臓器狩り──中国・民衆法廷

第10回

中国共産党とは何か?

アンスレイ弁護士の証言

「お名前は知りませんが、もし共産党の迫害を受けているのなら善人ですね」と言うと、そこにいた老人全てが拍手しました。

 ドキュメンタリー映画『恐怖を超えて──高智晟の生涯』の冒頭である。1時間11分だが、時間のあるときに是非ご覧いただきたい。2012年の制作とは思えないタイムリーな秀作だ。臓器狩りを語る上で、中国共産党の性質を避けて通ることはできない。今回のコラムでは、カナダのクライブ・アンスレイ弁護士の証言を通して、中国共産党政権下の司法制度が欧米社会の司法制度と大きく異なることを確認し、さらに中国共産党の特性を浮き彫りにしたい。

 高智晟は、正義を貫く弁護士として、中国の人々の心を掴んだ。2012年制作のこの映画の後、2014年に釈放され故郷の陝西省で自宅監禁となったが、2017年8月に再び行方不明に。その後3年間、今日まで音沙汰がない。(参照

『恐怖を超えて──高智晟の生涯』を今、ご覧いただく代わりに、高智晟についてのデービッド・キルガー氏による短い説明を見ていただければと思う。

『デービッド・キルガー:中国の移植犯罪』(1分50秒 2017年©️ETAC)より抜粋

 高智晟の置かれた立場を理解した上で、クライブ・アンスレイ弁護士の民衆法廷での口頭証言(45分)を聞くと、中共支配下における司法の事情がよく理解できる。アンスレイ弁護士は、中国語の読み書きも堪能で、中国の新しい司法制度に関しては、1979年の着想以来、研究し、幅広く講義・出版してきた。中国で弁護士事務所を営んだ経験も持つ。「中国・民衆法廷」の要請で、40ページに及ぶ報告書を提出している。この報告書に基づく第1回公聴会における質疑応答では、中国の司法の特徴として下記の2点が強調された。

1)独立した司法がない

裁判官は中共の党員から構成される全国人民代表大会(全人代)が指名し、全人代は裁判官を自由に除名・指名できる。

  • 全人代は中共の党員もしくは中共が党員候補として承認する者から構成される
  • 法廷は自分たちを指名する全人代、ひいては中共への責務がある(つまり裁判官は中共路線の判定しか下せない)
  • 中国共産党中央政法委員会が陳情手続きの頂点に位置するので、法廷の判決を覆すことができる。委員長は法的な養成を受けておらず、政治的に指名される

2)無罪推定がない

「有罪宣告されるまでは何人も無罪と推定される」という概念がない。

  • 刑事訴訟法に「無罪推定」が規定されていない
    1997年の刑事訴訟法の改定で第12条が挿入され、中国の弁護士は「無罪推定」が導入されたと思っているが、「人民裁判員が判断を下さないうちに、何人に対しても有罪の判断をしてはいけない」というもので「無罪推定」ではない。中国の人々に法廷が無実の人を誤って有罪にしてしまう可能性を話しても、「有罪でなければ法廷にいないでしょ」と言われてしまう。
  • 刑事訴訟法の規範に関心を持つ法廷や裁判官がいない
    これは上記1)から説明がつく。規範にこだわっても、中共のトップから判決を覆される可能性があるのなら、法廷側で刑事訴訟法に関心は寄せないだろう。

 さらに証言では、メディアによる法輪功のイメージを悪魔化させることにかなりの成功を収めたことにも言及している。この点については、アンスレイ弁護士は「完全なるメディア支配:中国政府と中国共産党に対して最も批判的かつ懐疑的な反対者を操る効果的な方法」という所見を、『かつてなき邪悪な迫害』第1章メディア(博大出版 2016年発行)に寄稿している。

 口頭証言では、犠牲者を非人間化する例として、自身が中国で弁護事務所を営んでいたときの経験を語った。通常「人民日報」で正確な情報は日付だけと中共を揶揄していた中国人の弁護士が、法輪功は抹消されるべきだと誹謗中傷した。この発言は、前夜のニュースで1人の女性が自分の子供たちを殺害し、この女性は法輪功だったからというコメントを耳にしたことによるものだった。アンスレイ弁護士は、このコメントが真実かどうかどうしてわかるのか、と問いただし、最終的にこの弁護士も確証はないことを認めた。また、一般市民に広く法輪功は悪いと思わせた効果的な例として、南京の男性が蕎麦屋で毒をもり42名の死者を出した事件報道の最後に、「ところで彼は法輪功学習者で李洪志の本を読んでいました」と付け加えられたことを挙げている。

「陳情」は古来の王朝制度のもの

 口頭証言では「陳情」に関する興味深い説明があった。多くの法輪功学習者が、法輪功に対する政府の政策を変えるように当局に嘆願するために、北京や主要都市に陳情に行く。この権利は憲法で保証されていると信じての行動である。

