援助とビジネスの境界で「開発」を考える

第09回

“Leap-frog” ──今後のアフリカ開発を予測するキーワードか?

 国連が3か月に1回発行(ウェブ掲載)している「Africa Renewal」というニュースレターがありますが、最新号である2014年4月号の3つの記事で、“Leap-frog” という言葉が目に留まりました。筆者が最初にこの言葉を「開発」の文脈で目にしたのは2000年代半ばであり、アジア・アフリカの低所得国においても急速に携帯電話が普及し始めたという文脈で使用されていました。その後のICTの急速な進歩、革新的なビジネスアプローチの登場等により、「開発は段階的プロセスを踏む」という従来の見方を少なくとも部分的には修正する必要性を “Leap-frog” は提起しているように感じています。今回はアフリカ開発における “Leap-frog” を考察したいと思います。

朝陽に目覚めるナミブ砂漠(ナミビア)

▲朝陽に目覚めるナミブ砂漠(ナミビア)

“Leap-frog” ──アフリカにおけるデジタル革命の進行

 “Leap-frog” は辞書には直訳的な「カエル跳び(をする)」の他、「馬跳び(をする)」という意味も掲載されています。開発問題の文脈では開発プロセスにおいて、段階的なステップを踏まずに先に飛び越えていくことを意味しており、典型的な例として、上述のように低所得国において、固定電話の普及がないままに携帯電話が急速に普及したことが挙げられます。「Africa Renewal」最新号は、シンガポールをモデルにICT立国を目指し、ICTインフラ整備や人材育成を積極的に進めるルワンダに関する記事において、「ルワンダのICT開発は社会経済開発に大きなインパクトをもたらした。ルワンダの事例は他のアフリカ諸国もデジタル時代に leap-frog できるという希望を示している」と述べています。

 ケニア政府通信委員会は自国の携帯電話契約者数は2001年の33万件に対し、2013年には3000万件に増加したと報告していますが、他のサブサハラ・アフリカ(SSA)諸国においても同様の傾向が見られ、SSA全体で契約者数は既に7億5000万件以上に達しています。携帯電話の普及に伴い注目されるのはメッセージ機能を活用した安価な送金システムの急速な普及です。ケニアでは M-pesa と呼ばれ、1日あたり2400万ドル以上、年間では88億ドルが送金に利用されており、この額はケニアのGDPの4割に相当します。また、インターネット利用者数は2013年にはケニアでは2013年に1960万人、アフリカ大陸全体では1億6700万人に達しています。2000年に開催されたG8九州・沖縄サミットの主要テーマのひとつは「デジタル・ディバイドの解消」でしたが、都市部に限れば、先進国と途上国のデジタル格差は急速に縮小してきており、アフリカの都市部では「インターネットへの容易なアクセスはもはや贅沢ではなく、道路やエネルギーと同様に基礎インフラである」という状況になりつつあります。

 携帯電話の普及がアフリカで新規の送金ビジネスを生み出したように、今後、格安なスマートフォンが性能・サービス向上を伴いつつ、アフリカ諸国でも急速に普及していくことで、革新的なビジネスが展開していくことになると感じています。以前参加したソーシャルビジネスのセミナーにおける講師の「課題があるところにビジネスチャンスがある」という言葉が非常に印象的でしたが、アフリカの開発が遅れた領域において、課題と最先端技術や革新的なアイデアが出会うところに “Leap-frog” が生まれるのだろうと思います。

エネルギー分野の “Leap-frog” ──省エネルギー/エネルギー効率向上の抜本的な推進

 「Africa Renewal」最新号はエネルギー関連記事2本においても「アフリカは代替エネルギーをリードし、leap-frog する上で優位な立場にある……アフリカは携帯電話で成し遂げたことをエネルギー分野でも成し遂げられる」、「アフリカは時代遅れになった既存のエネルギー技術を leap-frog し、低炭素型エネルギーの開発技術に焦点を当てることができる」という文脈で “Leap-frog” という表現を用いています。

