パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第48回

地域通貨の老舗となった韓国のハンバンLETS

 地域通貨の専門家として私が長年注目しており、2011年にスペインに移住する前は時々訪問していた事例に、韓国・大田市のハンバンLETS(한밭레츠)が挙げられます。日本では2002年頃に地域通貨がピークを迎えた後、徐々に衰退していった一方で、このハンバンLETSは20年以上にわたって数百名の会員規模を維持しており、韓方や歯科などの医療生協やオルターナティブスクール、またデジタル通貨などさまざまな取り組みを展開していることから、世界的に見てもかなり興味深い事例です。残念ながら日本では、地域通貨関係者の間でもあまり知られていませんが、今回はそのハンバンLETSについて紹介したいと思います。

ハンバンLETSのロゴハンバンLETSのロゴ

 ハンバンLETSは、ソウルから高速鉄道(KTX)で1時間ほどのところにある大田(テジョン)広域市の中でも旧市街が広がる大徳区にあり、大田駅から徒歩で行ける範囲に事務所があります。ハンバン(正確にはハンバッだが、地域通貨名の場合、次にLが来るため韓国語の発音規則上、ッがンに変化している)とは「大きな畑」を意味する韓国の固有語(日本語におけるやまとことばに相当)で、植民地支配前からの古い地名です。研究機関や政府機関の多い街なのでソウルを含む韓国全国からいろんな人が移り住む一方、転勤族も多くなかなか地域に根付く人が増えない土地柄となっています。

 韓国にはハンバンLETS以外にもさまざまな事例がありますが、その中でも非常に興味深いのは、日本語の「もやい」に相当するプマシ(품앗이)が、地域通貨の訳語として採用されていることです。正確には地域通貨での人間関係はもやいとは多少違いますが(もやいの場合、たとえばある日Aさん宅に近所の人たちが集まってわらぶき屋根の交換を手伝い、別の日にはBさん宅で手伝う…みたいなものである一方、地域通貨での助け合いはあくまでも一対一)、自己利益の最大化のために他人を犠牲にするのではなく、あくまでも助け合いに基づいた地域社会を作ろうという理念を、韓国人に馴染みの深いプマシという表現で説明しているわけです。

 韓国で地域通貨が大きく注目されるようになったきっかけとしては、1997年の通貨危機が挙げられます。それまでの経済モデルを揺るがしたこの危機を受けて、もっと人間らしい経済を追及できないかという取り組みとして韓国各地で地域通貨がいくつか生まれましたが、その中でも大田の場合、アジェンダ21関連のプロジェクトとして市役所から地域通貨の導入が提案され、それを受けて発足した市民団体が1999年にハンバンLETSを発足し、今日に至るというものです。

 地域通貨そのものとしては、標準的なLETSであり、ドゥルという単位です。ドゥルは韓国ウォンと等価ですが韓国ウォンとの両替はできず、会員はドゥル建ての口座を使って取引を行います。たとえばAさんがBさんからある古本を1万5000ドゥルで譲ってもらった場合、AさんはBさんに1万5000ドゥルを払います。Aさんの残高はマイナス1万5000ドゥルですが、この残高には利子がつくことはなく、Aさんは遅かれ早かれBさんに、あるいは別のLETSの会員(たとえばCさん)に対して商品やサービスを提供することで、このマイナスを清算することになります。その一方、Bさんの残高はプラス1万5000ドゥルとなりますが、この1万5000ドゥルはLETSの会員にしか通用しないお金なので、このドゥルを使って別の会員や商店から野菜を買ったり、ギターのレッスンを受けたりすることになるのです(詳細はこちらで)。ドゥルとウォンの両方で払うことも認められていますが、その場合最低30%をドゥル建てで払うこととなっています(地元商店を除く)。

ハンバンLETSについて紹介した韓国MBCのレポート

 ハンバンLETSでは、ちょっとした運動会や昼食会・夕食会、各種講座なども行っており、特に昼食会や夕食会は数多くの取引が行われる場所にもなっています。取引件数や取引総額は年によってかなり変わるものの、1年あたり7000件から1万7000件程度で、ドゥル建ての取引額は約1億ドゥルから約2億1000万ドゥルになっています(2020年はコロナの関係で取引件数が減りましたが)。取引の中で多いのは医療(24%)や地元商店(21%)、教育やイベント(11%)やリサイクル(8%)ですが、その他さまざまな分野に及んでいます。

