臓器狩り──中国・民衆法廷

第5回

名誉教授の肩書更新を停止──シドニー大学

マリア・フィアトローネ=シン教授の証言

 オーストラリア、シドニー大学のフィアトローネ=シン教授は、米国とオーストラリアで内科・老年医学を専門とする。2008年、シドニーでの国際移植学会の会合で、人権弁護士デービッド・マタス氏から中国の移植データを聴き、臓器収奪問題を認識する。

 2013年、同教授は、黄潔こうけつ Huang Jiefu医師が、シドニー大学名誉教授に指名されていることを偶然発見。黄潔夫が無実の囚人からの臓器収奪に個人的に関与していることを、倫理、法律、医学界の同僚と国際的に結束して曝露し、臓器収奪の規模を詳細に医学界、学術研究機関、医学誌の編集者、そして広く一般に伝えるために取り組んだ。

 当時、黄医師は中国衛生省の副大臣にあたる役職にあり、中国の移植制度を組織化した人物だった。現在は、中国臓器提供移植委員会理事・議長、中国臓器移植発展基金会主席という役職にあり、欧米社会に対する中国での移植手術に関してスポークスパーソンの役割を担う。

黄潔夫医師(右)。2006年、中国疫病管理センター内の中米協力プログラムの事務所開設記念で。シドニー・モーニング・ヘラルド(2016年2月7日付け)より転載 CREDIT:POOL黄潔夫医師(右)。2006年、中国疫病管理センター内の中米協力プログラムの事務所開設記念で。シドニー・モーニング・ヘラルド(2016年2月7日付け)より転載 CREDIT:POOL

「黄潔夫に関連する証拠」

 『中国・民衆法廷 裁定』には「黄潔夫に関連する証拠」(p.114-115 段落383~389)という項目が設けられている。このセクションの内容を紹介することで、同裁定が黄医師をどのように捉えているかを明確にしたい。

 まず、黄医師が法輪功迫害にも関わる点に注視している。1999年、ちゅうざん大学で反法輪功の文献を学ぶ党委員会を率い、2001年5月「法輪功に対する闘争は深刻な政治的運動であり、一握りの活動家には情け容赦は無用」と語っている。また、2015年のインタビューで、黄医師は周永康を「大虎」と呼び「処刑された囚人の臓器がどこから来るのかは明確」と説明している。周永康は法輪功問題を扱う中央機関を司り、法輪功弾圧の中核にいる。

 また、新疆ウィグル地区での黄医師による移植手術の実演にも言及。新疆自治区の中国併合50周年を記念して、黄医師は、2005年9月、かん(当時の司法・公安(警察)を束ねる党中央政法委員会書記)と共に新疆入りし、自家肝移植を実演した。自家肝移植とは、患者の肝臓を摘出して体外で癌細胞を除去し患者の身体に戻すというものだ。重慶の中国人民解放軍第三軍医大学の附属第一医院(西南医院)と広州の自分が所属する中山大学附属第一医院に、黄医師自身が電話を入れ、患者に適合する肝臓を予備として2つ、24時間以内に入手した。手術は成功し、この予備の肝臓は使われることはなかった。この手術に関しては中国の公式刊行物4本で報告されている(同裁定の脚注274:共産党犠牲者追悼基金の中国・主任研究員マシュー・ロバートソン氏による報告書『中国での臓器入手と違法な処刑:証拠の検討』[英語原文]の31ページの内容。2020年3月10日公式発表)。

 黄医師自身が2012年の1年間だけで500件の肝移植を行ったと語ったことも指摘する(『2016年報告書』[英語原文]p.324)。

 2012年11月11日、医学雑誌『ランセット』(the Lancet)に黄医師を筆頭著者とする論説『中国での死体臓器提供の試験的プログラム』[英語原文]が発表された。「中国は、処刑された囚人の臓器を系統的に利用する世界唯一の国。中国では毎年およそ1万件の手術が行われており、65%は死体から摘出された臓器を用いる。このうちの90%は処刑された囚人」と記述されている。黄医師は、処刑された囚人の臓器利用に対する医学界からの国際的なプレッシャーに直面し、2014年末、今後中国では自主的提供の臓器のみを使うと発表するに至っている。

