援助とビジネスの境界で「開発」を考える

第05回

ビジネス関連規則に焦点を当てた189か国での「ビジネスのやり易さ」の比較~世界銀行『Doing Business 2014』報告書

 10月28日に世界銀行(以下、世銀)が『Doing Business 2014』という報告書を公表しました。世銀は2003年から同報告書を公表しており、今回で11回目となります。ここ数年の「援助からビジネスへ」という途上国における開発潮流の大きな変化を受けて、筆者も同報告書の内容に関心を有してきました。今回は2014年版報告書の概要をご紹介しつつ、気づきの点を挙げてみたいと思います。なお、同報告書はこちらより全文ダウンロードが可能です。

ビジネス関連規則に焦点を当てた189か国での「ビジネスのやり易さ」の比較

 本報告書の特徴は、当該国に存在するビジネス関連の法令・規則に焦点を当てて、ビジネスを新規に開始する上で必要な手続きや要する日数から、建設許可、輸出入、登記、納税といった日々の活動に関連する手続き、更に紛争解決に至るまで、ビジネスのサイクル全体を通して、当該国での「ビジネスのやり易さ」を10項目の指標に基づき測定して、189か国をランク付けしている点です。

 10項目の指標は、(1)ビジネスの開始手続き、(2)建設許可の取得、(3)電気の使用、(4)財産登記、(5)クレジットの利用、(6)投資家保護、(7)納税、(8)国境を越えた貿易、(9)契約履行の強制、(10)支払不能問題の解決、であり、それぞれの指標にはさらに3~6項目の下位指標が設定されています。ランキングは10項目の合計による総合ランキングとともに、項目別のランキングも示されており、個々の項目の規則の整備状況につき他国との比較が可能となっています。但し、海外での新規ビジネスを検討する上で極めて重要な判断材料となる当該国の労働力の質やインフラの整備状況は分析対象とはなっておらず、ランキングにも反映されていない点には注意が必要です。

シンガポール中心部

◀シンガポール中心部(画像クリックで拡大します)

 世界全体として、過去10年間、ビジネスを開始するために要する日数は短縮され、物品の輸出入手続きが簡素化されるなど、ビジネス関連規則の改革・整備は着実に進捗しています。また、ランク上位国とランク下位国の差も縮小しつつあり、特に過去1年は改革のペースが上がってきており、多くの国において、主要な雇用創出の担い手である中小企業にとって望ましいビジネス環境が整備されつつあると指摘されています。同報告書の責任者であるRamloho氏は「世界中の政府は、民間セクターこそが開発と雇用創出の重要な原動力であり、民間セクターの育成を促進するために正しい規則を整備することが重要であることを理解している」と述べています。

2014年版総合ランキング上位15カ国
及び主要国の順位の推移(報告書2011~14年版)

2014年版総合ランキング上位15か国及び主要国の順位の推移

※図表をクリックすると拡大します

 上位5か国(地域)は、過去4年間、変化はなく、シンガポール、香港が1位、2位を維持しています。シンガポールは世界最強レベルの官僚集団を有していると言われており、世界最高レベルの公務員給与がシンガポールの経済成長率にリンクしていることが示すように、公務員の最大の役割は「民間セクターの成長を推進する枠組みを創り出すこと」であり、このランキングはシンガポールの政策を明確に示しているように感じます。(但し、ここ最近はシンガポールでも所得格差が拡大し、政権与党への批判が高まっていることから、所得再配分、社会サービスの充実等といった分野における公務員の役割の比重が高まっているとのことです。)

 中国(本土)自体のランキングは96位ですが、1位のシンガポール、2位の香港、16位の台湾を含む「大中華圏」という視点を持ち、これらの国・地域同士の経済的結びつきの深さを考慮し、さらに世界各国に居住する6000万人の華僑のネットワークの広がり・密度を考えれば、国際ビジネスにおける中国の存在感を「中華民族」という大きな枠組みの中で理解することの重要性を再認識します(寺島実郎著『世界を知る力』(2010年、PHP選書))。

 過去4年のランクの推移をみれば、特にマレーシア、韓国、グルジア、ルワンダにおけるビジネス環境の急速な改善の動きが注目されます。韓国は10項目の指標には含まれていませんが、「電子政府準備状況」指標においては、世界第1位であり、インターネット活用による行政全般の効率化・簡略化がビジネス環境の改善にも大きな役割を果たしていると言えそうです。

 奇跡的な成長を続ける東アフリカのルワンダは南アフリカを抜いてアフリカ大陸では2位、世界32位(アフリカ1位はモーリシャスで世界20位)であり、38位の仏よりも上位であることに改めて驚きます。ルワンダのランキングは過去4年間に顕著な上昇を示しており、海外直接投資を引き付けるべく、シンガポールをモデルと位置づけ、カガメ大統領の強力なリーダーシップにより、トップダウン型の改革が急速に進展してきたことを示しています。

