パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第70回

社会的経済におけるケア分野の役割──CEPESの報告書を読む

報告書「社会的経済からのケア」のトップページ報告書「社会的経済からのケア」のトップページ

 少子高齢化が進み、高齢者介護の問題が深刻化しつつあるのは、日本だけではなくスペインも同様ですが(中南米でもスペイン語が通じるなどの理由により、日本よりは移民の受け入れに積極的な違いはあるとはいえ)、そのような中で社会的経済がどのような形でこの分野に対処できるかという関心も高まっています。今回は、社会的経済スペイン企業連合(CEPES)が昨年発表した、「社会的経済からのケア」という報告書の内容から、スペインのケア業界において社会的経済が果たしている役割について紹介したいと思います。

 この報告書は、2022年9月から12月にかけて、環境や社会包摂などの分野で研究調査活動を行う協同組合タンデム・ソシアルと、バルセロナにあるポンペウ・ファブラ大学の研究者らにより行われた、ケア経済に関する研究をもとにしています。現在のところケア経済について正式な定義は存在しませんが、提供するサービスとケアを受ける対象者という2つのカテゴリから、この分野について分析することができます。

  • 提供するサービス: 食、住、在宅介護、教育と余暇、医療、社会医療、ソーシャルワーク
  • 対象者: 高齢者、子どもや青少年、病人、障碍者、DV被害者の女性、移民、介護者および家族、一般

 各種資料によると、ケア経済を行う企業や団体のうち社会的経済に属するものは8%で(その大半である6.3%は協同組合であり、残りの大半である1.5%はスペイン独自の制度である労働者持株会社)、他の経済活動分野よりは大きな数字になっていますが、残りの92%は普通の営利企業(そのほとんどである88%が有限会社)が担っています。社会的経済であれそれ以外であれ、その大半は中小零細企業(年間収入が200万ユーロ未満)であり、年間の平均収入は11万ユーロとなっています。年間収入については社会的経済の団体とそれ以外の間に大きな差はありません。

 これらの団体が提供する活動の中で最も多いのが教育と余暇(30.3%)であり、訪問介護(25.9%)とソーシャルワーク・老人ホームでの介護(20.5%)がそれに続きますが、収入源として重要なのは訪問介護やソーシャルワーク・老人ホームでの介護になります。社会的企業は教育や余暇の活動に従事する傾向が強い一方(過半数)、営利企業の場合は医療関係のサービスを提供する割合が多く(20%、ちなみに社会的経済では4.7%)、医療関係に従事する団体は事業高が大きい傾向があります。地域別に見ると、社会的経済が担う割合が大きいのはアンダルシア、ムルシア、ナバラやバスクといった州である一方、カナリア諸島やバレアレス諸島、そしてラ・リオハといった州ではその割合が小さくなっており、また社会的企業は農村部でも比較的活動を積極的に行う傾向があります。また、各団体の活動対象者としては障碍者が一番多く(39%)子どもや青少年および一般が続き(どちらも36%)、意外なことに高齢者は28%と3番目でした。

 上記の状況を踏まえて今回行われたアンケート調査では、375団体から回答が得られました。そのうち35%が協同組合、29%がNPOということで、上記の数字と比べてNPOからの回答の割合が多いことがわかります。活動領域としては、市町村単位が36.1%、県単位が27.0%、州単位が24.1%と、ほとんどの団体が国内の一部でしかサービスを提供していませんが、12.8%はスペイン全国で提供しており、ケア経済の性格を考えるとかなりの高率であると言えます。ケア経済の収入源ですが、やはり行政への依存が大きくなっており、アンケートに回答した346団体の中で67%以上が収入の51%以上を行政から受け取っており、その67%のうち58.6%は76%以上を受け取っています。

 また、高齢化が進んでいる分野であり、女性が占める割合が多い一方で、若者の就労先としてはあまり機能していない実態が挙げられています。教育や文化活動が最も多く(69%)、ソーシャルワークや社会医療(どちらも34%)、そして食(32%)が続きます。給与面では、医療分野が最も高く(平均年収3万7923ユーロ)、教育や文化がこれに続きますが、社会的経済分野の労働者の平均年収は2万2419ユーロで、営利企業の労働者の平均年収2万4754ユーロを下回っているとはいえ、最低賃金(2022年現在では年収1万4000ユーロ)を大きく超えており、労働者の79%がフルタイムで働いています。

