パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第65回

国連総会で持続可能な開発に向けた
社会的連帯経済の推進決議が可決

 今回は、全世界の社会的連帯経済において大きな歴史的一歩となるイベントについてお知らせしたいと思います。ついに去る4月18日に国連総会で、社会的連帯経済の推進決議が可決したのです。今回はこの決議文(英語)について紹介しつつ、日本においてこの決議文がどのような影響を与えうるかについても考えてみたいと思います。

国連総会にて決議文の趣旨説明を行うスペインの
ヨランダ・ディアス副首相兼労働・社会的経済相(出典: 国連)国連総会にて決議文の趣旨説明を行うスペインの
ヨランダ・ディアス副首相兼労働・社会的経済相(出典: 国連)

 今回の決議案は、突如降って湧いたものではなく、各国政府関係者や社会的連帯経済の当事者、そして国連関係者の長年の努力の賜物だと言えます。まずILOが2010年から社会的連帯経済アカデミーを開催し続けており、2013年5月には国連社会開発研究所(UNRISD)国際学術会議を開催し、それを受ける形で同年9月30日には国連の組織間で、そしてそれ以外で各種活動を行う社会的連帯経済機関間タスクフォース(UNTFSSE)が創設されました。昨年6月にはILOで社会的連帯経済推進関連の決議が可決され、昨年7月には国連本部でサイドイベント
「持続可能な開発目標(SDGs)達成における社会的連帯経済の役割」が開催されました、その後UNTFSSEで「持続可能な開発目標の達成手段としての社会的連帯経済」という報告書が刊行され、12月には別の社会的連帯経済関係のイベントが国連で開催された点は、先月の記事を読むとお判りになるでしょう。このような一連の流れにより国連の中でも社会的連帯経済への理解が深まってきたところで、イタリア、カナダ、コスタリカ、コロンビア、スペイン、スロベニア、赤道ギニア、セネガル、チリ、ドミニカ共和国、ハンガリー、フランス、ベルギー、モロッコ、ルクセンブルクの15か国(五十音順)が共同提案する形でこの決議案が国連総会に提出され、他の加盟国にも承認されたというわけです。

 決議文は、A4で3枚という短いものですが(ちなみに持続可能な開発目標の決議文はA4で35枚)、ここでは、同決議など過去に採択された関連決議案への言及から始まり、「協同組合や社会的企業を含む社会的起業」が貧困緩和を手伝い社会変革のきっかけになるとしており、COVIDや気候変動などのため「さらに深く、より意欲的で変革型かつ統合型の対応が早急に求められている」ことも認識しています。次に、持続可能な開発目標の達成のためには国連事務総長が「進歩や繁栄の尺度を考え直す努力に沿ったビジネスモデルを含む」経済主体を推進する点を意識し、前述した昨年6月のILO決議に基づいて社会的連帯経済の経済主体の特徴(公共の利益や相互扶助、民主的運営や資本よりも人間の優先など)を提示したのちに協同組合やNPO、共済組合や財団、社会的起業や自助グループなどの例を出しています。    

 さらにこの決議文では、社会的連帯経済が「雇用やディーセントワーク、医療や介護、教育や研修など社会的サービスの提供、環境保護、…ジェンダーの平等と女性のエンパワーメント、手の届く金融へのアクセスや地域経済の発展」など各種の社会面・環境面でのメリットももたらすものであることも認めています。
 このような状況で決議文では、

  1. 国連加盟国に対し、「社会的連帯経済のサポートや強化のために国や地域の戦略、政策やプログラムの推進や導入」
  2. 国連の関連機関に対して、「その計画やプログラムの一部として社会的連帯経済を正当に考慮」
  3. 各種金融機関や開発銀行に対して、「社会的連帯経済を支援」
  4. を推進するとともに、

