パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第02回

第1セクター、第2セクターと第3セクターの役割

 経済の担い手は、基本的に第1セクター(公共部門)、第2セクター(民間部門)そして第3セクター(非営利部門)の3つに分類することができますが、今回はこの3者がどのような役割分担を果たすべきかについて、考えてみたいと思います。

 その前に、第3セクターという単語の定義について明らかにしたいと思います。日本では、特に地方自治体とその地域の有力企業の両方が出資して結成された官民共同出資企業という意味合いで第3セクターという単語が一般的に使われていますが、これは国際的な意味からはかけ離れています。世界、特に英語圏で第3セクター(the third sector)といった場合には、前述したように非営利部門のことを指します。すなわち、行政による第1セクターでも、民間資本による第2セクターでもなく、公共の利益を目的とするのが第3セクターというわけです。

 なお、昨年までの私の連載で取り上げてきた社会的連帯経済は、第3セクターに近い概念ではあり、両方に共通するもの(NPO、財団など)も多いですが、第3セクターには属しても社会的連帯経済には属さないもの(私立学校や病院)、また逆に社会的連帯経済に属しても第3セクターには属さないもの(協同組合)もあることから、基本的に前述の第3セクターと、それとは別の存在としての協同組合を入れた4つの枠組みで考えてみたいと思います。

 1970年代に始まった新自由主義の流れの中で、行政=非効率的、民間資本=効率的ということから公営企業の民営化が世界各地で進んでいますが、だからといって行政なしで全てを民間の論理に任せるわけには行きません。例えば、高速道路などを除く一般道の場合、基本的に通行料を徴収することができませんから、民間企業や非営利団体による運営モデルは成り立ちません。あくまでも行政が税金を使って道路の整備や維持管理を行う必要があります。また、仮に義務教育を全て民営化してしまった場合、授業料が高額になり、その授業料を払えないために中退してしまう子どもたちが続出してしまうことは避けられません。このため、行政による義務教育の提供が正当化されるのです。

 とはいえ、商品やサービスの中には、複数のセクターが提供可能なものも少なくありません。たとえば電車やバスといった公共交通は、市町村や都県(都営地下鉄・バスや長崎県営バス)といった行政が担う場合もあれば、民間企業が私鉄や各種バス路線を運営している場合もあり、また外国では協同組合がバス路線を運営している事例もあります。フランスとスペインとの国境ピレネー山脈にある小国アンドラは、468平方キロ(金沢市程度)という小さな国土に7万9000人程度が暮らしていますが、同国内の主要バス路線は協同組合が運営しているのです。

ミニ国家アンドラの国内バス路線を担当する協同組合のサイト

▲ミニ国家アンドラの国内バス路線を担当する協同組合のサイト

 また、教育についても、第1セクター、第2セクター、第3セクターそして協同組合がその役割を分担しています。

  • 第1セクター(行政): 前述したように義務教育(小中学校)は行政が提供するほか、都道府県などによる公立高校、国や地方自治体による国公立大学もその役割を担っている。
  • 第2セクター(民間): 学習塾や英会話学校などが代表的。民間の需要がある一方で、国公立や私立の学校による提供が難しい教育サービスがここに含まれる。
  • 第3セクター(私立学校・社会的企業): 高校や大学のかなりの部分が該当。また、法人格としては民間企業である場合が多いものの、基本的に利益を社会的目的のために投じる社会的企業(たとえば低所得家庭向けに補習塾を行う社会的企業)もこのグループに含まれる。
  • 協同組合 : 類型論的には、教師による労働者協同組合と、学習者あるいはその保護者による生活協同組合の2つのパターンがある。

 このように異なる事業体により教育サービスは提供されていますが、それぞれのメリットやデメリットについて検討してみたいと思います。

  • 第1セクター(行政): 義務教育のように無償教育が必須であり、そのため行政が費用を負担する必要のある教育サービスの場合、あるいは防衛大学校や気象大学校など、国の運営に欠かせない専門知識を持った人材を養成する目的の場合に適切。その一方、行政の都合に合わせた教育カリキュラムが組まれる傾向にあり、生徒や学生の希望と関係なく上から押し付けられる形の教育になりやすいが、特に地方自治体が運営する事業の場合、地方政治への住民参加が進んでいる地域であれば、住民の声を生かした事業が行われやすい(南米などで行われている市民参加型予算編成も参考になるはず)。
  • 第2セクター(民間): 生徒や学生側が授業料を払ってくれるので、基本的にその生徒や学生の要望を満たす教育内容を提供できていれば問題ない。その一方で、基本的に授業料を支払う余裕のある学習者しかこれらのサービスを利用することができず、特に低所得者層による利用は難しい。また、あくまでも利益の最大化が活動目的なので、独占状態になると値段を吊り上げたりする(南米ボリビアでは水道事業が民営化されたときに料金が跳ね上がり、国全体で反対運動が起きた例もある)。
  • 第3セクター(私立学校・社会的企業): 私立の高校や大学の場合、行政から助成金などをもらえることで実費よりも比較的安い水準に授業料をとどめることができる一方、国公立の学校ではできない教育(特に宗教教育)に力を入れることができるため、そのような教育方針に関心のあり、かつ国公立よりも高い授業料を支払う経済的余裕のある家庭の子女であれば好ましい選択肢となる。それに対し社会的企業の場合、一般の補習塾に通うだけの経済力のない子どもたちの学力を高めるために、ボランティアや各種支援を受けて低価格で運営が行われるが、教師への報酬は少な目。
  • 協同組合 : 設立主体が労働者である教師であれ、消費者である学習者(やその家族)であれ、話し合いを通じて両者が納得できる教育内容や運営方針を制定することができる。

 私としては、第1・第2・第3セクターおよび協同組合のうちどれが絶対的に運営主体として適切であるということを主張するつもりはありません。そうではなく、それぞれの運営形態にはメリットとデメリットがあるため、特に公共性の高い商品やサービスの提供の場合、新自由主義的に民間部門を絶対視するのではなく、それ以外のオプションを検討した上で、最適なものを選択することが欠かせないことを強調したいと思います。たとえば公共交通の場合、民間企業による自由競争により程よい値段で良質のサービスが提供できる場合もあれば、必要性は高いものの、地下鉄のように建設や運営の費用が高くついたり、コミュニティバスのように採算性が見込めないために民間企業では対応できず行政が運営したりする必要のある場合もあります。また、場所によっては渋滞を防ぎ公共交通の利用を促進するために、地下鉄などの料金をあえて格安にして補助金で運営しているところもあります(メキシコシティやマニラなど)。

政府の補助金により安い運賃で運営されているマニラの都市鉄道(ウィキペディアより)

▲政府の補助金により安い運賃で運営されているマニラの都市鉄道(ウィキペディアより)

 今回の記事では教育や公共交通の例を出しましたが、それ以外の分野でも、複数のセクターにより提供可能な商品やサービスは少なくありません。個人的には、公共性の高い商品やサービスについては、あくまでも市民社会の需要に応えることを最重要目的として、できるだけ民間企業以外の運営主体に任せることで、過剰な利益追求を避けつつ、旧国鉄に見られたような放漫体質にならないよう、適切なガバナンスを通じた市民社会による監視体制を整える必要があります。民営化一辺倒の議論が強くなっている今だからこそ、本当に民営化が絶対善なのかを問い直し、民営化以外の方法で市民社会に必要な商品やサービスを入手する方法を検討し続けることが欠かせないと言えるでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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