パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第72回

ケアに対する連帯経済の眼差し──スペインでのアプローチ

 高齢者介護など各種ケアは、多くの場合家族が担当するために金銭の取引で表現される経済指標ではその実情がなかなか見られませんが、その重要性については皆さんもお分かりの通りだと思います。例えば高齢者介護分野について語るなら、スペインでは、現在のところ日本ほど高齢化が進んでいませんが(2023年の数字で65歳以上の高齢者の割合が20.1%、ちなみに日本では29.1%)、少子化が進んでいることを考えると中長期的にはスペインでもそれなりに深刻な問題になると思われます。このような中で今回は、スペインの連帯経済ネットワークREASが編纂した報告書「社会的連帯経済の視点から見たケアの公共・地域運営」をご紹介したいと思います。

報告書「社会的連帯経済の視点から見たケアの公共・地域運営」の表紙報告書「社会的連帯経済の視点から見たケアの公共・地域運営」の表紙

 まずケアというと、ここでは主に子育てや高齢者介護を指しますが、どちらも家族の中で女性が、また外注する場合には主に移民女性が低賃金などの劣悪条件下で担うことが多い現状を批判しつつ、誰もがケアを受ける権利を持つことを認識しており、地域でケアについて民主的に運営することの大切さも指摘しています。以上を踏まえて、自己介護や地域の協働責任の推進、良好な労働条件のユニバーサル介護公的制度に向けた前進、社会的連帯経済の実践例・研究者・行政のネットワーク構築、社会的連帯経済の最善例の紹介、社会的連帯経済分野に向けられた公共調達の遵守、在宅介護分野での監査強化(虐待や地下経済化などの防止)、介護に関する文化的変革を生む業際的コミュニティの構築、介護労働者としての権利保障、介護労働者に向けた資金や研修などのリソースの提供、そして介護部門への社会的連帯経済の参入推進といった10か条の提案が行われ、その後、以下の11団体の紹介へと続きます。

  • AFDA(アラゴン州サラゴサ市): グループ活動の実施や専門職の活動により、不安や鬱病などの情緒障害を抱えた人向けの支援を行うNPO
  • AFES(カナリア諸島州テネリフェ島サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナ市): 精神衛生面で問題を持った人向けの活動を行うNGO
  • アリカンテ共存(バレンシア州カスターリャ町): 従来型ではなくもっと住人が積極的に老後を過ごせるようにする高齢者住宅生協
  • 農村開発センター「開いたドア」(ガリシア州ビラルデボス村): 障がい者など社会的疎外を受けた人たちと一緒に農村の生活向上を図るNPO。DV被害者のケアや社会的疎外のリスクにある人たちの包摂を行っている。ちなみにガリシア州は州レベルで唯一社会的経済法があるが、同州の法律では農村振興を社会的経済と結び付けている
  • エル・コジェテロ(ラ・リオハ州ナルダ村): 女性、障碍者、若者や移民などさまざまな社会的弱者への研修、さらには農業を行うNPO
  • エロティック(バスク州ビルバオ市): 脆弱者向けの社会労働的包摂プロジェクト、そして公共政策の策定も実施する社会イニシアチブ協同組合
  • デイシャリェス(バレアレス諸島州マヨルカ島パルマ・デ・マヨルカ市など): 廃品回収分野を通じて社会的疎外にある、あるいはそのリスクがある人たちの社会的包摂を促進したり、精神障碍者へのサービスを提供したりする財団で、店舗も経営。マヨルカ島内各地に加えイビサ島にも拠点あり
  • ラ・コマラ(マドリード州マドリード市): 家庭清掃や訪問介護サービスを提供する社会イニシアチブ協同組合
  • メス・ケ・クーレス(カタルーニャ州バルセロナ市): 「介護だけではなく」を意味する、高齢者や障碍者向け訪問介護のNPOで、情緒面の支援や情報提供なども行う。移民女性による起業も支援
  • アブラハムプロジェクト(ムルシア州ムルシア市): 古着や靴の回収を通じて社会的弱者のリスクにある人たちを支援するNPO
  • 変革しよう、人々をケアしよう(ナバラ州パンプローナ市): 良質の訪問介護を提供することで労働者の社会的包摂を実現する包摂企業
動画: 「変革しよう、人々をケアしよう」の活動を紹介した動画