  5. 国連事務局長に対し、「本決議文の導入に関する…報告書の準備」
  6. を要求しています。

 この決議文の最大の意義は、国連が社会的連帯経済の存在を正式に認知したということだと言えます。スペインなどでいくつかの国では社会的経済や社会的連帯経済についての法律がすでに存在しており、これにより行政機関もかかる経済の存在を意識するようになっていますが、国連で採択されたことから、今後は世界のほぼ全ての国において社会的連帯経済の存在を意識する必要があります。

 また、単に認知されただけではなく、社会的連帯経済の性格や効能、その担い手などについて明確な定義を行った点も評価できます。普通の資本主義経済とは違い、人や自然環境などに配慮するという社会的経済の特徴のみならず、より社会変革への方向性が強い連帯経済の認識も取り込むことで、あくまでも現代社会の各種課題を解決し、よりよい世界を作り出すための経済活動としての社会的連帯経済像を浮き彫りにしているとも言えます。

 その一方で、今回の決議案を出した15か国の中にアジアの国が1つも入っていないことは、アジア人として非常に残念に思います。15か国の内訳は欧州7か国、中南米4か国、アフリカ3か国と北米1か国となっており、アジアの国は今回全く存在感を発揮できていません。この連載で以前からお話ししている通り、社会的連帯経済は基本的に広義のラテン系諸国(ラテン系言語が通じる国)の間で強固なネットワークが形成されている一方、英語圏など非ラテン系諸国への浸透度はまだまだ低く、今回の15か国のうち非ラテン系の国は欧州の2か国(スロベニアとハンガリー)だけで、残りはラテン系です(ベルギーは南部がフランス語圏。カナダはケベックがあるのでフランス語圏とみなす)。ラテン系ネットワークだと中南米の大半、そしてアフリカや欧州のかなりの部分をカバーできる一方、北米は基本的にカナダ(ケベック州)だけで、アジア太平洋に至っては東ティモール・マカオがポルトガル語圏、そしてフランスの海外領土がフランス語であるぐらいです(ここでは中南米を除いて考える)。本当に世界の津々浦々まで社会的連帯経済を浸透させたいのであれば、非ラテン系諸国、特にアジアへの浸透戦略をもっとしっかり練り込むべきでしょう。

 また、先ほどの点とも関連しますが、ラテン系諸語以外では社会的連帯経済関連の情報がまだまだ不足しています。アジアなどの非ラテン系諸国で社会的連帯経済を実践している人の多くは、日本を含めて英語さえ苦手な人が多く、彼らに社会的連帯経済を知ってもらうためには現地語での情報提供が欠かせません。本来なら各国のネットワークがそれぞれの自国語で情報を積極的に提供すべきなのですが、そのようなネットワークがまだまだ脆弱な現状を鑑みると、やはり国際ネットワークが一般的な資料を作り、それを世界各地の言語に翻訳することが欠かせない気がします。具体的にその事業を誰が担当するのかという問題が常に存在しますが、本当に社会的連帯経済について世界の津々浦々の人に知ってもらいたいなら、現地の人が理解可能な言語で伝える努力を怠るべきではないでしょう。

 最後に、この決議文が日本社会にもたらし得る影響ですが、やはり社会的連帯経済についての認知度が非常に低い日本の場合、国連というお墨付きがもらえることが何よりも大きいと思われます。国連が認定した社会的連帯経済を日本で、またはお住いの地域で推進したいと行政マンや政治家に伝えると、そのうち理解者が現れて日本のどこかで社会的連帯経済を本格的に推進するようになるかもしれません。また、日本では社会的連帯経済という用語こそ使われませんが、当然ながら社会的連帯経済の実例そのものはきちんと存在しており、特にNPOに対しては支援制度もそれなりに充実しているので、その枠組みを社会的連帯経済全体に広げてゆくことが大事でしょう。

東京で2009年に開催された第2回アジア連帯経済フォーラムの様子(筆者撮影)東京で2009年に開催された第2回アジア連帯経済フォーラムの様子(筆者撮影)

 今回の決議案により、世界各地で社会的連帯経済への関心が高まることを願ってやみません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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