今回は、残念ながら訃報をお届けしなければなりません。補完通貨(地域通貨)の分野で世界の第一人者であり、来日経験も豊富で世界各地で講演を行っており、著書のうち2冊が邦訳されるほどだったベルギー出身のベルナルド・リエター氏が、2月4日にドイツで亡くなられました(7日に77歳の誕生日を迎えるところだった)。個人的に私が故人にかなりお世話になっていたこともあり、今回は通貨制度の改革を通じてより持続可能な世界の構築を目指していた故人の業績を振り返りたいと思います。

ベルナルド・リエター氏の画像(2010年4月に滋賀県大津市内で、筆者撮影)

ベルナルド・リエター氏の画像(2010年4月に滋賀県大津市内で、筆者撮影)

 同氏はエコノミストとしてさまざまな経験を持ち(ベルギーの中央銀行であるベルギー国立銀行、大企業のコンサル、大学教授、途上国向け開発コンサルなど)、それにより現在の通貨制度をさまざまな観点から眺めることができるようになりました。彼が補完通貨の分野で有名になったのは、1998年に欧州委員会(EUの政策執行委員会)に提出した報告書の中で、当時使われていたLETSやタイムバンクなどの地域通貨について、法定通貨(当時はユーロ導入前だったので、ドイツマルクやフランスフランなど)とは異なる原則で機能することで社会を健全化させる「補完通貨」という概念を提唱したことであり、これをきっかけとして世界各地で通貨関連の講演を行ったり、数多くの本を書くようになったりしました。

 彼はまず、現在の通貨制度が持続可能ではない点についてさまざまな角度から明らかにしており、その内容はローマクラブ欧州支部の報告書として2012年に刊行された「通貨と持続可能性」日本語での詳細解説はこちらで)にまとめられていますが、主に以下の5つの点で現在の通貨制度は、遅かれ早かれ破綻しているとしています。

  • 好不況の波の拡大: 好景気の際には銀行が積極的に貸し出すことで景気が過熱気味になりバブルを生み出す一方で、不景気になると銀行が貸し渋りや貸しはがしを行い、恐慌へと悪化してしまう。
  • 短期的思考: 複利によって将来資産となるものの現在価値は下落するため、長期的な投資よりも短期的な投資のみに資金が投入されることになる。
  • 成長の強制: 元金に加えて複利で金利を返済しなければならないため、指数関数的=ネズミ算式の成長が必要となるが、有限な地球において指数関数的な成長は物理的に持続不可能(このあたりは、2013年に亡くなったマルグリット・ケネディ女史の代表作「金利ともインフレとも無縁な貨幣」(リンク先は日本語訳)の影響も大きい)。
  • 富の集中: 中産階級が減りつつある一方、ごく一部の上流階級と貧困層が増えつつあるため、中産階級の消費を基盤とした経済成長にも悪影響が出ており、民主主義そのものの存続も脅かされている。
  • ソーシャル・キャピタルの解体: 相互信頼や協力といったソーシャル・キャピタル(社会信用資本)が、競争や富の集中などといった現代資本主義の論理において崩壊している。

 しかし、リエター氏がその真骨頂を発揮するのは、通貨制度を変えればもっと持続可能で誰もが幸せになれる社会を実現しやすくなる点を、さまざまな形で実証している点です。彼はお金について、アリストテレスのことばを発展させて、「交換手段として何かを使用するという地域社会内での合意」と定義しており、合意である以上その利用者が同意すればその規則は変えられることを示したうえで、法定通貨とは別の規則で流通する補完通貨は、法定通貨では達成し得ない社会的・経済的目的を達成できるとしていました。そして、中国の道教の陰陽二元論を持ち出し、法定通貨一本槍の現在の経済は陽の要素が強すぎて社会のバランスが崩れているので、それを均衡させるために陰の原理を持つ補完通貨が必要だと論じています(詳細はこちらの記事で)。このあたりについては、「マネー崩壊」(原題The Future of Money、日本経済評論社、2000)で詳しく紹介されていますので、できれば是非ご一読されることをお勧めします。