 以上が「黄潔夫に関連する証拠」のセクションの内容だが、黄潔夫 医師の詳細な記録は、『中国・民衆法廷 裁定』(英語原文)に収録の付記 Appendix 2B, item29 Dr David Matas, Magnitsky Act の29~47ページにかけて「加害者情報」として記載されている(目次から Appendix 2Bをクリックすると該当書類に飛べる)。カナダのマグニツキー法のために用意された書類である。マグニツキー法とは国外の汚職高官や人権侵害者に対して、入国拒否、資産凍結、企業・銀行との取引禁止を適用する制裁方法だ。マグネツキー法の世界での動きに関しては別のコラムで詳しく取り上げたい。

「シドニー大学 名誉教授」更新停止へ

 黄医師は、2008年にシドニー大学名誉教授に指名され、2011年に更新されている。フィアトローネ=シン教授の抗議を意識したものと思われるが、シドニー大学医学部が「死刑囚からの臓器摘出を譴責し、2008年の臓器売買と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言を支持する」という表題で2013年4月に声明を出している。黄潔夫医師は中国の移植制度の改革に取り組んでおり、同大学は支持するという見解が示され、名誉教授指名の理由として「中国の保健制度を改善しシドニー大学に継続的に関わっている業績をたたえ」「シドニー大学医学部と中国の医師との共同研究・研修における貴重な貢献者であり続ける」と記されている。

 以下の映像は、2015年にオーストラリアのニューサウスウェールズ州議会で行われたイベントでのフィアトローネ=シン教授のスピーチである。(10分39秒) (字幕の書き起こし)

 

 映像の中で同教授は下記の3つを提案している。

  1. オーストラリア議会での渡航移植を規制する法の制定
  2. 黄潔夫のシドニー大学名誉教授の肩書に対して疑問を提示
  3. 国際移植学会からの黄潔夫の除名と名誉勲章の取り下げ

 さらに、黄医師が「死刑囚の自主的提供を尊重する」として、人体部品のために処刑された囚人と良心の囚人からの臓器が、自主的に提供された臓器と区別なく公平に混合されるようになり、臓器収奪が抑制の効かない状況に陥っていることを指摘している。まさに「倫理的な臓器摘出から非倫理的な臓器摘出を区別する術がなくなってしまった」のだ。

 映像では、同教授が倫理学者、医師、人権弁護士、ノーベル平和賞候補者と連名で、シドニー大学の副学長と医学長に5回手紙を送ったがまだ回答がないと語っている。最終的に副学長に手紙を6回送り、2年越しでようやくこのシドニー大学名誉教授の肩書を取り下げるに至っている(2018年10月21日付けの Vision Timesのインタビュー)。手紙の内容はDAFOH(強制臓器摘出に反対する医師団)のサイトに2013年4月30日に掲載されている。

 2016年2月7日付けのシドニー・モーニング・ヘラルド紙では、シドニー大学と黄潔夫医師の間で取り交わされたメールについて報道している。

 フィアトローネ=シン教授の提起から、同大学に抗議の手紙が殺到することとなり、メディアに注視されていることを大学側が黄医師に伝えたところ、シドニー大学の「名誉教授」が更新されることで自分の率いる「囚人からの臓器摘出停止の医療改革」を損ないかねないと黄医師が懸念したため、大学側では肩書の更新を見合わせたという内容である。

 同大学の収入の20%は、中国人留学生の授業料から賄われているという。このメールを開示させたオーストラリア、ニューサウスウェールズ州グリーン党のデービッド・シューブリッジ議員は、「大学の倫理維持より北京の大学とのコネから財政的な恩恵を受けることのほうを、シドニー大学が重視していることはかなり明確だ」と語っている。

 マリア・フィアトローネ=シン教授が5年前に挙げた3つの提案のうち、2つはまだ実践されていない。

参照:フィアトローネ=シン教授(証言者番号45)の陳述書(邦訳)、口頭証言のまとめ(邦訳)、口頭証言の録画(日本語字幕付き)。「中国・民衆法廷 裁定」(英語原文)、公式英文サイト ChinaTribunal
コラムニスト
鶴田ゆかり
鶴田ゆかり
フリーランス・ライター。1960年東京生まれ。学習院大学英米文学科卒業後、渡英。英国公開大学 環境学学士取得。1986年より英和翻訳業。(1998~2008年英国通訳者翻訳者協会(ITI)正会員)。2015年秋より中国での臓器移植濫用問題に絞った英和翻訳(ドキュメンタリー字幕、ウェブサイト、書籍翻訳)に従事。2016年秋よりETAC(End Transplant Abuse in China:中国での臓器移植濫用停止)国際ネットワークに加わり、欧米の調査者・証言者の滞日中のアテンド、通訳、配布資料準備に携わる。英国在住。
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