パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第64回

国連の推進する社会的連帯経済を理解する
──国連の報告書を読み解きながら

アジェンダ2030アジェンダ2030

 国連関係機関でも、昨年6月にILOが社会的連帯経済推進関連の決議を行ったり(英語版の決議文はこちら)、昨年7月に国連本部でサイドイベント
「持続可能な開発目標(SDGs)達成における社会的連帯経済の役割」が開催されたり(日本語での要約はこちら)していますが、このような中で、社会的連帯経済関連の国連のオンライン刊行物も増えています。その中でも、「持続可能な開発目標の達成手段としての社会的連帯経済」(報告書ではアジェンダ2030と書かれていますが、いわゆる「持続可能な開発目標」のこと)と題されたPDFファイルに、社会的連帯経済に対する現在の国連の理解が要約されているように思われますので、今回はこのPDFを読み解きながら、国際社会における社会的連帯経済の理解がどのようなものであるか取り上げたいと思います。
  
 世界各国政府に対して国連が提案する経済開発政策において、持続可能な開発目標が重要な指針になっていることは疑いの余地がありませんが、そのような状況下で社会的連帯経済がどのような形で同目標と歩調を合わせているかについてまとめたものが、この報告書となっています。
  
 この報告書では、まず国連の中で関連機関を結ぶタスクフォースによる社会的連帯経済の定義について、以下のように紹介しています。

 社会的連帯経済は、明確な経済的および社会的(そして多くの場合環境面での)目的を持つ組織や企業を含み、さまざまな度合いおよび形態の、労働者、生産者および消費者の間での協同・結社および連帯に基づいた関係、および職場における民主的運営や自主運営の実践を含む。社会的連帯経済は伝統的な協同組合や共済組合、女性の自助グループ、地域の森林管理団体、社会的サービス提供団体または『近隣サービス』、フェアトレード団体、非公式セクターの労働者団体、社会的企業、および地域通貨やオルタナティブ金融制度が含まれる。

 また、社会的連帯経済の特徴として「ボトムアップであること」、そしてその経済的・社会的・環境面の効果に加えて、文化的・哲学的効果(経済活動における倫理や正義の追求、文化的多様性の推進、人類の生活と自然とのつながりなど)、また政治的な側面(経済運営の民主化や脆弱層のエンパワーメント、市民参加や人権の遵守)も強調されています。

  • 全世界における協同組合の組合員総数は約10億人。世界の労働者のうち1割が直接的・間接的な形で協同組合により雇用を獲得し、トップ300の売上規模は2.2兆ドル(2019年)
  • 信用金庫の組合員は3億7500万人で、預金総額は約3.2兆ドル(2020年)
  • 共済組合や協同組合保険の加入者は9億2200万人ほどで、116万人を雇用(2019年)
  • 調査対象となった39か国に26万団体以上慈善団体が存在(2018年)

 第2章から第9章にかけては、持続可能な開発目標(SDGs)で定められた各種目標の達成に社会的連帯経済がどのように寄与しているかの分析ですが、以下の通りとなっています。

  • 第1目標(貧困撲滅)と第2目標(飢餓撲滅): 生産・流通協同組合や信用金庫、マイクロファイナンスのグループが貧困削減に貢献。協同組合などの事業体は、普通の資本主義企業よりも貧困問題への関心が高く、その解決に向けて尽力する傾向がある。また、地域に根差しているので具体的なニーズが把握できていたり、地産地消を推進したりする点も重要。食糧生産においても生産者により食料生産システムの管理向上や流通網の短縮や規模の経済による効率向上なども指摘。さらにフェアトレードやアグロエコロジー(定義はリンク先を参照)といった新たな形の食料生産方法や、食糧主権という概念の重要性についても強調。
  • 第3目標(医療)と第4目標(教育の保証): 特に保険分野で、共済組合や保険協同組合を通じて社会的連帯経済が医療面での改善を提供(医療生協などもあるが)。教育については協同組合の第5原則で言及されているが、それだけではなく各種民衆教育や通常の学校教育、さらには技術教育を提供。また、労働統合社会的企業(WISE)も各地で勃興中。
  • 第5目標(ジェンダーの平等)と第10目標(諸国間の不平等の削減): 資本の論理では雇用の削減が進むことから、社会的連帯経済ではより労働集約型の業種に集中することで雇用を最大限に増やす傾向にある。また、通常の経済活動では雇用が得られにくい女性や障碍者などについて、家事や障害などにより労働における制限を受け入れた上で積極的に雇用したり、技術指導を行って収入を増やす努力を行ったりしているため、これらの人たちが活躍しやすくなっている。
  • 第8目標(持続可能な成長とディーセントワーク)と第9目標(持続可能な産業構造): 社会的連帯経済の諸団体の中でも、特に社会的企業がディーセントワーク(人間としての尊厳を保つ形での労働)の創出に効果的、また、地域に根差すことで地域ならではのニーズに対応可能であり、社会的連帯経済系の金融機関により、営利企業である一般銀行から融資されない個人や中小企業、または非金融系の社会的連帯経済関係の事業が融資を受けられる場合もあれば、非金融機関系の団体が融資を受けられるように支援する団体もある。
  • 第6目標(水や衛生)と第11目標(包摂的・安全・回復力があり持続可能な都市): 社会的住宅や廃品回収、ケアサービス、文化財の保存や文化活動、そして産直提携農業などにおいて社会的連帯経済が存在感を発揮。地域によっては水道事業を運営する協同組合も存在し、住宅関係では新規住宅の供給のみならず、リフォームや省エネ設計などのサービスも提供。
欧州再生可能エネルギー・省エネ協同組合連合会の紹介(英語)
  • 第7原則(エネルギーへのアクセス)、第12原則(持続可能な消費や生産)と第13原則(気候変動やその影響に対する取り組み): 基本的に配当にしか関心がない株主ではなく、消費者や労働者などの形で一般組合員が保有する協同組合の場合、その性質上その元来の目的を達成しやすく、利益の最大化のためなら各種所有権の独占も厭わない資本主義企業とは異なり、富の平等な配分も考慮するようになる。また、リサイクルや循環経済への社会的連帯経済の貢献も行い、さらに地域への貢献に努めるという特徴から気候変動による各種問題への対処にも積極的。
  • 第14原則(海洋資源の保護)と第15原則(森林など陸上資源の保護): 世界の原始林のうち36%が先住民居住地域にあり、伝統的な共同体による管理が行われており、その他先住民地区でなくても伝統の知恵により管理されている生態系や森林は少なくない。また、海洋資源についても地元の漁協による同様の管理の例がある。
  • 第16原則(安全で包摂的な社会)と第17原則(全世界連携の強化): 特に途上国では伝統的に政府の都合で協同組合が推進されることが多かったが、最近では協同組合側の自治を尊重する方向に変わり、また直接の組合員や会員のみならず、幅広いステイクホルダーとの合意形成も重要視するようになった。さらに、社会的連帯経済の規模を数値化する取り組みも続いている。

