臓器狩り──中国・民衆法廷

第3回

国際移植学会と中国

ロジャーズ教授の証言(オーストラリア)

 「我々はよくやっていると自らを騙すことで、視野が極度に狭くなっている可能性があります」。国際移植学会の歴代の会長が中国を擁護する心理について、証言の中でロジャーズ教授はこう分析した。

 ウェンディー・ロジャーズ教授は、先回のコラムで紹介したシャピロ医師が中国との協力を拒否する発端となった論文撤回の主導者だ。2009年よりオーストラリアのマクアリー大学哲学科・臨床医学科の臨床倫理学教授。臓器提供および移植における倫理を長年にわたり研究してきた。オーストラリア保健倫理委員会(2003 – 06年)の仕事と並行して、国民健康医療研究評議会の臓器・組織提供に関するガイドラインの作成作業委員会の委員長代理も務めた。中国での臓器移植濫用停止(ETAC)国際ネットワークの国際顧問委員会の委員長でもある。
 今回のコラムでは、2018年12月10日の公聴会でロジャーズ教授が証拠として提示した『国際的な移植界をリードする一部の者の態度・行動』と合わせて、2020年3月1日に発表された『中国・民衆法廷 裁定』に記載の『中国を好意的に語る医師と学者』のセクションを追う。

臓器狩りは「事実無根」

 ロジャーズ教授は、個人的な体験を通して、シドニーの移植医学界の重鎮二人に関して自己の個人的体験から次のように指摘している。ジェレミー・チャップマン教授とフィリップ・オコネル教授は、良心の囚人からの強制臓器収奪に関する証拠を積極的に受け入れようとせず、臓器収奪の指摘を一蹴するように率先してきた。 彼らは、臓器収奪を指摘する者は「誤って導かれた人権擁護者であり、中国政府の転覆をはかる(法輪功グループの)政治的動きに騙されている」と主張している。

 このような態度の理由として、中国衛生省の元副大臣で中国での臓器移植のスポークスパーソン黄潔こうけつ Huang Jiefu 医師が、1980年代に博士研究員としてシドニー大学で肝移植の研修を受けた際、チャップマン教授など現在、指導的立場にいる臨床医と同僚だったことを挙げた。シドニーの病院と中国国内の病院は広範囲にわたり交流関係があるという。

ウェストミード病院(シドニー)と中南大学湘雅医院(湖南省)

 ロジャーズ教授は、この二人の教授が務めるウェストミード病院と中国湖南省の湘雅医院との関係を例として挙げている。二人の教授と中国との関係を詳しく報道した英文記事(「臓器移植の国際的なリーダーと中国との非公開の関係から倫理問題が浮上」The Epoch Times 2016年8月17日付)を基に、状況を説明したい。
 チャップマン教授は、ウェストミード病院の医学・ガンの学部長で、2008~2010年に国際移植学会会長を務める。一方、オコネル教授は同病院の移植・肝臓研究センター部長で2014~2016年の国際移植学会会長だ。
 ウェストミード病院はシドニー・メディカル・スクールの研修病院であり、中国湖南省の湘雅三医院(湖南省長沙市に本部を置く中南大学の系列)との関係は2005年に遡る。二人の教授は2013年にウェストミード病院と湘雅三医院との間で予備的合意書(Letter of Intent)、2014年にはこの合意書の補足契約(Supplementary Agreement)を交わす。この提携は湘雅三医院のウェブサイトで取り上げられていた。

2013年11月、湖南省長沙市の湘雅三医院で「予備的合意書」に署名する。(前列左から)フィリップ・オコネル教授、ジェレミー・チャップマン教授、陳方平 院長。
(中南大学・湘雅三医院のウェブサイト──参照英文記事より転載)2013年11月、湖南省長沙市の湘雅三医院で「予備的合意書」に署名する。(前列左から)フィリップ・オコネル教授、ジェレミー・チャップマン教授、陳方平 院長。
(中南大学・湘雅三医院のウェブサイト──参照英文記事より転載)

 ロジャーズ教授は民衆法廷に提出した陳述書で、次のように指摘する。「中国のメディアが発表した取り決めの詳細によると、学術交流には、移植に関わる臨床および研究活動も含まれている。中国の研究には動物の組織を人間に異種移植することも含まれており、当時のオーストラリアでは認められていないことであった。この研究を報告する2011年の論文で、著者の一人 Shounan Yi 氏は、ウェストミード病院に学術的所属と報告されている。2016年、オーストラリアのメディア記事で、この共同研究に関わることの倫理性が問われた際、ジェレミー・チャップマン教授が強く否定した経緯がある」。

 異種移植とはヒト以外の動物の体を用いて移植や再生を行うことで、豚の胎児の膵臓から採取した膵島細胞を22人の糖尿病患者に注射する試験的な方法が2011年、Yi氏を含めた研究者による論文で発表されている。「中国での異種移植の産業化における躍進への期待となる」と2016年5月に中国のポータルサイトが報じているが、この論文はどこにも開示されなくなったと2016年8月17日付の上記参照英文記事は伝えている。

 ウェストミード病院と湘雅三医院の協力関係は、国際移植学会の倫理委員会に伝えられることはなかった。

中国・民衆法廷:中国を好意的に語る機関・個人

 『中国・民衆法廷 裁定』には、「中華人民共和国を好意的に語る医師と学者」という項目がある。フランシス・デルモニコ教授、ジェレミー・チャップマン教授、フィリップ・オコネル教授、キャンベル・フレイザー博士の名前が挙げられ(p.118段落405)、本法廷は彼らに、中華人民共和国の過去・現在の臓器移植を支持する理由を求めたが証拠は提示されず(段落407)、民衆法廷への参加を呼びかけたが断られた(段落408)とある。

