パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第56回

スペイン連帯経済ネットワークの新憲章── 2011年制定の前憲章と読み比べながら

 去る6月17日(金)と18日(土)に、スペインの連帯経済関係者が集まる2年に1回のイベントIDEARIAがマドリード市内で開催されましたが、そこで新しい連帯経済憲章(スペイン語版)が発表されました。今回は、2011年に制定された以前の連帯経済憲章(スペイン語)と読み比べながら、スペインの連帯経済関係者が何を目指しているかについて検討してみましょう。なお、以前の連帯経済憲章については、こちらの記事でも詳しく紹介しています。

新憲章を発表するスペインの連帯経済関係者ら(6月17日にマドリード市内で筆者が撮影)新憲章を発表するスペインの連帯経済関係者ら(6月17日にマドリード市内で筆者が撮影)

 旧バージョンも新バージョンも6大原則から構成されており、そのうち「平等」、「環境の持続可能性」、「協同」と「周辺環境への取り組み」については基本的に変わっていませんが、「労働」が「真っ当な労働」に、そして「非営利性」が「富の公正な配分」へと変わっている点については注目すべきだと思うので、以下説明を付け加えたいと思います。

 労働については、旧憲章では「住民の真の需要を満たすために財やサービスの生産」や「無報酬の労働もあり得る(ボランティア)」と定義されており、単なる労働権だけではなく、「地域住民のニーズ充足のための生産活動を企画する権利」や「生産手段の所有や関連の意思決定における労働者や市民社会の参加」がうたわれている一方、真っ当な労働、具体的には長時間労働を強いられず、かつ人間らしい生活ができる収入が得られる労働については、言及が弱くなっていました。その一方で新憲章では「値する生活を享受するのに必要なリソースと時間」という表現が追加されており、適切な労働時間や給与といった点が旧憲章よりも強調されています。また、旧憲章と比べると、従業員として上司の命令を聞くだけの伝統的な雇用ではなく、協同労働が強調されています。

新憲章の表紙新憲章の表紙

 しかし、今回の改定で最も注目すべきは、前述したように「非営利性」が「富の公正な配分」に変わった点です。旧憲章における「非営利性」では基本的に、利益の最大化のために労働者や地球環境などの犠牲も時に躊躇しない従来型の資本主義経済ではなく、赤字にならないだけの収入を得ることは大切である一方、労働者や地球環境、そして地域社会などにも十分配慮したり、場合によってはこれらのために再投資したりする経済活動を行うことを目指しています。その一方で新憲章では、「短期的、中期的および長期的に構成員のニーズに対応する地域社会の能力を規定する、物質的・社会的・文化的および自然的要素の総体」と定義されています。この富の適切な配分が「いのちの再生産と持続可能性」において欠かせないとうたわれており、2011年当時はまだスペインではあまり知られていなかった「ブエン・ビビール」の概念も取り入れられています。

 残りの4原則についても、以下注目に値する違いについてご紹介したいと思います。

  • 平等: 旧憲章では、ジェンダーや民族などの理由で誰かが別の誰かに支配されていない状況を平等と定義しており、相互承認やリソースの公正な配分、機会平等や参加権、情報への権利や透明性、貧しい人たちや地域への取り組みなどを擁護しているが、新憲章では前述の理由のところで法的状態(不法滞在者の外国人など)や言語面での平等もうたわれている。
  • 持続可能性: 旧憲章では自然とのつながりや環境負荷の軽減などの原則から責任ある消費、食糧主権、生物種や地域の保全、脱成長、環境に負荷をかけない生産活動などが言及されているが、新憲章ではエネルギー源にも言及しており、間接的な形ながらも脱石炭や再生可能エネルギー、そしてエネルギー効率の改善などによる省エネへの取り組み、さらにはエネルギー主権についても表明。
  • 協同: 旧憲章では競争ではなく協同をベースとした関係を作り、フェアトレードや平等、信頼、共同責任や透明性などに基づいた社会づくりを目指しているが、新憲章では資本主義による個人主義や競争を批判したうえで、ニーズの充足やコモンズの構築向けに協同が存在。
  • 周辺環境への取り組み: 旧憲章では「持続可能な地域開発」への参加や地域に対して各事業が与えるインパクトなどが語られているが、新憲章では相互依存や生態系への依存の認識から始まり、適切でアクセス可能なマスコミを通じて地域社会に連帯経済を告知したり、地域で起きている不正や不平等、各種差別などの是正に取り組んだり、地域での意識づけを行ったりもする。

