4月5日(金)から7日(日)にかけて、スペイン・カタルーニャ州の州都バルセロナ市内で、来年開催される予定の変革型経済世界社会フォーラムに向けた準備会議が開催されました。準備会議とはいえ、48か国から350名が参加するという大規模なもので、有機農業/食糧主権、フェミニスト経済、コモンズと社会的連帯経済の4分野を取り上げ、数万人単位の来場が見込まれる来年5月の本会議に向けた議論が行われました。


変革型経済世界社会フォーラムの準備会議の様子

 この世界社会フォーラムの開催地にバルセロナ市が選ばれたのは、世界的に見ても同市を州都とするカタルーニャ州において、過去も現在も協同組合運動が非常に活発であるためです。現状については以前の連載で紹介していますので、今回は特に過去、具体的にはスペイン内戦(1939年に終結)までに焦点を当ててカタルーニャの協同組合史を紹介したいと思います。なお、カタルーニャの州都バルセロナ市の歴史博物館では、同市の過去の協同組合史についてのパンフレット(カタルーニャ語)を公開しています。また、カタルーニャをはじめとするスペインの協同組合運動や連帯経済の現状については、以下の記事、また協同総研さん発行の「協同の発見」第313号(2018年12月号)でも詳しく紹介されていますので、そちらをご覧いただくことをお勧めいたします。

 他の欧州諸国よりは多少遅れを取ったものの、スペインでも19世紀になるとカタルーニャやバスクなどで工業化が始まるようになりますが、産業革命後のさまざまな社会問題を受けて英国などで協同組合運動が始まるようになると、やがてスペインにもその流れが波及することになります。バルセロナで協同組合に相当する最初の組織が設立されたのは1840年ですが、協同組合運動がバルセロナで盛んになり始めるのは、1860年代まで待つ必要があります。当時すでに有名だった、英国はマンチェスター近郊の消費者協同組合ロッチデール先駆者協同組合(その後、英国全体の消費者協同組合 The Co-Operative に吸収)の成功例を1862年に見学した政治家・作家ジョアン・トゥタウにより協同組合がカタルーニャでも広く知られるようになり、1864年にはバルセロナ郊外のマタロー市に最初の協同組合が生まれ、その後労働者階級の多い地区(ポブラノウ地区、サンツ地区、バルセロネタ地区、サン・マルティ地区など)を中心として、労働者協同組合や消費者協同組合が各地に創設されるようになります。また、ジュゼップ・ロカ・イ・ガレースが協同組合運動を紹介する雑誌を発行し、協同組合運動が広く知られることになります。なお、このロカ・イ・ガレースの名前を冠した財団がバルセロナ市内に存在し、カタルーニャ州における協同組合史の研究や各種運動の推進に取り組んでいます。

 当時のバルセロナを代表する事例としては、1890年にバルセロナ市内ポブラノウ地区に創建された信用組合兼消費者協同組合のラ・フロー・ダ・マッチ(5月の花という意味)が挙げられます。同組合は、労働者向けにパンや生鮮食品などを安価に提供できたことから、ポブラノウ以外の地区にも各地に店舗を持つまでに成長し、成人向け夜間学校や劇場の運営や障碍者・老年年金の提供などを行うようになりました。同組合の建物は現存し、市民が自主運営する文化センターして使われています(動画参照)。


19世紀末に創建された協同組合ラ・フロー・デ・マッチ(5月の花)の建物を紹介する動画

 協同組合運動が次の段階に達するのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてです。1887年にアソシアシオン(日本のNPOに相当)法が施行され法的基盤ができると、この法人形態を利用して、農協(特に南西部タラゴナ県)を含む協同組合が数多く創設されます。1899年には、第1回カタルーニャ・バレアレス協同組合会議がバルセロナ市で開催され、これにはカタルーニャのみならず、同じカタルーニャ語圏であるバレアレス諸島やバレンシア州からも合計で48組合、約7000人が参加しました。その際に余剰金を単に組合員間で分配するのではなく、各種教育活動にも充てるべきだという意見が主流となり、カタルーニャでは協同組合が民衆学校を多数運営することになりました。1920年代には協同組合の合併や拡大が進み、1929年にバルセロナ市内で万博が開催された際には、地元の協同組合関係者も出展してその運動の意義を紹介したのです。この他に、住宅組合や漁業者支援の信用組合もこの時期に発足したのです。

 しかし、協同組合運動が最も盛り上がりを見せたのは、やはりスペイン史の中でも特に激動の1930年代でしょう。1931年4月14日に国王アルフォンソ13世が退位したこと受けてスペインは第2共和政に入り、女性参政権の導入など数多くの進歩的な政策が導入されますが、この年の9月にスペイン初の協同組合法が成立し、協同組合運動が法的基盤を獲得することになります。また、1934年には全国法とは別にカタルーニャ州の協同組合法が成立し、このような法的整備という追い風を受けて、ガラス工業や出版、縫製業分野での労働者協同組合や信用組合などが次々と結成されます。協同組合連合会に加盟する組合や組合員の数も、1931年の166組合・2万7718名から1936年の241組合・8万4300名へと増えたのです。

 1936年7月に、当時スペイン領だったモロッコでフランコ将軍が蜂起することでスペイン内戦が始まりますが、この内戦期においてはカタルーニャなど共和国側の支配地域で協同組合が生活物資の供給を促進し、反乱軍との戦争において後方支援に努めました。また、効率の観点から数多く存在した協同組合が合併し、バルセロナ協同組合員連合が結成され、9万3000家庭に商品を供給するまでに成長しました。また、同組合内での内部取引向けに自主通貨が発行し流通され、1938年6月にはカタルーニャ州内で38万3733家庭が消費者組合に加盟していました。しかし、1939年春にフランコ軍がバルセロナを占拠することで内戦が終わるとこれら協同組合の大半は解散させられ、残った協同組合も政府の監視下に置かれるという、協同組合運動にとって冬の時代が始まることになるのです。

 なお、バルセロナ市のサンツ地区に本拠を構える協同組合ラ・シウター・インビジブラは、このような協同組合の歴史の研究活動も行っており、バルセロナ市内のサンツ地区やポブラノウ地区の歴史に関する研究書を刊行しています(サンツ地区にある同組合経営の書店で購入可能)。また同組合は、このようなバルセロナ市内の現在または過去の協同組合運動を紹介するツアーも行っており(事前予約必要、英語・スペイン語またはカタルーニャ語)、このツアーに参加するとバルセロナにおける協同組合運動の重要性が深く理解できるようになります。ツアーについては料金的なものもあるので(人数に関係なくグループあたりの料金設定)、ある程度の人数での視察団の場合でなければ利用は難しいかもしれませんが、ご参考になれば幸いです。

信用組合 Coop 57

バルセロナ市サンツ地区にかつて存在した消費者協同組合の建物。現在ではカタルーニャ労働者協同組合連合会信用組合 Coop 57 など各種団体がこの建物内に入居(所在地: C/ Premià, 15)。