 同法廷では、証拠が偏ることのないように、中国側だけでなく、国際移植学会、イスタンブール宣言評議会、世界保健機関(WHO)、ローマ教皇庁科学アカデミ―(バチカン)の関係者にも法廷への招待を送った。個人や機関に同法廷が出席を求めたことは、第二回公聴会で法廷顧問のハミッド・サビ氏が報告している(動画「本法廷への招待状を送った機関のリスト」3分54秒)。

国際移植学会の内部記録

 中華人民共和国に好意的な個人や機関との交信記録は、上記動画で言及されている通り(2:48-3:03)全てインデックス付きで公表されている。この交信記録のp.64-65に国際移植学会・中国関係委員会(TTS China Relations Committee)の機密文書が掲載されている。幸か不幸か、イスタンブール宣言評議会の業務執行役員が誤って、同評議会の共同議長から民衆法廷に宛てた手紙の代わりに添付してしまったものと見受けられる。

 文書の日付は2019年2月25日。当日、中国関係委員会のメンバー(国際移植学会のナンシー・アッシャー現会長とマルセロ・カンタロヴィッチ副会長、他3名)に、フランシス・デルモニコ元会長、ミシガン大学の生物統計学専門のジャック・カルブフライシュ名誉教授、中国の王海波Wang Haibo医師(中国人体臓器分配共有制度COTRS主任)他1名が加わって会議が行われた。先回のコラムのシャピロ医師も言及しているマシュー・ロバートソン氏、ジェイコブ・ラヴィー医師、レイモンド・ハインド博士による草稿論文「死体臓器提供に関する公式データを解析して中国の臓器移植体制の改革は信じられるか?」(2019年11月発表のため当時は草稿段階)に関して、王海波医師とカルブフライシュ名誉教授の説明を受けたというのがこの文書の内容である。

 中国関係委員会は、中国の赤十字に問い合わせるべき点があり、中国の臓器移植体制において違法行為の潜在性の問題にどのように取り組み「善意」の移植のための基準が設けられているかについて馬暁偉・国家衛生計画生育委員会の説明を受けたいとしながらも、「中国での死体臓器提供者数は信頼のおけるものであり、改革は維持されている」とし、この草稿論文が指摘する「過去三年間の中国での死体臓器提供の数字は故意に偽造されたものである」という主張は支持しないと結論づけている。

 国際移植学会の幹部が中国側の説明を受け入れる様子が記された貴重な資料である。

国際移植学会とWHO、そして国連人権理事会

 先に挙げた『中国・民衆法廷 裁定』の「中華人民共和国を好意的に語る医師と学者」の内容を続けよう。国際移植学会と世界保健機関(WHO)が中国の臓器提供制度の改革を支持し、中国への批判を退けること(p.119段落411)、臓器問題に関してWHOは国際移植学会の情報に依存していること(段落412)、本法廷に提出された証拠からは国際移植学会とWHOの見解は裏付けられない(段落413)と明記している。

 2019年7月25日、英国上院議会では、同年6月17日発表の「中国・民衆法廷」の最終裁定を受け、なぜWHOは中国の臓器移植体制を倫理的とする見解を抱くのかという質問が、人権問題担当の外務大臣(Lord Ahmad of Wimbledon)に向けられた。同大臣は、WHOは国連加盟国の自己査定を証拠としており、臓器収奪問題に関しては中国の自己査定に基づく判断であったことを明らかにした。
 
 また、WHOを司る国連についても言及したい。DAFOH(臓器の強制摘出に反対する医師団)は、2012年から2018年にかけて、良心の囚人である法輪功学習者からの強制臓器収奪の停止を求める請願書への約300万人の署名を50カ国から集め、国連人権理事会に提出していたが、2018年6月25日に停止された。2018年6月19日、米国の国連人権理事会からの離脱に続く動きであった。米国のヘイリー国連大使は離脱の際、「偽善的で自己満足のための組織」「『人権侵害国』の擁護者で、政治的偏見の汚水槽」と、国連人権理事会を激しく批判している(読売新聞2018年7月3日)。

ロジャーズ教授の心理分析

 なぜ国際機関のトップがここまで中国に飲み込まれていったのか? ロジャーズ教授の供述は興味深い。
 以下はロジャーズ教授の「敢えて見ないふりをする」動機に関する証言の抜粋である。

 動機として、中国の変革過程に自分の役割を投影していることが指摘できます。中国が変わっていなければ改革者ではなく、不手際な過程を可能にさせている者に過ぎません。

 移植件数を鑑みて貴重なデータが中国から発表されているのでしょう。新たな技術・薬剤など、私の知る限りでは免疫抑制剤に関してあらゆる廉価の後発薬剤を開発してきました。ですから中国で起こっていることの見解に影響する数多くの明確な理由があるのです。

 ほとんどは自己の利得のためではないと思います。賄賂は示唆しません。心理学のプログノーシス(予後)について馴染み深いのですが、自分たちはよくやっていると自分で自分を騙し、視野を非常に狭くすることがあります。

参照:ロジャーズ教授(証言者番号39)の陳述書(邦訳)、供述の要旨(邦訳)、供述録画(字幕付き)。
「中国・民衆法廷 裁定」(英語原文)、公式英文サイト ChinaTribunal.org
コラムニスト
鶴田ゆかり
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。