 そして最後に、政府や政策担当者に対して以下の提案を行っています。

  • 各国政府は、目的に適した開発計画における社会的連帯経済の役割をより中心的に認識すべき
  • 各国政府は、社会的連帯経済につながる制度環境の促進のためにより建設的な役割を演じるべき
  • 各国政府は、社会的連帯経済の支援において幅広い政策レンズを採用すべき
  • 各国政府は、社会的連帯経済を直接対象とする政策を超えて見渡し、政策の一貫性を推進すべき
  • 各国政府は、政権交代が起きても社会的連帯経済への支援を実施可能
  • 各国政府は、政策の共同制作のための場所を制作し制度化すべき
  • 地方政府は、社会的連帯経済の支援においてより建設的な役割を演じられる
  • 各国政府は、社会的連帯経済が提供する開発ロードマップを活用できる

 私も以前、持続可能な開発目標の達成における社会的連帯経済の役割についてこのような記事を発表していますが、この報告書ではさらに詳しく、そして17目標全てについて深い分析が書かれており、非常に興味深く感じます。その一方で、民主化された経済運営としての連帯経済については、それを意識した記述こそ多いものの、そのコンセプトを伝える見出しなどがなく、じっくり読まないとその理念が理解できないようになっています。確かに持続可能な開発目標の中には民主的な社会運営は含まれておらず、また国連加盟国の中にはそのような表現を忌避する国もあることから、上記の表現は使いにくいのかもしれませんが、何らかの形で今後このようなキーワードを入れてもらいたいと個人的には思います。

 また、社会的連帯経済についてはラテン系言語で数多く情報が出ている一方、非欧州系諸言語や、欧州系でも非ラテン系言語(英語は多少あるものの…)では、まだまだ情報が十分に提供されているとは言えません。このため、社会的連帯経済についての知識水準に大幅なバラつきがあり、関連情報が豊富な国ではある程度この概念が社会に浸透している一方、特にアジアや東欧などでは社会的連帯経済に関して現地語で読める資料に乏しい国が少なくなく(残念ながら日本もそれらの国のうちの1つであり、そのギャップを埋めるため私もこの連載を通じて世界各地の情報を紹介していますが)、そのあたりについての国連側での取り組みが弱い気がします。個人的には社会的連帯経済についての入門書を国連側でまとめてもらった上で、国連そのものの公用語(英仏西に加えて中国語・ロシア語・アラビア語)のみならず、国連加盟国の現地語に訳して、現場で社会的連帯経済に取り組んでいる人たちや、英語が得意ではない現地の行政マンなどに、社会的連帯経済の概要について紹介することが大切な気がします。

 この点で1つ推奨したいのが、Youtubeの活用です。Youtubeには字幕翻訳機能がありますが、これを活用することで数多くの言語に翻訳することが可能であり、私もこの機能を使って、ドキュメンタリー「バルセロナの連帯経済」を120以上の言語に翻訳しています(私としても、世界のどこで使われているのかさえ見当のつかない言語があるほどです)。さすがにこれだけの言語に翻訳する必要はありませんが(語学好きな個人の趣味もあってこれだけの言語に訳出している)、少なくとも世界の主要言語で字幕が表示できるようにすれば、機械翻訳が多少間違っていても、画像の力でそれを補う情報を提供ができ、特に世界各地の現場で取り組んでいる人たちに、より有効なメッセージを届けられるものと思います。

動画「バルセロナの連帯経済」(多言語字幕版)

 社会的連帯経済は、各国政府の役人ではなく、世界各地に住む一般庶民が主に実践しているものです。社会的連帯経済の一員であるという自覚を彼ら自身に持たせ、彼ら自身が有機的な国内外ネットワークを築き、学習や各種事業協力などを実現できるようにするためには、やはり現場の人たちが理解可能な言語において、社会的連帯経済のことを伝える基礎資料を提供してゆくことが、国際機関としてすべき仕事のような気がします。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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