 さらにリエター氏は、通貨制度における心理学的な側面についても幅広く紹介しています。本人が生前、自身の最高傑作だと語っていた「マネー – なぜ人はおカネに魅入られるのか」(原題Mysterium Geld(ドイツ語)、堤大介訳、ダイヤモンド社)ではユング心理学の元型に基づき、人類はもともと母系社会であり、グレートマザーに代表される子どもを産み育てられる女性性が大切とされていたものの、父系社会になったために社会の価値観が大きく変わったと説明しています。具体的には、富を惜しみなく分け与える女性性が強い社会では誰もが繁栄を謳歌できるのですが、男性性が強い社会(たとえば現代の日本社会)では競争が激化し、一部の人に富が集中する一方、落ちこぼれた人たちが貧困に喘ぐことになるのです。

 そして、このような女性性に基づき、シルビオ・ゲゼルの減価する貨幣の理論が実践された例として、古代エジプトと中世ヨーロッパが紹介されています。どちらの例でも、国際取引においては貴金属などが使われていましたが、国内での日常生活ではそれとは別の減価する貨幣が使われており、これにより社会全体に富が行き渡るようになり、それほど長時間労働をしなくとも誰もが豊かな生活を送れるようになったことを示しています。

 古代エジプトでは小麦を納めることで領収書が発行され、この領収書が通貨として使われていたのですが、この領収書の価値が下がる(具体的には小麦を引き取る際に、もらえる小麦の量が時間の経過とともに減る)ことにより退蔵が防がれ、通貨がスムーズに流通し、古代エジプト人はその繁栄を謳歌できましたが、まさにこれこそが、数千年もの長きにわたって古代エジプト文明が持続した秘訣だったのです。中世ヨーロッパでは各地の領主が地域内でのみ通用する通貨を発行していましたが、一定期間が過ぎるとこれらの通貨がやはり減価したため通貨の流通が促進したのです。

 そしてこのような繁栄の面影は、現在にまで残されています。古代エジプトでは今に残る数多くのピラミッドが、そして中世ヨーロッパではドイツ・ケルンの大聖堂などの大聖堂が数多く作られましたが、その背景には誰もが豊かな生活を送っており、余った富で後世まで残る公共事業を行うことができたという事情があるのです。そして両社会において、男性神ではなく女神(古代エジプトの場合はイシス、13世紀のヨーロッパの場合は黒い聖母)が信仰対象であったことを強調し、これにより女性的な原則が社会に貫徹したり、前後の時代と比べて女性がより社会参加をしており、権利も守られていたりしたことを明らかにしています。


リエター氏自身も設立者の1人だったドイツのモネータによるインタビュー(英語)

 さらに、リエター氏は江戸時代に活躍した陰陽二元論の哲学者三浦梅園(1723~1789)に関心を持っており、Mysterium Geldでもコラムとして梅園について記載しています。梅園は陰陽について独自の哲学を確立した人で、梅園学会が今でも活動していますが、日本でもそれほど知られていない梅園を語るほどの知識人であったことは特筆に値するでしょう。

 最後になりましたが、その他の重要文献についても、こちらで紹介したいと思います。また、本人の公式サイトではこれ以外にも数多くの論文(英語)が掲載されていますので、こちらにも目を通されることをお勧めいたします。

  • Regionalwährungen (2004): 当時ドイツで勃興していた地方通貨について紹介した、マルグリット・ケネディ女史との共著(原著はドイツ語、フランス語訳スペイン語訳あり)。
  • Community Currency Guide (2006): グウェンドリン・ホールスミス女史との共作、地域通貨導入のマニュアル(英語)
  • Terra TRC White Paper (2010) : 南北格差を是正し、より均衡の取れた国際貿易を達成すべく、石油や鉄鉱石など国際的に広く取引される天然資源に基づいた国際貿易通貨テラについての提案書。
  • New Money for a New World (2012): スティーブン・ベルギン氏との共著(英語)。Mysterium Geldは英語では刊行されていないが、その主な内容を英語で読むにはこの文献が最適。

 故人のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。