 以下、新憲章の意義について、いくつか考えてみたいと思います。

 「非営利性」が「富の公正な配分」へと改訂された点については、新憲章では特に言及されていないものの、社内での給与格差が数百倍に達することも少なくない資本主義企業の実態への批判が高まっている最近の潮流を指摘する必要があります。実際スペインでは、社内の給与格差を最大でも1:4程度にとどめる(会社の社長であっても、新入社員など最低水準の給与の人の4倍しか給料をもらわない)ことが、社会的連帯経済関係者の中で頻繁に議論になっています。日本では大企業の社長でも数億円から数十億円に至る年収を稼ぐことは稀ですが、そのようなことが珍しくないスペインでは、そのような富の格差に対して批判的な声が出ているのです。

 平等の分野では、移民に言及されている点が特筆されるでしょう。スペインは英仏独など欧州の他の国と比べて伝統的に移民が少ない国でしたが、2000年代に急増し、2020年現在では総人口の11.5%にあたる543万人もの外国人が住んでいます(外国生まれなものの現地とスペインとの二重国籍者や、スペインへの帰化者はこの数字に含まれないため、実際にはさらに多いものと推定されます。なお、在日外国人は約286万人で、総人口の2.3%弱)。外国人の場合、就労許可の取得や移住先の法制度の理解などにおいてかなりのハンデを負っていますので、これら移民が自営業協同組合を設立・運営できるよう、バルセロナでは Migress というプロジェクトが立ち上がっています(以下の動画参照)。

Migress関係者によるオンライン講演(筆者による逐次通訳つき)

 しかし、「言語」の点では、ちょっと注意が必要です(特に、スペインが世界でも社会的連帯経済面で影響力の強い国の1つであり、この憲章の文章が RIPESS など国際ネットワークにも影響を与える可能性を考慮すると)。社会的連帯経済は確かに主にラテン系の国で広がっており、フランス語やスペイン語では情報が豊富で、スペインではスペイン語に加えて地域語(具体的にはカタルーニャ語、バスク語、ガリシア語)でも情報が提供されていますが、その一方でアジアは英語だけでカバー可能という大雑把な意識が強く、準英語圏諸国(フィリピン、マレーシア、インドなど)の関係者の参加が比較的多い一方、非英語圏諸国(日本、韓国、タイ、ベトナム、インドネシアなど)の参加が極端に少ない状況が続いており、非ラテン系欧州諸国や旧ソ連諸国、そして中東でも同じことが言えます。確かに英語・フランス語とスペイン語という3言語主義だと世界のかなりの国をカバーできますが、それでも特にアジアを中心にカバーしきれない国が多いことに留意する必要があるでしょう。なお、言語については過去に執筆したこちらの記事もご覧ください。

英仏西の3言語主義で対応可能な国とそうでない国英仏西の3言語主義で対応可能な国とそうでない国

【注】:英仏西のどれかが公用語の国、:仏西以外のラテン系言語が公用語の国、ピンク:非英語圏だが、英語が通じる人が一定数以上いるとみなされる国、灰色:英仏西の3言語主義だと対応不可能な国。ピンクについてはEF英語流暢度指数で英語力が「高い」または「非常に高い」と評価された国。

 また、周辺環境への取り組みにおいて、積極的な広報活動に力点が置かれていることも重要視する必要があるでしょう。社会的連帯経済は熱心な活動家を数多く抱える一方、彼等だけで半ば閉じた世界ができあがってしまっていることも多く、地域社会全体での知名度は依然として低いままです(社会的連帯経済関係者や、それに近い市民運動家が目にする雑誌や新聞などは、スペイン国内でもいくつかありますが)。このため、地元のマスコミや各種広報紙などを通じて、社会的連帯経済という概念そのものを知ってもらうために、各種活動が必要になります。

 なお、私が2020年2月に公開したドキュメンタリー「バルセロナの連帯経済」では、上記の6つの基本原則がどのような形で実践されているかに焦点を当てており、インタビューの中で関連事項が言及されるたびに基本原則が画面上部で強調されています。このドキュメンタリーについては何度も紹介していますが、基本原則の実践という観点から再度ご覧いただければ幸いです。

ドキュメンタリー「バルセロナの連帯経済」

 スペインからの新着情報は以上の通りですが、日本の皆さんにもご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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