 また課題として、以下の4点が記載されており、

  • 企業や団体の体力強化
  • 企業や団体の組織構造の強化
  • 労働者の労働条件の改善
  • 企業や団体の立場の強化

 行政に対しては支出の増大、責任のある公共調達の実施、公共サービスの法的枠組みの更新、労働条件の改善などが提案されています。さらに、包摂型都市や高齢者向け共同住宅、老人ホーム居住者による自治や地域社会による介護などというトレンドも紹介されています。

 ここからは、私の分析を紹介したいと思います。

 今回の報告書では、「ケア経済」(スペイン語でEconomía de los Cuidados)という表現が使われていますが、ここでは高齢者や障碍者への介護のみならず、健康な食の提供や住宅、そして子どもへの教育も含まれています。同報告書の中では「フェミニスト経済」や「フェミニスト型都市計画」という表現が少なからず使われていますが、乳幼児や子どもであれ、高齢者や障碍者であれ、対人サービスへの従事者は男性よりも女性に多いという傾向があり、それらの活動をまとめて取り上げている点に注目する必要があります。その一方、スペインで高齢者介護に取り組む社会的経済の団体が意外に少ない理由としては、スペインでは訪問介護を必要とする場合、家族が介護者を直接雇用するケースが多いので、日本ほど必要性が高くないという状況もあります。その一方、障碍者に対しての介護は個人では難しい場合も多く、それにより専門的に取り組む団体を立ち上げる必要が高いと言えます。

 同じケア経済においても、社会的経済の労働者のほうが営利企業の労働者よりも年収が多少低くなっている点ですが、これは医療のように儲かる分野に営利企業が進出する一方、社会的経済はそれほど儲からない事業分野に取り組む傾向が多いことを反映しているとみられ、その差を除いて考えると社会的経済と営利企業の間で、賃金水準にはほとんど差がないと言えるでしょう。

 社会的経済と営利企業の間で、ケア経済における役割が多少違う点については、やはり両方の経済の特性の違いが表れていると言えます。営利企業の場合、利益の最大化が目的となるため、医療のように儲かる分野を手掛ける傾向が強い一方、社会的経済の場合は、利益が出るかどうかに関わらず対象者のニーズを満たすことを重要視するため、教育や余暇活動が盛んにおこなわれていたり、営利企業がカバーしたがらない農村部でも事業を行ったりしているようです。また、スペイン国内でもケア経済における社会的経済の割合には州ごとに差がありますが、社会的経済の割合が大きい州は、ケア以外の分野でも社会的経済が比較的活発な傾向にありますが、その一方で社会的経済が活発で、スペインの中でもアンダルシア州に次いで人口が多いカタルーニャ州において、ケア経済分野で活動する団体が意外に少ない点については、今後検証が必要な気がします。

 その一方で、ケア経済がその収入の大半を行政に依存しているという点については、改善の可能性がないか模索を続ける必要がある気がします。ケア経済の中でも、特に介護分野については利用者からそれほど料金を徴収できず、行政からの支出に頼るしかありませんが、団体自体が体力をつけられるように、飲食業など何らかの関連事業で稼ぎ出せるビジネスモデルを構築し、そこでの利益により介護労働者の給与を上げることができれば、待遇改善により人をさらに雇いやすくなるはずです。

 あと、今回の報告書を読んでいて残念に思ったのが、社会的経済だからこそ実現可能なケア経済という観点が欠けており、単に社会的経済に属するケア経済事業者と営利企業としての事業者との比較に終わっていた点です。社会的経済、特に協同組合の場合、消費者組合員と労働者組合員との間で、消費者が望むケアについて話し合いを行い、営利企業よりも消費者の意見が尊重される運営構造があるのですが、私がこの報告書を読んだ限りでは、そのような運営構造を活用した具体的な実践例は見受けませんでした。もちろん、この報告書が基本的にさまざまな事例へのアンケート調査を基盤としており、具体的なケーススタディを行っているものではないという点を認めなければなりませんが、例えば日本の高齢協のように、高齢者自身が自らの望む介護や食などを受けられる事例を今後さらに作ってゆく必要がある気がします。

動画: 日本の高齢協に関して筆者が行ったオンラインイベント

 以上のような内容でしたが、日本の皆様のご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
関連記事