この連載ではラテン諸国を中心とした世界の社会的連帯経済の動向をお伝えすることが多いですが、当然ながら日本にも社会的連帯経済の事例はそれなりにあります。今回は、昨年末にILOへの報告書として、法政大学の伊丹謙太郎教授が作成された「⽇本における社会的連帯経済の現状と課題──12 の事例で考える」を読みながら、諸外国の事例と比較して考えてみたいと思います。なお、この関連で2021年12月16日に行われたウェビナー(英語・日本語)は、こちらでご覧になれます。
本報告書ではまず、日本における社会的連帯経済について、以下の3つの特徴が指摘されています。
- 社会的経済を代表する協同組合組織については、他国と⽐べても⾼い経済的インパクトを持っていること。これは戦前の産業組合以来の⻑い歴史があること。
- 連帯経済のようなコミュニティレベルの経済主体は現在も⼗分には根付いていないこと。
- NPO 法の成⽴は、コミュニティ経済、市⺠経済主体の育成が期待されていたが、結果として⾏政サービスを廉価で受託する下請けとして地域経済にビルトインされてしまっていること。
世界の他の国同様、日本でも協同組合はさまざまな形で日本経済の一員として受け入れられています。日本の農業においてJA(農協)が果たす役割の大きさについては言うまでもありませんし(批判もあるでしょうが、ここでは割愛します)、その他消費者生協や漁協、信用金庫や労働金庫などさまざまな団体が存在し、日本協同組合連携機構(JCA)が作成したこちらの資料によると、2019年度には34兆4824億円もの売上高を記録しており、国内全産業の売上総額の2.1%を占める計算となります。また、消費者生協については世界的に見ても非常に成熟しており、日本の事例が諸外国から注目されることも少なくありません。
その一方で、私が住むスペインでは、各種社会運動やその関連の経済活動が有機的につながった形で連帯経済が長年存在し続けていますが、そのようなネットワークとして日本で存在しているのはつながる経済フォーラムちばだけです。ラテン系諸国の場合、世界を変えるという大きな夢を共有したうえで、有機農業だの倫理金融だの移民支援だのさまざまな分野で活動する人たちが可能な場合に協力するネットワークが成立していますが、日本の場合は各事例が自分たちの活動を一所懸命に展開する一方、そのような大きな夢を持つという発想自体が受け入れられにくいのかもしれません。とはいえ、社会的経済に属する大手協同組合の中から「組合員活動」という形で連帯経済の萌芽が生まれていることも指摘されています。
また序文では、社会的連帯経済が十分に対応できていない分野として、環境・エネルギー分野とコロナ禍の対応が挙げられています。後者については世界の事例を見てもうまく対応できているとは言えないので日本だけの問題ではありませんが、前者については欧州各地で再生可能エネルギーの消費者生協が成長しつつあり、化石燃料や原子力に頼らない電力の入手が現実的になっていますが、日本ではまだまだこのような事例は小規模にとどまっている気がします。
序文の次に事例編となりますが、この報告書では、以下の12事例が紹介されています。
- おたがいさま(島根県、時間銀行の一種)
- みんなのおうち(全国、ワーカーズコープによる地域づくり活動)
- やなマルシェと八名地域協議会(愛知県、閉店したスーパーの再開など)
- 日本協同組合連携機構(JCA、全国、協同組合セクターの総連合会)
- 徳島県労働者福祉協議会(徳島県、就労支援)
- つながる経済フォーラムちば(千葉県、事例のネットワーク)
- 福祉楽団、シルバーウッド(千葉県、高齢者向け住宅など)
- 東京シューレ、雫穿⼤学、創造集団440Hz(東京都、不登校児支援>起業)
- 愛知県高齢者生協、ケアセンターほみ(愛知県、高齢者福祉など)
- 大里総合管理(千葉県、地域活動に勤務時間の4割を捧げる会社)
- 海士町複業協同組合(島根県、Iターンで来た人たちを複数の事業所で雇用)
- ボーダレス・ジャパン(東京都、ソーシャルビジネス設立支援)
各事例について紹介してゆくと非常に長くなるので割愛して、ここではこれら事例に全体的に言えることについての総論を述べたいと思います。
日本の場合、既存の協同組合や事例がその活動範囲を広げることで、それまでカバーされていなかった社会問題などに対応するケースが多いように思えます。例えばおたがいさまは生活協同組合しまねが、みんなのおうちはワーカーズコープが、そして雫穿⼤学や創造集団440Hzは東京シューレが母体となって発足しています。既存の組織で培われた人間関係をもとにして、その中で新しい社会問題が生まれた際に、新しい事業を起こして対応する形になっています。
その一方で、ラテン諸国の連帯経済に顕著な社会運動性については、多少弱い傾向にあります。カタルーニャの連帯経済に詳しいジョルディ・アスティビィ先生は、その特徴について「反逆的で、母(社会的経済)の現状維持や硬直化を受け入れず、自らの構築が行なわれるにつれ登場する新たな特徴を導入しているが、それらはさらなる環境意識、女性の役割や差異の権利に対する認識の強化、経済生活における民主主義と平等の導入という明らかな意思、社会的・文化的変革の展望、新たな政治文化」(「連帯経済への招待」、日本語訳はこちらで)と定義していますが、反原発運動から再生可能エネルギーの協同組合が、不動産登記への反対運動から住宅協同組合が、そして外国人差別への対抗から移民による協同組合などが生まれているカタルーニャと比べると、社会運動性は確かにそれほど感じられません。前述の事例では、日頃はビジネスマンとして各事業に取り組んでいる人が、関係のデモに参加していたりしますが、日本の場合は社会運動家を兼ねた社会的連帯経済の実践者はそこまで多くはないことでしょう。
また、前回の記事でご紹介したスペインの連帯経済ネットワークの6大原則(平等、真っ当な労働、環境面での持続可能性、協同、富の公正な配分、周囲環境への取り組み)を日本の実例にあてはめた場合、特に(事例間の)協同や富の公正な配分という点においてはまだまだのような気がします。連帯経済的な協同関係を作る上では、さまざまな事例が一堂に会するネットワークの存在が不可欠ですが、そのようなネットワークとして機能しているのは前述の「つながる経済フォーラムちば」のみで、JCAについてはその性格上、協同組合間の協同に限定されることになります(地方組織により都道府県レベルでの現場の事例同士の協力も進んでいるようですが)。富の公正な配分については今のところ日本ではあまり議論対象ともなっておらず、この点で今後活発な議論が行われることが期待されます。
行政やマスコミが社会的連帯経済やそれに類した表現を頻繁に使い、これら概念がそれなりに知名度を有するラテン系諸国や韓国と異なり、日本の場合には未だにこのような表現そのものがまず話題にならないことから、ILOという国際機関がこの概念を日本でも紹介したことはそれなりに意義のあることだと思われます。ILOを通じて社会的連帯経済が日本社会でも知られるようになり、今後新たな展開を生み出すことを期待して、今回の記事を終えたいと思います。