際の患者のカルテを持参して「中国で移植を受けたい親戚のために下見に来た」という名目で、隠しカメラで様々な場面を収録している。ドローンカメラを使って、移植病棟の手術室が24時間稼働している状況なども映し出しており『2016年調査報告』の文献内容の多くを裏付けするものだった。特に留意したい点は、韓国人担当の看護師や、上述の脳死マシーンの研究員などが、通常の業務として包み隠さず話していることだ。病院に寄付すれば待ち時間が短縮されるということは、下見に来た者には伝えるべき内容なのだろう。しかし、移植ツーリズムの違法性を理解していることや、中東からの顧客は大使館を通して支払うなど、調査するものにとって貴重な証言は見逃せない。
 中国の医療スタッフの意識の欠如から、取材者に様々な情報を提供することとなり、実のあるドキュメンタリー番組の制作が可能となった。豊富な臓器の裏に存在する犠牲者や、この犠牲者が支える臓器移植産業の成長や規模に何の懸念も抱かず、仕事を続け、問い合わせに対応する職員の姿がそこにはあった。そして、中国国内に留まらず、利潤の高い中国の移植産業を支える機関・企業・個人は世界に存在し、「罪の意識」に目覚めることなく不都合な真実を避けてビジネスを進めている…

テレビ朝鮮制作のドキュメンタリー
「中国渡航移植の闇──生きるための殺害」よりスクリーン・ショットテレビ朝鮮制作のドキュメンタリー

「中国渡航移植の闇──生きるための殺害」よりスクリーン・ショット

 

本コラムに関連する「中国・民衆法廷」の証言者
◎李会革教授[証言者番号:37]提出文書(邦訳
◎汪志遠氏[証言者番号:30]WOIPFG Appendix 17(邦訳
◎キム・ヒョンチョル[証言者番号:54]提出文書(邦訳

その他の参照資料
◎ヒューマン・ライツ・ウォッチ報告書『中国での臓器入手と合法的処刑』(China: Organ Procurement and Judicial Execution in China)(1994年8月Vol.6, No.9)X部(原文
◎『2016年調査報告』(原題 An Update)第11章 犯罪「II 王立軍の人体実験」内の「殺人装置」(邦訳
◎『中国渡航移植の闇ー生きるための殺害』(全48分 日本語字幕付き

公式サイト
◎『中国・民衆法廷』邦訳サイトマップ
◎公式英文サイト ChinaTribunal
◎『中国・民衆法廷 裁定』(英語原文

コラムニスト
鶴田ゆかり
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
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