 新興国やアフリカ諸国では、新たに化石燃料の埋蔵量が確認された国においても、旧来の化石燃料への依存という考えから一線を画する動きが見えます。ブラジルでは沿海部に石油が発見されたものの、エネルギー自給国を目指してエタノール利用技術を確立し、再生可能エネルギーを積極的に推進しており、タンザニアも沿海部の大規模なガス田の開発を進展させる一方で、太陽光・風力発電の可能性に注目しています。湾岸産油国も将来を見据えて、再生可能エネルギー導入とともに省エネの取り組みを強化しています。
 アラブ首長国連邦アブダビの砂漠地帯には究極のゼロ・エミッション/循環型都市として2030年の完成を目指して「マスダールシティ」が建設されていますが、「マスダールシティ」では廃棄物ゼロを目指し、電力は再生可能エネルギーのみを利用し、エネルギー消費監視・抑制のための中央制御システムが導入されています。一方、街路に風の流れを取り込む「風の塔」等のアラブ集落の伝統的な知恵が最新研究を踏まえて取り入れられた結果、体感温度をアブダビ中心部と比べて20度も低くできる点が注目されます。

 日本におけるエネルギー安定供給のための原子力や再生可能エネルギーの位置づけを巡っては、どのような時間軸を設定するかが論点の一つになっていると言えそうですが、「低炭素循環型社会を築くべく、原子力/化石燃料への依存を大幅軽減/ゼロにし、再生可能エネルギーの積極的な導入を進めると共に、省エネ・エネルギー効率向上を大幅に進展させる」という将来ビジョンは多くの人々に共有されているように思われます。ドイツでは「2022年までに脱原子力、2050年までに脱化石燃料」を目標として掲げ、「エネルギーシフト」を起こすべく、再生可能エネルギーの利用拡大に向けて様々な取り組みが進んでいますが、ドイツの「エネルギーシフト」においては、省エネルギー/エネルギー効率向上が最重要課題として位置づけられており、毎年2%ずつ省エネを達成することにより、2050年までにエネルギー消費量を半減できるという方向性が示されています。

 エネルギー問題では、「原子力か再生可能エネルギーか」、「原子力・化石燃料から再生可能エネルギーへ」という議論に焦点が当てられる傾向にあり、「Africa Renewal」の記事でも再生可能エネルギーに焦点を当てつつ、“Leap-frog” が語られています。一方、筆者としては、省エネルギー/エネルギー効率向上の分野における技術革新によってもたらされるエネルギー需要抑制への大きな貢献やビジネスチャンスの拡大の可能性がより一層注目されるべきと考えています。

 今後の経済成長に伴い、中国やインドと同様にエネルギー需要の爆発的な拡大が見込まれるアフリカ諸国において、OECD諸国や新興国が経験した同じ道筋を歩む必要もなく、また地球環境の制約や資源の有限性に鑑みれば、同じ道筋を歩む時間的余裕が大きくないことは明らかであり、エネルギー安定供給に向けて、エネルギー政策における “Leap-frog” 的な発想が求められます。中国やインドでも1990年代に省エネの重要性は十分に認識されており、省エネ法の制定等は行われたものの、制度構築や人材育成が進まなかったことから、十分な成果が得られず、取り組みが本格化したのは2000年代以降です。アフリカ諸国は中国やインドと同じステップを踏むべきではなく、20年~30年後を見越し、省エネルギー/エネルギー効率向上につき実効性のある取り組みに着手すべきであり、後発であるがゆえに、新興国の教訓を十分に活かせる位置にいること、つまり、“Leap-frog” できるという優位性を持っていることを認識することが重要だろうと思います。