 ハンバンLETS関連の取り組みの中で、非常に興味深いプロジェクトとしては、ミンドゥレ(タンポポの意味)医療生協の開業と運営が挙げられます。ハンバンLETSの初期メンバーの中に韓方のお医者さんがいたのですが、その人を主治医として医療を受けたいという会員がたくさん出たため、ハンバンLETSが母体となり、同医療生協の開業に至ったのです。紆余曲折があったものの、会員のみならず地域の貧困層向けにもさまざまな診療や医療活動、そして健康増進活動を行い、2013年には社会的協同組合へと改組しました。

ミンドゥレ医療生協の紹介動画

 また、最近では従来のハンバンLETSを超えたモバイル決済の取り組みとしてハンバッペイが始まっており、ハンバンLETSなどを基盤とした地域通貨協同組合が運営を担当しています。これは世界どこでもよく見かけるようになったモバイル決済のアプリですが、このアプリを使って地元商店などで決済すると支払代金のうち2%がNPOなどに寄付され、ハンバッペイ自体は1%の手数料を徴収し、残りの97%が地元商店などに渡ることになります。2020年9月から2021年8月までの1年間で1457名の消費者会員と315店舗が加盟し、5843万ウォンの寄付を受け取りました。現在市内の6地区でプロジェクトが動いていますが、その中でも最も活発なのが関雎(관저, クワンジョ)洞で、500名の消費者会員と100店舗が加盟しています。

 さらに最近のプロジェクトでは、「気候通貨」と呼ばれるものもあります。気候変動に関する問題については読者の皆さんもご存知だと思いますのでここでは省略しますが、基本的に気候変動を食い止めるのに役立つ活動をした場合に報酬がもらえ、これにより提携カフェやリサイクルショップなどで買い物ができるというものです。そして、12月には韓国地域通貨ネットワークを創立する予定で、全国各地の事例などと連絡しながら現在鋭意準備中です。

 個人的には、ハンバッペイについては、ドイツのキームガウアー(こちらの記事で紹介)のような仕組みにしたほうがよいと思ったのですが、ハンバンLETSの方によると、ハンバンペイは行政の意向で発足したプロジェクトなので、そのプラットフォームを活用する方向で動くしかなかったようです。確かに大企業系の人たちとそれ以外の人たちの間で貧富の格差(韓国では「両極化」という)が拡大する一方の現状がある一方、大韓民国第119条第2項では「国家は均衡ある国民経済の成長及び安定と適当な所得の分配を維持し、市場の支配と経済力の濫用を防止し、経済主体間の調和を通じた経済の民主化のため経済に関する規制と調整を行う」と規定されており、極度な格差社会が認められない以上、その手段として中小企業への支払いを推進する仕組みに行政が持つのはある程度理解できます。とはいえ、本当に経済を民主化するのが目的であれば、単に消費者が、大企業系の系列店ではなく地元商店で買い物をすれば終わりではなく、そういう地場企業同士を結んである程度地産地消が可能な経済圏を築く必要があります。行政マンはどうしても、与えられた課題のみの達成に追われる一方、その課題が生まれた根本原因まで考え抜いたうえでその問題の解決まで考えることはなかなかできませんが、社会的連帯経済側が行政の下請けに成り下がるのではなく、あくまでも市民社会主導の経済を達成すべく行政に働きかけ、場合によっては行政の考え方を変えさせるようにすることが大切だと言えるでしょう。

 もはや世界の地域通貨界でも老舗の領域に達したものの、新たな分野への取り組みを怠らないハンバンLETSは、今後の日本において地域通貨運動を再検討する際に、かなり面白い事例になると思われます。地域通貨への関心のある方で、今後韓国に訪れる機会がある方は、大田まで足を運ばれるとよろしいかもしれません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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