【参考】
 筆者のタンザニア在勤中、援助機関関係者は、ルワンダにおける急速なビジネス環境の整備に向けた各種改革の取り組みを高く評価する一方、タンザニアのビジネス環境の整備の遅れを頻繁に問題にしていました(2014年版では145位)。しかし、国内の多くの関係者を巻き込むビジネス関連規則の改定・整備にあたり、タンザニア政府はトップダウン型ではなく、援助機関が重視する民主的プロセスや参加型アプローチをとりつつ合意形成を行っていることで、改革に時間を要している側面があり、ビジネス環境整備における国内の関係者間の調整の難しさを認識するとともに、改革を進める上でのリーダーシップの在り方や援助機関のダブル・スタンダードを考える材料にもなりました。

 最近、ビジネスチャンスを求めて注目が集まっている主なアジア・アフリカ諸国における過去4年間の「ビジネスのやり易さ」の順位の推移は以下の通りです。

主なアジア・アフリカ諸国における過去4年間の「ビジネスのやり易さ」の順位の推移

※図表をクリックすると拡大します

「正しい」ビジネス規則の必要性、ビジネス規則の整備と他セクターの改革への影響

 同報告書は、ビジネス環境を整備するために、「規制緩和 (deregulation)」を推進すべきと主張しているのではなく、(途上国では緩和すべき「規制」自体が存在しない、あるいは植民地時代の古い規則が放置されたまま存在していることも多い)、「正しい規則(right regulations)」の整備の重要性が強調されています。高いランクの国々はそれぞれの政府が適正な規制システムを構築することで、民間セクターの育成を妨げることなく、市場での円滑な経済活動を促すとともに、重要な公共の利益を保護することが可能になっていると説明しています。

 効果的な規制システムとは、公的利益の保護とダイナミックな民間セクターのニーズのバランスをとることを可能とするシステムであり、本指標で上位にランクされる国が、市場の役割を重視し、政府の役割を限定的にとらえる「小さい政府」を有しているという証拠はなく、むしろ逆に「大きな政府」を有する方が適切な保護と効果的なルールを提供する傾向にあると分析されています。GDP比の政府支出額で見れば、デンマークとオランダは世界で最も「大きな政府」を有している国々となりますが、ランクはそれぞれ5位、28位です。

 さらに、今回の報告書はビジネス環境の改善に向けた取り組みと、他の分野での改革の取り組みが「正」の相関関係にあることを指摘しています。「ビジネスのやり易さ」に関する10項目の取り組みにおいて進展が見られる国では、ビジネス分野にとどまらず、より広範囲にわたる改革が進んでおり、法の支配、汚職抑止といったガバナンス全般での改善が見られるとのことです。また、国連開発計画(UNDP)の「人間開発指標」を使って分析したところ、ビジネス関連の制度的枠組みの質の改善に向けた取り組みが、教育・保健分野の制度的な改善に向けての注意を呼び起こしており、更にジェンダー平等に向けた法整備を促していると分析されています。

欧米の価値基準に基づくランキングか?

 欧米の政府機関・研究機関が毎年発表する世界ランキングは、複数の指標を基準とすることで、総合的かつ客観的な分析の結果である点を強調していることが多いようです。しかし、筆者は、実際には欧米及びその価値観の優位性を確保するために、恣意的かつ選択的に指標が採用されている、あるいは総合ランキング算出における指標毎の比重が意図的に設定されている可能性も否定できないと考えています。そのため、このようなランキングはそのまま受け止らず、距離を置いて見るべきとの印象を有していますが、一方で、個別の指標には有益な情報も多く含まれていると考えています。

 本報告書についても、世界各国のビジネス環境の変化、ビジネス関連規則の整備状況を年を追っておおまかに把握するとともに、他国と比較する上では非常に貴重な情報源であり、また個別の国の事例がケース・スタディとして取り上げられており(2014年版は、韓国における電子裁判制度、シンガポールにおける貿易手続きの簡略化(single window)、マレーシアにおけるオンライン納税等)、新たな動きを具体的に知る上で有益であると考えています。

コラムニスト
黒田孝伸
1959年佐賀市生まれ。九州大学法学部卒、英国サセックス大学開発研究所「ガバナンス・開発」修士課程修了。青年海外協力隊を経て、外務省及び国際協力機構(JICA)において、開発援助業務に従事。訪問国数80か国、うち長期滞在は6か国計17年間。現在は福岡でフリーランスの開発援助コンサルタントとして、ソーシャルビジネス、地域通貨、社会的連帯経済などの勉強会に参加しつつ、「開発」につき考察中。
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