 エネルギー問題の世界的権威であるダニエル・ヤーギン氏は「日本は省エネ技術において真のトップランナーであり、世界のお手本として、エネルギー分野における技術革新において重要な役割を果たし続けるべき」と述べています。アフリカ諸国における省エネ分野における “Leap-frog” の後押しに関して、「国際開発ジャーナル」2014年2月号の記事では、我が国は石油危機以降、40年間に蓄積してきた世界に冠たる優れた省エネの取り組みを踏まえて、高度な技術(省エネ関連機器・設備)、制度構築(省エネ関連法)、人材育成(エネルギー管理士・エネルギー診断士制度)を新興国へパッケージとして売り込むことが提案されています。また、制度構築においては、日本の優れた技術力に基づき、将来を先取りする形で、より高い「省エネ基準」を設定することにより、現状レベルの技術や製品では価格競争で勝てない中国・韓国等の企業に対して、日本企業が優位に立てるとの分析がなされています。これは省エネ基準の “Leap-frog” を念頭においた日本企業の戦略ともいえるでしょう。

水資源分野の “Leap-frog” ──雨水利用の促進

 今後、エネルギー分野と並んで、アフリカ開発において、“Leap-frog” な取り組みが求められる分野として、雨水利用が挙げられると考えています。日本では、今年3月、水源地・周辺地域の保全を目的とする「水循環基本法」と共に「雨水の利用の促進に関する法律(雨水利用促進法)」が国会で成立しました。「雨水利用促進法」は雨水貯留施設を設置し、雨水の有効利用を進めるとともに、洪水を抑制することを目的としており、従来の下水道法、河川法、建築基準法において「排除の対象」であった雨水を「都市の水資源」と位置づけ、地方自治体施設への雨水貯水施設設置の努力義務を設定すると共に自治体による家庭向け助成制度への国からの支援、調査研究の推進、技術者育成を盛り込んでいます。

 筆者は1980年代後半に3年間、ケニアの山村で雨水に頼る生活を経験し、雨水を天の恵み/身近な資源と感じてきたことから、日本で「雨水利用促進法」がようやく今年になって成立したのは遅すぎたとの印象も有しますが、今後の雨水利用の進展に大いに期待したいと思います。ドイツでは再生可能エネルギーの導入と共に雨水利用も先行しており、雨水利用関連産業がひとつの産業分野として成り立っているとのことですが、日本でも今年夏に「雨水資源化工業協会」が立ち上がり、日本国内における雨水利用の普及が新たなステージに踏み出すようです。

 一方、我が国は水資源分野におけるODA(政府開発援助)として、都市上下水道、地方給水(井戸掘削)およびこれらに関する維持管理制度の構築には多くの実績を有している一方、雨水利用への支援は小規模かつ限定的なレベルに留まってきたように思います。しかし、今後はODA案件、ビジネス案件に関わりなく、アフリカ都市部における給水・排水分野の事業においては、これまで日本が蓄積してきた雨水利用(水資源の有効利用と洪水抑制)の知見、「雨水利用促進法」により今後急速に進展していくと期待される関連技術を可能な限り積極的に取り入れていくべきと考えます。これまで日本における雨水利用は雨水を「資源ではなく、排除すべき対象」と位置づけてきた既存の法体系に阻まれる形で遅れてきたと指摘されていますが、アフリカ諸国は都市部における上下水道システムのハード・ソフト両面における整備の遅れを新規システム導入にあたっての優位性と捉えて、雨水利用を積極的に推進していくことが期待されます。

“Leap-frog” がもたらす開発の新たな道筋

 開発には、「農業生産の増加⇒製造業の発達・高度化⇒サービス産業の発達(産業の高度化)」という、しかるべきプロセスがあると説明されています。1980年代の「東アジアの奇跡」をもたらした要因として、日本を先頭に、第2グループとして「四小龍(韓国、台湾、香港、シンガポール)」、第3グループとして先発ASEAN諸国、第4グループとして中国・後発ASEAN諸国が雁行型を形成し、産業構造・レベルの異なる国々の間に域内における相互依存関係が存在していたことが挙げられますが、開発が産業構造の高度化に向けた段階的プロセスにそって進展していくことを想起させます。

