臓器狩り──中国・民衆法廷

第12回

直接証拠(概要)

直接証拠の定義

 本法廷で留意されるべきことは、疑惑の性質から犠牲者が証人にはなりえないことです。 疑惑が正しければ 全ての犠牲者は 亡くなっているからです。

第一回公聴会 冒頭の挨拶

 『中国・民衆法廷』では、この冒頭で明示されたスタンスに立ち、個人的に強制臓器収奪に関わった証言者からの陳述、もしくは別の個人が関与していることを聞いたという提出文書から直接証拠を見定めている(p.50, 159 段落)。

 以下、「直接証拠」(159-174段落)のセクションから、できる限り年代順に、民衆法廷に提出された文書や本法廷での供述内容をリストした。

 内容がかなりヘビーなので、このリストにはリンクは貼らずに民衆法廷での証言者名のみに止める。別の回で取り上げる際に、「閲覧注意」の警告を添えて実際の証言や記事のリンクを紹介していこうと思う。

直接証拠の年代リスト

 1978年:江西省の学校の教師、鐘海源(Zhong Haiyuan)さんは、「反革命的」な思想のため死刑を宣告され、1978年4月30日、人民武装警察部隊の三人の隊員により、背中の右側に銃を突きつけて発砲する形で、死刑が執行された。数年後、隊員の1人が、腎臓を摘出するために即死させるなという命令があったことを、調査中の著者に打ち明けた(李会革教授[証言者番号37]が共著論文『中国での臓器摘出における人権侵害』の中で胡平著『中国的眸子』の一節に言及)。

 1990年代:元軍医学校の実習生が、当時インターンとして、腎臓のために殺害される生存中の兵士から臓器と眼球を摘出した(匿名[証言者番号26]による『中国・民衆法廷』での証言)。

 1990年〜1995年:中華人民共和国の王国斎(Wang Guoqi)医師が人民解放軍附属病院の医師として囚人から臓器と皮膚を摘出した(2001年の米国下院の「国際事業と人権に関する小委員会」での証言)。

 1990年:ウイグル人の元外科医、エンヴァー・トフティ氏[証言者番号13]は、新疆ウイグル自治区のウルムチ鉄道病院で一般外科医だった時、3人の少年に大きなU字型の傷があることを確認。腎臓摘出の跡を示すものだった。

 1995年:上述のエンヴァー・トフティ氏は、上司の命令で処刑場に行かされ、その場で右胸を撃たれ、まだ生きている囚人から、腎臓二つと肝臓を摘出させられた。

 2001年〜2003年:アニー(偽名)が、この時期に前夫が2000人の法輪功学習者から角膜を摘出していたことを2006年3月に告発。薬物注射で処刑された後、臓器が摘出された。

 このアニーの証言を受けて、蘇家屯秘密収容所に1万人以上の法輪功学習者が監禁されていたという証言が2006年3月31日に発表される。(キルガー氏[証言者番号49]とマタス弁護士[証言者番号48]の共著による『中国臓器狩り』第9章。マグニツキー法を適用するための中国の要人リストをマタス弁護士がカナダに提出した際に添付した記事として民衆法廷に提出)。

 2002年4月:法輪功迫害追跡調査国際組織(WOIPFG)の代表者、汪志遠氏[証言者番号30]が、心臓摘出手術に立ち会った若い護衛から電話を受け、女性の法輪功学習者が、麻酔をかけずに心臓を摘出された様子を聴いた。

 2005年:蘇家屯の研究者が、特殊な薬殺注射の技術開発と治験を行っていたことを「遼瀋晩報」の記者が伝えた(キルガー氏、マタス弁護士、ガットマン氏[証言者番号53]共著の『2016年最新報告書』p.375)。

 2008年5月:第四軍医大学西京医院での心臓と肺の同時移植の症例研究で、脳死宣告されたドナーの肺に酸素を送り込むために気管内挿管が施されたと記述。国際的に受け入れられている脳死判定ではドナーの自発的呼吸がないことを確認するために人工呼吸器を外される。同研究書の著者は、38の症例で同様の手順をとっている。(『2016年最新報告書』p.371)

 2018年:前述のエンヴァー・トフティ氏が、新疆ウイグル自治区の空港の床に貼られたグリーンの矢印の写真を公聴会で提示。「特殊旅客 人体器官運輸通道」(「器官」は中国語で「臓器」の意味」)と記されていた。当地での臓器摘出の規模を示唆する。

 上記の内容がリストされた「直接証拠」のセクションの最後に、李会革(Li Huige)教授の「生存中の身体からの中国での強制臓器摘出の4つ方法」が記載されている。中国の学術文書に裏付けられており、臓器収奪全般の把握に役立つ分析である。

李会革 教授の証言

 李会革教授[証言者番号37]は、中国で医療を学び、1997年、ドイツのマインツ、ヨハネス・グーテンベルグ大学で博士号を取得。2011年よりドイツ・マインツ大学医療センターの薬理学教授。100本以上の科学論文を発表しており、6000回以上 引用されている。

