パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第66回

インドネシアの連帯経済──ILOの報告書より

 国連関係で社会的連帯経済への取り組みが最近活発になっていることは、最近の記事をご覧になるとお判りでしょうが、その中でもインドネシアでは、かなり面白い動きが起きているようです。今回は、同国に焦点を当てたILOの報告書を読み解きながら、ほとんど知られていない同国の状況について見てみることにしましょう。

インドネシア全図(出典: ウィキペディア)インドネシア全図(出典: ウィキペディア)

 まず、この報告書では、日本語の「もやい」に相当するインドネシア語として、「ゴトン・ロヨン」(Gotong Royong)を紹介しています。同様の考え方は洋の東西を問わずいろんな国に存在していますが、社会的連帯経済の思想的基盤として伝統的な考え方があることが指摘されています。この関係もあり、同国では社会的連帯経済について、Gerakan Ekologi Gotong Royong(ゴトン・ロヨン環境運動)という表現を使っています。

 次に、1945年に制定され、その後何度か改正された同国の憲法の中に、社会的連帯経済につながる記載があることも明らかにしています(同国憲法の邦訳はこちらでご覧になれます)。

  • 第33条第1項: 経済体制は,家族主義に基づき,共同事業としてこれを編成する。
  • 第33条第4項: 国民経済体制は,共同性,公正な効率性,持続性,環境への配慮,自律性の原則及び国民経済の進歩と統一の調和を維持し,経済民主主義に基づき運営される。

 しかし、同国憲法において重要なのは、パンチャシラ(Pancasila)です。これは、「唯一神への信仰」、「公正で文化的な人道主義」、「インドネシアの統一」、「合議制と代議制における英知に導かれた民主主義」そして「全インドネシア国民に対する社会的公正」という5つの原則を定めたものですが、最後の社会的公正が社会的連帯経済を推進する上で、同国の思想的基盤となっているわけです。とはいえ、オランダの植民地時代に制定された民法や商法、そして独立後に制定された資本主義企業を優遇する諸法令により、そのパンチャシラの思想が空文化していることが指摘されています。

 社会的連帯経済を構成するインドネシアの団体は、諸外国同様様々ですが、その中でも以下のものが同報告書では取り上げられています。

  • 協同組合: 他国同様インドネシアでも主な存在だが、伝統的に政府の管理下にあったり、最低でも組合員が9名必要(スペインや日本の労働者協同組合の場合は3名でOK)であったりなどという制限はあるが、伝統的な村落共同体向けの協同組合から、農業以外の分野に協同組合が進出しており、2016年現在で21万2135団体が約3700万人の組合員を擁し、2019年にはGDPの5.5%が協同組合によるものになっている。また、全国の協同組合連合会としてDEKOPINが存在している。
DEKOPINが開催する会議の様子
  • 非営利団体: NPO(インドネシア法では労働組合もNPOや協同組合の一員として認められる)や財団が活動。イスラム教徒が国民の大半を占めるものの国家としては世俗国家であるインドネシアでは、宗教を基盤とした団体もあり、伝統的に慈善活動を行っていたが、時代の趨勢に伴いエンパワーメントや地域開発、そして社会的起業にシフト。
  • 社会的企業: 現在審議中の全国起業法では社会的企業を「計測可能な影響を有する活動を通じて社会的問題の解決および/または社会福祉や環境へのプラスの変化の推進というビジョンまたは使命を有しており、利益の大半を使命に再投資するベンチャー」と規定しており、この法案が可決された場合には同国における定義として使われることになる。地元NGOのうち46%が社会的企業を構成しており、この割合は協同組合(8%)や全国規模のNGO(3%)、そして中小企業(1.5%)よりはるかに大きい。その他、マイクロクレジット(その中にはイスラム銀行として運営されているものも少なくない)や村落保有企業も重要な存在。
  • インフォーマル経済: 上記の事例のような法人格こそ持たないものの、社会的連帯経済の理念を実現している事例。他の国同様インドネシアでも企業の圧倒的多数は零細企業であり(6330万社)、これらが1億1600万人(総労働力の85%)を雇用している。