 一方、ルワンダは20年前の民族間大虐殺を乗り越え、シンガポールをモデルとして、アフリカにおけるICT産業のハブとなることを目指し、ICT関連制度構築・インフラ整備を積極的に進め、小学生にラップトップ型パソコンを配布し、将来のICT産業をリードする人材の育成に注力しています。「ルワンダはあくまでアフリカ諸国の例外なのか?」「ルワンダが可能性を示しつつある「デジタル時代」へ “Leap-frog” は他のアフリカ諸国でも可能だと語ることは単なる空想に過ぎないのか?」と自問していくうちに、今後の急速なICTの進歩、ソーシャルビジネスに見られる革新的なビジネスアプローチの登場により、「開発は段階的プロセスを踏む」」という従来の常識は部分的には修正が迫られており、常識が覆っていく領域が今後徐々に拡大していくのではないかと感じ始めています。本稿では取り上げませんでしたが、3Dプリンター利用による製造分野の革命的な変化は先進国のみならず、アフリカにおいても小規模ながら既に起きつつあり、今後中長期的な製造業のあり方、国際分業、アフリカの開発プロセスの前進(産業構造のレベルアップ)にどのようなインパクトを及ぼすのか予測ができません。しかし、見方を変えれば、開発プロセスにおいて、“Leap-frog” により、従来の常識を超えて、新たな、そして多様な開発プロセスの道筋(開発プロセスのバイパス)が形成される可能性が浮上しつつあるのではないかと感じています。

 今後、アフリカ諸国は “Leap-frog” の可能性のある領域を十分に認識していくことで、10~30年後の望ましいビジョンの実現に向けて、直線的ではなく二次関数的に進んでいくこと、あるいは領域によってはプロセスを果敢にワープしていくことが可能になると考えます。そして、援助であろうと、ビジネスであろうとアフリカ開発に向き合う関係者もアフリカが有する多くの開発課題の中で、デジタル革命に加えて、省エネ推進、雨水利用推進といった “Leap-frog” すべき分野を認識するとともに、農村の貧困削減、保健・教育サービスの充実といった堅実な取り組みを必要とし、“Leap-frog” が難しいと思われる分野においても、革新的なアプローチの適用を通じて、“Leap-frog” の可能性を積極的に探ることが求められるのではないかと感じています。

 

【主な参考文献等】

  • 国連「Africa Renewal Online」2014年4月号記事。“There is energy momentum in Africa”, “Light at the end of the tunnel”, “Big dreams for Rwanda’s ICT sector”, “Internet access is no longer a luxury”
  • 久留米大学経済社会研究所一般公開環境セミナー「ドイツの環境エネルギー政策の動向」配布資料(2013年11月開催、講師:村上敦氏(環境ジャーナリスト・環境コンサルタント))
  • 国際開発ジャーナル2014年2月号(省エネ関連記事、p.15〜31)
  • 国際開発ジャーナル2014年5月号(「海外に挑む企業:雨水貯留システムのトーテツ」、p.50〜51)
  • NHK・BS番組「Biz+サンデー」(2014年2月放映)(ダニエル・ヤーギン氏へのインタビュー)
  • NHK・BS番組「世界のドキュメンタリー:マスダールシティ」(2014年3月放映)
  • あまみず:世界の雨水:「「雨水法」……雨水に関する法律を考える」
  • 雨水ネットワーク会議 website
    コラムニスト
    黒田孝伸
    1959年佐賀市生まれ。九州大学法学部卒、英国サセックス大学開発研究所「ガバナンス・開発」修士課程修了。青年海外協力隊を経て、外務省及び国際協力機構(JICA)において、開発援助業務に従事。訪問国数80か国、うち長期滞在は6か国計17年間。現在は福岡でフリーランスの開発援助コンサルタントとして、ソーシャルビジネス、地域通貨、社会的連帯経済などの勉強会に参加しつつ、「開発」につき考察中。
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