2020年11月27日(金)と28日(土)に、カタルーニャ州ビラダカンス市(バルセロナ近郊)において第9回スペイン地域通貨全国会議が開催されました。この会議は2012年より毎年1回開催されており、スペイン全国の地域通貨関係者が地域通貨関連のさまざまな状況を話し合うものですが、今年はCovid-19によりオンライン開催になりました。しかし、逆にオンライン開催になったことにより、スペイン国外を含む遠隔地の人も気軽に参加できるようになりました。このような中で開催された同会議について、今回は報告したいと思います。
スペインでは3月から6月にかけて、そして10月より警戒令が発令されており、特に3月から6月の警戒令期間は、食料品や医薬品の購入など必要最低限の外出以外は禁止されていたため、各種会議は全てオンラインへの移行を余儀なくされました(その一例が、「変革型経済世界社会フォーラム」(開会イベントについての私の報告はこちら)です)。しかし、逆にこれにより、スペイン全国のみならず広大な中南米からも参加者を集めたウェビナーを開催しやすくなり、もちろん中南米主催の会議にスペイン人が参加することも珍しくなくなりました。Covid-19自体は世界で深刻な被害を出し続けていますが、ウェビナーの一般化により距離や国境を越えた交流がさらに活発化したことは、特に海を越えた中南米諸国と言語を共有するスペインにおいては、特筆すべき状況でしょう。
今回はオンライン会議であり、また通常の会議同様分科会が数多く開催されたため、それを逐一報告すると膨大な量になってしまいますので、いくつか重要な点に絞ってご紹介したいと思います。
この会議は、その特性上地域通貨の運営者自身が持ち回りで運営していますが、今回の主催を担当したビラダカンス市のビラワットは、市役所が関わり、さらに省エネや自然エネルギーと地域通貨を組み合わせた非常に興味深い事例になっています。具体的には省エネ工事や太陽光発電などにより節約できた資金を地域通貨化し、人口6万7000人ほどの同市内で流通させることで経済効果を生むというものです。市役所が関わった地域通貨の運営という点では、同じくバルセロナ近郊のサンタ・クロマ・ダ・グラマネー市で流通しているグラマやバルセロナ市内で流通しているREC(レック)が挙げられますが、貧困層向けの手当てを地域通貨建てで支払うこれらの地域通貨と比べると、省エネや自然エネルギーと組み合わせた実例である点が特徴的であるといえます。
基調講演(本来は金曜日の朝に行う予定だったが、ネット接続上の問題から土曜朝に延期)では、カタルーニャを代表する知識人のアルカディ・オリベーラス氏が、倫理銀行の重要性について述べました。金融面において現在の世界で問題を引き起こしている存在として、商業銀行(金利や手数料を徴収するだけ)、株式市場(投機的で、公正な社会の建設のための金融取引税(トービン税)の導入に消極的)、国際通貨機関(ギリシャなど経済的に苦しい国に融資するものの、その結果経済がさらに苦しくなり、出資金の多い国が牛耳るいびつな構造)を批判したのちに、社会や環境のためになる事業にだけ融資する倫理銀行の意義を強調しました。ブラジルやドイツなど諸外国と比べると、スペインではまだまだ地域通貨と社会的連帯経済系金融の協力関係が弱いですが、今後このあたりで連携を強化する必要があるでしょう(スペイン在住者として、この分野では私自身の責任も痛感しています)。
次に、カタルーニャ補完通貨観察局についての紹介も行われました。カタルーニャ州内の地域通貨関係者により発足したこの観察局は、現在のところは州内の事例を紹介したり、地域通貨を新規に発足しようとする人たち向けにコンサルサービスを提供したりしていますが、スペインの他の地域や、イタリアやアルゼンチンなど外国との提携にも積極的に取り組んでいます。
その後、市役所が運営に関わっている地域通貨の事例として、上記の3通貨に加え、エストレマドゥーラ州サフラ市で運営されている通貨バラメディの4通貨の関係者が意見を交換しました。現在はデジタル地域通貨が主流とはいえ、特にITが苦手な高齢者向けに紙幣も発行したり、高齢者向けの説明を行ったりすることの大切さ、大規模ショッピングモールとの競争にさらされる中で地元商店を守ることの大切さ、地元商店での購入による地域通貨ボーナスの導入、そして何よりも行政頼りにならず市民による自主運営を推進することの大切さや、そのために運営団体が協同組合という法人格を持っていることなどが紹介されました。