そして最後に、以下の提案を行っています。

  1. ケア活動に対する社会的認知
  2. ケア活動の総合システムの定義
  3. ケア活動の公共政策の刷新や(行政との)共同デザイン
  4. 強力な公共地域システムの追求
  5. さまざま担い手間でのコラボ強化
  6. ケア分野における社会的連帯経済の事例支援
  7. ケア活動の質の監督、フォローアップや評価制度の作成

 以下、私の意見をまとめたいと思います。

 スペインでは日本の介護保険に相当する制度はありませんが、Ley de Dependencia(レイ・デ・デペンディンシア)と通常呼ばれる介護関係の法律が2006年に成立し、これにより州政府が提供する各種介護サービスを受けたり、民間企業やヘルパーを使ったりする場合にある程度資金援助を受けられたりするようになりました。このあたりについては、Cuidopiaというプロジェクトにより作成されたガイドでスペイン各州の状況が詳しくわかるようになっていますが、行政のお金で民間企業が介護事業を行える状況になっているということから、上記のようにスペインでも介護関係に取り組む協同組合が生まれ始めているわけです。

 今回の提案では、社会的疎外のリスクのある人たちへの社会的包摂、情緒障害者への支援、そして障碍者や高齢者の介護といったさまざまな分野がケアという単語でまとめられており、これら全てを対象とする総合的な政策を求めています。女性からしたら、このようなニーズを抱える家族の世話で時間や労力が取られるという点では一緒であり、その負担から解放されるためにはそのような総合的な政策が当然必要だと言う主張が出てくるのでしょうが、実際にはどこの国であっても社会的包摂、障碍者支援や高齢者介護は別々の部署の担当であり(省レベルでは同じ場合も多いでしょうが)、またそれぞれの分野で必要とされるスキルや知識も大幅に異なるため、これらすべてをケアの一語でまとめて全てをカバーする体制を作れるのかについては、個人的にはよくわかりません。

 さらに、ケア分野に携わる労働者といっても、その種類は大きく異なります。高齢者介護に従事する人たちの場合はそれほど学歴は必要がなく、移民でも比較的就労しやすい一方、心理療法士やリサイクル関係の機械のメンテナンスのように専門教育を受ける必要がある職種もあります。一般的に介護従事者は低賃金になる可能性が高い一方、専門的な知識や技術がある人は高給になる傾向があるため、同じケア関係の労働者といっても給与水準が変わってしまうことがあります。このように、同じケア分野の労働者としても状況が大きく異なるため、彼らを十把ひとかけらに扱うのにはかなり無理があるような気がします。また、以前この連載でもスペインで外国人が就労許可を得る手段として社会的連帯経済を活用している例を紹介しましたが、特に外国人女性が就労許可を得る手段として介護分野での労働が有効に機能している現状を考えた場合、低賃金重労働というマイナス面があることを認める一方、それにより外国人女性をスペイン社会に取り込めるようになるというメリットがある点も認識しておいたほうがよい気がします。

 さらに、REASには州別ネットワークに加え、金融・フェアトレードそしてリサイクル分野で業種別ネットワークが存在しますが、ケア分野のネットワークはまだ存在しません。上記のようにケア分野の総合政策を希望するのであれば、まずは隗より始めよということでREAS自体がケア関係者を包括する総合ネットワークを作り、業界の今後の発展や業界関係者の生活の改善、または業界全体をカバーする政策の提言などを続けてゆくことが大切でしょう。

 今回は、ケアという観点から社会的連帯経済によるアプローチを紹介しました。少しでもご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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