 中国での移植濫用に関する記事は、「ランセット」「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」「BMCメディカル・エシックス」「ケンブリッジ・クオータリー・オブ・ヘルスケア・エシックス」などで発表してきた。欧州議会やその他の欧州諸国で証言しており、中国臓器収奪リサーチ・センター(COHRC)の『2018年報告書』(小冊子の日本語版)の共著者でもあり、公聴会の午前中にCOHRCの代表としても供述している。

 以下、李教授の民衆法廷への提出書の冒頭部分を引用する。

「生存中の身体からの中国での強制臓器摘出」は、「生体臓器提供」とは異なる。生体臓器提供者は、片方の腎臓や肝臓の一部など、臓器または臓器の一部を提供する。生体臓器提供者は、提供後も生きている。これとは対照的に、生存中の身体からの強制臓器摘出では、生存維持に欠かせない臓器が摘出され、犠牲者は通常、臓器摘出の過程で死亡する。

 生存中の身体からの強制臓器摘出とは、必ずしも、麻酔をかけずに意識のある人から臓器を摘出するということではない。いわゆる「ドナー」と呼ばれる人たちが(麻酔をかけられている場合でもそうでない場合でも)臓器摘出の開始時点で生きていることを意味する。

 2種の相違点は下表のように要約される。(李教授のパワーポイントより邦訳)

生体臓器提供
生存中の身体からの強制臓器収奪
摘出される臓器 腎臓の片方や肝臓の一部 生存維持に欠かせない臓器
ドナー 生存 殺害
麻酔の有無 有/無

強制臓器摘出の4つの方法

 以下に李教授の「生存中の身体からの中国での強制臓器摘出の4つの方法」を手短に要約したい。

1)射撃による処刑が未遂状態の囚人からの臓器摘出

 上記「年代リスト」の1978年(処刑された教師)、1995年(トフティ元外科医)、さらに2015年に生存中の身体からの強制臓器摘出の慣行を明らかにした北京の軍医高官の発言が例として挙げられており、残虐な虐待と結論付けている。

2)薬物注射された囚人からの臓器摘出

 中国が発表している死亡判定基準は国際水準に合致していない。

 薬物注射による死の場合に、心電図 や法医学医師の判断などの客観的な死亡確認を中国では必要としないため、濫用の余地がある。

 さらに、中国では、薬物注射を開始してから数十秒で死亡を宣告している。米国ノースカロライナ州での薬物注射による処刑では、心電図のモニターが平坦になってからさらに5分後に死亡を宣告するので、注射の開始から15分ほど経過させている。

 このように死亡判定基準に抜け穴があるため、薬物注射を投与した直後の臓器摘出は中国では合法である。

3)臓器摘出による死亡

 死刑宣告を受け、処刑される上記(1)(2)の場合とは異なり、医師が心臓摘出の段階で、心拍停止を誘発したことを示す症例研究がある。

 李教授は、法的な死刑宣告を受けない「良心の囚人」が犠牲者である可能性が高いとする。

 「国家の敵」と区分された市民に対して、警察は任意に逮捕・拘束する権限が与えられているが、中国政府はこれら「良心の囚人」の存在を一切認めていない。拘束されたウイグル人も「職業訓練を受けている」市民であり囚人ではない。法輪功学習者は、1999年7月に迫害が始まってから、北京の天安門広場や陳情局に抗議に行ったが、家族や同僚の迷惑にならないように身元を明かさない者が多かった。これらの名前のない人々は、法的手続きを経ることもなく、死刑囚にもならずに、臓器摘出の対象となる可能性が高い。

 4)脳死を口実にした臓器摘出

 中国の臓器移植に関する多くの論文で、臓器摘出に際して「ドナーは脳死」としているが、脳死判定もなく心臓が機能していたことを示す症例がある。提出文書に挙げられた5つの症例研究の一つは、「年代リスト」の2008年5月の症例である。

 上記の4つの方法の特徴を、李教授は下記のようにまとめている。

方法
頻度
麻酔の有無
射撃による処刑が未遂状態の囚人からの臓器摘出 不明
薬物注射された囚人からの臓器摘出 100%〜 有(十分でない可能性)
手術室での臓器摘出による殺害 不明 有の可能性は高い
脳死を口実にした臓器摘出 不明 不明

 中国では適切な脳死判定を経ずに臓器が摘出され、臓器摘出によりドナーが殺害されているという李教授の証拠を、民衆法廷は重視するとして「直接証拠」のセクションは結ばれている。

 次回から数回にわたり、上記の方法を枠組みとして、直接証拠の証言や記述を紹介していく。

参考資料 
◎李会革教授 (証言者番号37)提出文書(邦訳
◎李会革教授  口頭証言の録画(日本語字幕付き
◎李会革教授  口頭証言のまとめ(邦訳

◎『中国・民衆法廷 裁定』(英語原文
公式英文サイト ChinaTribunal

コラムニスト
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
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