金曜日の午後から土曜の午後に関しては、数多くの分科会が開催されました。地域経済の振興のセクションでは、カタルーニャでも老舗の地域通貨で最近10周年を迎えたラ・トゥルータ(ビラノバ・イ・ラ・ジェルトルー市)の市議が、市役所に手払う手数料の地域通貨での受け入れを認めたり(スペインには住民税がなく、基本的に所得税や付加価値税として国税庁が一括徴収したのち、人口に応じて国の財務省から各州や市町村に地方交付税が提供される形。なお固定資産税は市町村税)、トゥルータとは別に市役所が新しい地域通貨の導入を検討したりしている旨が発表されました。セビリア市からは、バルセロナ市同様に貧困層地区向けの地域通貨を構想中であるものの、市役所各部署の説得に時間がかかっている点が紹介されました。また、ビラダカンス市では、都市閉鎖の余波で経営が大幅に苦しくなっている地元商店向けの地域振興補助金を地域通貨建てで支給することで、市内経済の活性化を模索している旨や、各種手当を地域通貨建てで支給することで、貧困層が恥ずかしい思いをしないようにしようとしている旨が発表されました。
デジタル決済システムに関しては、オランダに本拠を置き、地域通貨関係で国際協力の事業を推進しているNGO「ストロ」が開発したCyclos、アンダルシア在住のIT技術者が開発し、スペインやポルトガルで使われているクリックコイン、南アフリカで開発された後、スペインを含む世界各地に広がっているものの、特にスペインで利用が盛んなCES(Community Exchange System)の3つが紹介されました。CyclosとCESは2000年代前半から使用されていますが、スマホやQRコードなどの一般化に伴い、これらに対応した機能やアプリなども追加開発している一方、クリックコインは近年開発されたものなので、最初からスマホ向けにアプリとして機能しています。
また、今年の会議では、例年と比べて学術系の発表も目立ちました。まず、カタルーニャ・オベルタ大学では補完通貨についてのサイト(英語)、2019年に日本は岐阜県高山市で学術会議を行った地域通貨関係の学会RAMICSや、オープンソースなどの新技術を使って環境・経済や社会面でバランスの取れた組織運営を目指すCambiatusプロジェクトが紹介され、マヌエル・アビラ・サンチェス氏はその研究により、実用的な面以外にも環境面や政治面、そして人間関係での意識が地域通貨を使う主な動機となっていることを明らかにしました。この他、日本でいうところの無尽に相当する相互扶助が定着していたケニアでブロックチェーン技術が導入されると資本主義的な経済への移行が起きた例や、前述したバルセロナのRECにより地域内での消費活動が活発になった例、持続可能な開発目標と地域通貨の親和性、そしてイタリア・サルジニア島で成功を収めた企業間取引用地域通貨サルデックスがイタリア本土のさまざまな州でも導入されたものの、特に人的・社会的な要素はそうそう簡単に移植できないことからサルジニア島のような成功には至っていない点も発表されました。また、ポルトガルでは地域通貨の大半が交換市に根差したものであり(その一例が後述するジャルディン)、ブラジルのコミュニティ開発銀行のように地域内の商店を巻き込んだ流通には至っていない点が紹介されました。
さらに、「公共財経済」(日本語での詳細記事はリンク先を参照)を提唱し、その流暢なスペイン語によりスペインや中南米でも有名なオーストリアの経済学者クリスティアン・フェルバー氏は、「経世済民」的な本来の経済と「財テク」的な理財という2つの概念を区別したアリストテレスを持ち出したのち、公共財として通貨を見直す観点を提唱し、利潤追求目的で貨幣創造を行う現在の大銀行を批判しました。その後、銀行は融資の際に、金銭的のみならず倫理的な投資リターンも追及すべきであり、また中央銀行は政府が保有すべきだという持論を述べた後、その管理は民主的に行われるべきだと説きました。
その一方、スペインでも最も地域通貨が活発なカタルーニャで8年ぶりに開催されたということで、各種地域通貨の紹介も行われました。前述したビラワット、グラマ、RECやラ・トゥルータの他、エコシャルシャ(シャルシャはカタルーニャ語でネットワークの意味)の事例5つ(このうちラ・モラは、後述するマドリード州のプロジェクトとは同名だが別のもの)はカタルーニャ連帯経済ネットワークのプロジェクトとして最近発足)、ミヌッツ(カタルーニャ州内各地)、フェアコープという総合協同組合に基づいたフェアコイン、そしてカタルーニャに根差した暗号通貨クロアットが、Covid-19対策に追われた今年を振り返ったり、行政との関係の進展について報告したり、将来の展望を語ったりしました。ラ・トゥルータはLETSと似ていますが、普通のLETSと違い一般会員はマイナス残高が認めていない点が大きな違いです。