 この行動に関してアンスレイ弁護士は、「陳情の権利」は王朝制度に遡ると指摘する。地方に「衙門」(yamen)と呼ばれる奉行所があり、ここでの地方判事の判定に納得がいかなければ、北京に行き、皇帝に直接嘆願する権利が人々に認められていた。この権利は引き継がれ、憲法41条に「信訪制度」として規定されている。この条項では、自分たちを不当に扱った役人、不正行為などの陳情を提出するために、国民が陳情局に行く権利を規定している。

 現在はこの陳情者数が多すぎるため、中国政府は、陳情者が北京に来ないように中国全域の地方警察に圧力をかけている。地方から北京に警官を送り込み、陳情前に自分の地域からの陳情者を送り返そうとする。政府は陳情に耳を貸そうともしない。

 中国当局は国民の陳情を微塵も受け入れる気がないのに、国民のほうではDNAに刷り込まれた「陳情の権利」に基づき、陳情に行き、捕えられ、拷問を受けている。ご参考までに、まだ邦訳は出ていないが、法輪功学習者が純粋な気持ちで陳情に行き、拘束・拷問に至る様子が、イーサン・ガットマン氏による著書 ”The Slaughter” の第4章で記述されている。

中国共産党とは?

 王朝文化で存続した「陳情の権利」を継承したかのように憲法で規定しながらも、事実上、その権利は踏みにじられている。王朝文化とは全く異質の現在の中国政権、中国共産党(中共)はどこからきたのだろうか?

 20世紀初頭、清朝の終わりから中華民国の初期にかけての激変期に、中国は自らの伝統文化を否定し国外の文化を導入すべきだと、様々な理論が飛び交った。中国共産党の成立の背景には、中国と国民をなんとか救いたいと焦る志士たちがマルクス=レーニン主義の暴力革命による政権の奪取に共鳴した経緯がある。

 1921年、共産主義インターナショナル(コミンテルン)極東局により中国共産党が設立。当初は政策、思想、組織構成をソ連に倣い、資金源もソ連に頼った。ここで注視すべき点は、マルクス=レーニン主義は儒教、道教、仏教といった中国思想の流れを汲んでいないことだ。中国文化に流れていた「天の力を受け入れ、地にしたがい、自然を尊重する」という基本的な価値観が、「天地と戦う」行為にすり替わってしまった。

人間性を剥奪する党性

 人間性は、中国共産党独自の党性に置き換えられた。党性では個人の意向よりも共産党集団の利益が優先される。人間性を剥奪するために、徹底した思想教育改造が行われた。

 その例として1941年の「延安整風運動」が挙げられる。毛沢東が党内の異見論者を粛清するための洗い出し運動である。まず各個人に、出生児から知っているすべての人、出来事、参加したすべての社会活動、入党の過程を書き出させる。党性への認識が最も重要で、自分の思想意識などが党性からずれているかをチェックする。党に反する思想や行動があれば告白する。拷問により嘘の告白を強いられ、無実の人々が不当に責められた。恐怖と不安の中で、人々は道義心と自尊心を捨て、過酷な体罰と威嚇のもとで、他人を陥れるようになった。疑心暗鬼と緊張が充満し、自分の命を守るために自分の意見を言わず、党の指導者の文章を暗記した。このやり方は中共によるあらゆる運動に取り入れられている。(参照:共産党に対する九つの評論【その二】中国共産党はどのように出来上がったか

 現在のウイグル人迫害、香港民主化デモへの理不尽な弾圧も、この党性の押し付けの一環として説明がつくのではないだろうか。

主権という危険な概念

 「中国・民衆法廷」は第1回公聴会の最終日、2018年12月10日(世界人権デー)に、1人でも多くの命が救われれば、と異例の中間裁定を発表している。この裁定の最後の段落20では、中華人民共和国の行為が「主権」に守られ、他国が介入できない状況にあることを指摘している。

 主権という危険な概念は…自国民に対して自国の国境内で人道に配慮しない行為を「他」の国々で許す可能性がある…強制臓器収奪のような事例に対して明晰で確信のある裁定をもって直面することによって、真の有益がもたらされる…

──中国・民衆法廷 「中間裁定」

 「主権」国家である中華人民共和国の内政には干渉できなくても、中共が党性を拡散している危険性を「世界市民」一人ひとりが認識し、人間性を取るか党性を取るかを自ら選択する必要に迫られている。

高智晟著『神とともに戦う』の英語版の表紙(同著の邦訳は下記の関連リンクへ)高智晟著『神とともに戦う』の英語版の表紙(同著の邦訳は下記の関連リンクへ)

 

参考資料 
◎クライブ・アンスレイ (証言者番号32)報告書(英語原文
◎クライブ・アンスレイ 口頭証言の録画(日本語字幕付き
◎クライブ・アンスレイ 口頭証言のまとめ(英語原文
◎『中国・民衆法廷 裁定』(英語原文
公式英文サイト ChinaTribunal

関連リンク
◎動画:「恐怖を超えて」高智晟の生涯(1時間11分)
◎著書:高智晟著『神とともに戦う』
◎動画:共産党についての九つの論評(1)(37分)
◎著書:『悪魔が世界を統治している』
◎動画:『悪魔が世界を統治している』序章(34分)

コラムニスト
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
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