とはいえ、協同組合への支援政策が欠如(たとえば協同組合に対する税制優遇措置は存在しない)しているため、前述したパンチャシラの実現のための道具として社会的連帯経済を位置付けたり、関連政策の立案にNPOを巻き込んだり、社会的連帯経済の団体向けの融資・税制や研修の枠組みを創設したり、一貫した政策を立案したりする必要があると指摘されています。そして最後に、一般市民に対しての社会的連帯経済の広報活動やインドネシア社会におけるその価値の強化、そして地域社会や市民社会による取り組みにも言及されています。

 社会的連帯経済を世界各地に推進してゆく際に大切なこととして、現地にすでにある伝統文化の関連コンセプトと結びつけるというものがあります。たとえば日本語の「もやい」、韓国語の「プマシ」(품앗이)、ブラジル・ポルトガル語の「ムチラン」(Mutirão)、エクアドルやペルーなどアンデス地域のスペイン語での「ミンガ」(Minga: インカ帝国の公用語だったケチュア語起源の表現)などがこれに相当しますが、インドネシアにおけるゴトン・ロヨンについても恐らくほぼ同一の概念だと思われます(詳細については、インドネシア人と議論して確認する必要がありますが)。そして実際、韓国では地域通貨の説明の際に「プマシ」という単語が頻繁に使われています(大田市にある韓国最大の地域通貨ハンバンLETSのサイトでも、プマシという表現が使われています)。おそらく中国やタイ、インドなど他のアジア諸国にも似たような概念があるはずなので、まずはその概念を見つけて、各国の人にその概念と関連付けて、「社会的連帯経済というと難しい用語に聞こえるかもしれないけど、その基本はゴトン・ロヨン/もやい/プマシetc.なんだよ」と伝えると、簡単に理解してもらえるはずです。

バリ島の儀式で、今や観光資源としても有名なケチャ。
この運営にも伝統的な地域の相互扶助が大きな役割を果たしている

 次に、東南アジアの中でもインドネシアがカギとなる最大の理由は、同国が域内最大の人口を抱えているという点です。2億7000万人以上という人口は、2位のフィリピン(1億1400万人)の倍以上であり、経済も堅調に成長しています。このため、東南アジアから唯一G20に参加しており、東南アジアの盟主として地域全体に対して与える影響が大きい国なのです。また、ゴトン・ロヨンやパンチャシラといった、現地にある伝統的な概念の中に社会的連帯経済につながるものがあることから、このような概念を活用してインドネシアの人に知ってもらいやすいというメリットもあります。

 その一方で、私が外から拝見する限り、まだまだインドネシアを含む東南アジアは、社会的連帯経済分野での国際交流ネットワークにしっかり組み込まれているとは言えません。確かに東南アジアを根拠地とするアジア連帯経済評議会(ASEC)はオンライン講演会を中心にさまざまな活動を行っていますが、言葉の壁もあり基本的にアジア域内における英語話者との交流がメインであり、フランス語圏やスペイン語圏などとは疎遠な気がします。Covid-19の世界的蔓延に伴いオンライン国際会議を気楽に開催できるようになりましたが、その一方で通訳が不要な範囲でしか会議が行われないため、交流可能な範囲が同じ言語圏に限定され、特にラテン系言語が通じないアジア諸国が取り残されている感じがします。英語での交流の場合、アジア以外だと欧米先進国が中心となる一方、アフリカや中南米といった、東南アジア諸国と同じ発展途上国とのパイプがまだまだ脆弱なままです。しかしアフリカや中南米との関係を強化できれば、先進国にはない途上国特有の諸問題に取り組む他大陸の知恵を取り入れることができるはずです。

 言語の問題は社会的連帯経済の実践者からは軽視される傾向にありますが、特に現場との交流を深めるためには、やはり相手のことばに通暁し、相手の状況をしっかり理解した上で橋渡しできる人が必要でしょう。日本の場合、アジアの中では伝統的に中南米との交流が比較的盛んだったこともありスペイン語やポルトガル語に堪能な人材も少なくありませんが、中南米やフランス語圏アフリカという存在を日頃意識しないインドネシアなど東南アジア諸国が、社会的連帯経済の盛んな諸国と関係を深める場合、やはりそのような現地事情に詳しい人を養成してゆくことが不可欠でしょう。

 昨年12月に国連で行われた社会的連帯経済関係のイベントでもインドネシア政府から発言があったように、今後インドネシアは社会的連帯経済における取組を深めることが予想されます。その意味で、今後交流を深めておく価値があると言えるのではないでしょうか。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
関連記事