しかし、オンライン会議であることの最大の強みは、開催地から離れたところに住む人であっても、簡単に参加できるという点です。スペインの中でも他地域から距離があるガリシア州からは、地域商店も巻き込んだア・サビアという地域通貨が紹介されました。また、本土(イベリア半島)から南西に遠く離れたカナリア諸島からは、オンラインマーケットプレイスと組み合わせたネクソス、時間銀行(サービスの交換に特化した地域通貨)として始まったものの食料などの取引にも利用が広がっているテンプス、そしてコワーキングが運営する地域通貨エル・バベルの3つが紹介されました。カナリア諸島には主な有人島が7つ存在しますが、偶然にもこの3つの事例は全てテネリフェ島に存在しています。さらに、ことばこそ違うものの文化的・歴史的共通点の多いポルトガルから、アゾレス諸島における地域通貨準備プロジェクト、コインブラ市内の交換市で使われている通貨ジャルディン、そしてアレンテージョ地方モンテモール・オ・ノーヴォで最近取り組みが始まったMOR(モール)の3つが紹介されました。
スペイン語はスペインのみならず、中南米各地などでも幅広く使われていますが、今回の会議ではその特性を最大限に活用し、南北アメリカ各地からの事例発表もありました。ブロックチェーン技術を応用してアルゼンチン各地で運営されている電子地域通貨PAR(パール)、2019年10月18日に発生した反新自由主義の大規模デモをきっかけとしてチリ各地で生まれた時間銀行(その中には日本の時間預託制度を取り入れたものや、食料品などの取引も認めているものもある)、エクアドルからは首都キトで運営されているムユとクエンカ市で運営されているフルピが、メキシコからはミシューカ(メキシコシティ)が、そして北米からは市役所からの補助金と関連付けたカルガリーダラーズ(カナダ)や、地元商店街の振興を組み入れたハドソン・ヴァリー・カレント(米国ニューヨーク州アルスター郡)の事例が発表されました。最近では米国のみならず、カナダでもスペイン語を勉強する人が増えていますが、そのような事情もあり、カナダと米国の事例もスペイン語で発表されていました。エクアドルの両事例は2020年になってから発足したものですが、Covid-19の世界的蔓延の時期に発足が重なったため、オンライン会議を中心とした運営体制が続いています。
その他、取り上げられた主な事例は以下の通りです。
- 市役所による地域通貨建てのベーシック・インカムの事例:ブラジルはリオ・デ・ジャネイロ州のマリカー市と韓国・京畿道の事例を発表。
- ジェンダー面での通貨:ジェンダーを配慮した暗号通貨ベヌシナを紹介。
- 国際協力の関係で:スペイン国内で市民通貨の実例を確立後に、パレスチナやチュニジア、ヨルダンにこのモデルの移転を計画中。
- 資源の再利用に関連した地域通貨の事例:マドリード都市圏にある、生ゴミと地域通貨を交換でき、これにより近郊の農家の作物の購入代金の一部に充てることができる通貨ラ・モラ(前述したカタルーニャのものとは同名だが別のプロジェクト)、ナバラ州の一部で、プラスチックのリサイクルにより地域通貨がもらえるシステムとして始まり、2020年より生ごみの取り扱いも始めたイラーティを紹介(イラーティでは、将来的な目標として日本は徳島県の上勝町のゴミ分別・リサイクルの事例に言及)。
- 連帯経済ネットワークによる共通ポイントシステム:マドリード州の連帯経済ネットワークが運営するエティクスが紹介。
- ソーシャル・イノベーションとの関連での地域通貨:バルセロナの庶民地区にあるコワーキングとその利用者、そしてNPOをつないだ地域通貨フロックや、バルセロナ都市圏の別のコワーキングで準備中のシティタレント、前述のビラワットとは別の形で、再生可能エネルギーの協同組合と一般市民を結びつける地域通貨ワットエコ、そしてちょっとした依頼をしやすくする時間銀行の一種ファボールスが紹介。
スペインに住んでいて感じるのが、関係者同士の横のつながりが強固であるということです。私自身は日本在住時代に同様のネットワークを作れないかと考えていましたが結局構築できず、日本の地域通貨が衰退する一因ともなりました。そのためスペインへの移住後に私自身が全国会議の重要性を提唱して2012年に全国会議を発足させて以降、紆余曲折を経て現在まで毎年開催され続けています。地域通貨に限らず、日本人は横のつながりを作るのが苦手で、ピラミッド型組織を好む傾向にありますが、このような横のフットワークの軽さは、地域通貨に限らず日本の社会的連帯経済関係者にも、ぜひ見習っていただきたいと思います。
第10回となる今年(2021年)は、バスク州の中心都市ビルバオ市において、同州や隣のナバラ州で地産地消を推進する道具として使われている地域通貨エーキの主催により開催されます。バスクなどを含む北部スペインでの開催は初めてであり、またフランス領バスクにも非常に活発な地域通貨エウスコが存在しているため、個人的には非常に楽しみにしています。