パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第27回

社会的経済や連帯経済の意味する範囲の違い──韓国とスペインの比較

 最近私は、社会的連帯経済に関するドキュメンタリーの作成も始めています。あくまでも個人的に作成しているため、まだまだ動画制作としてはプロの域まで達してはいませんが、それでも日本ではほとんど知られていない社会的連帯経済をわかりやすく紹介し、現地の雰囲気を伝えるメディアとして、ドキュメンタリーはぴったりだと思います。すでにソウル(韓国)とバルセロナ(スペイン)についてのドキュメンタリーを作成していますが、今回は両ドキュメンタリーを踏まえて、両国における社会的連帯経済の違いについて比較分析してゆきたいと思います。

動画:ソウルの社会的経済

 最初に理解すべき点は、社会的経済や連帯経済という単語を使っても、両国ではその単語が意味する範囲が大きく違う点です。
 社会的経済という単語は、韓国とスペインの両方で使われていますが、韓国では1997年の経済危機以降に社会的企業やマウル企業、自活企業が、そしてその後協同組合が注目されてきたということで、協同組合も含まれるようになりました。その一方、歴史的にフランスの影響が強いスペインでは、社会的経済についても非資本主義的かつ行政から独立した経済活動を行う各種団体を総称したフランスの流儀を受け入れ、協同組合やアソシアシオン(日本のNPOに相当)、財団や共済組合、そしてスペイン独自の存在である労働者持株会社や社会的経済の主な担い手となってきました。2011年にスペインでは社会的経済法が成立しましたが、この法律ではこれら団体に加え、スペイン盲人協会(ONCEオンセ、宝くじの売上金で各種慈善事業を行っている)、カリタス(カトリック教会系の慈善団体で、日本にもある)とスペイン赤十字社も社会的経済の一員として認定されています。

 このため、韓国とスペインの両国を比較した場合、同じ社会的経済という単語を使っていても、その範囲がかなり異なります。実際にはポルトガルやフランスなど他の欧州諸国も同様の法律でスペインと似た定義を行っていますが、ここではヨーロッパを代表してスペインの定義を採用することにします。両方の定義に含まれているのは協同組合だけで、それ以外については片方でしか取り上げられていませんが、この点について具体的に解説すると、以下の通りとなります。

  • 社会的企業: 韓国では社会的企業への関心から社会的経済という概念の樹立につながったこともあり、同国の社会的経済の中心的な存在だが、スペインでは同様の事例として社会的包摂企業が存在するものの、韓国と比べると定義が非常に狭く、あくまでも長期失業者やドロップアウトの若者などを一時的に雇用して研修するための存在であり、またスペインの社会的経済全体を見てもそれほど重要ではない。
  • マウル企業・自活企業: 日本でいうところのコミュニティビジネスなどに近い存在だが、スペインではこれに相当する概念がそもそも存在しない。
  • NPO: 韓国では社会的経済の一員という認識はないが、スペインでは社会的経済の一員であり、それなりの事業規模の事例もある(バルセロナのドキュメンタリーで紹介するアタネウ・ププラー・ノウ・バリスがその一例)。とはいえ、法人格としてはアソシアシオンであるスペインサッカーリーグのFCバルサは、一般会員の代表も総会に参加している(会員数が多すぎ、仮に全会員を対象とした総会を開催した場合、収容できる会場がないため、代議制を取っている)が、一般的にはFCバルサが社会的経済の一員という認識はない。
  • 財団: NPOと同じく剰余金の配当が禁じられているということから、スペインなど欧州諸国では社会的経済の一員と古くから認識されているが、韓国では今のところ意識されていない。
  • 共済組合: スペインのみならず欧州諸国では、古くから社会的経済の一員として重要視されてきたが、韓国ではあまり話題になっていない。
  • 労働者持株会社: この制度自体がスペイン特有なので諸外国と比較することは難しいが、労働者持株会社に相当する事例がそれなりに相当する国であれば、やはり社会的経済の一員としてみなすことが適切。

 最近韓国では、社会的経済の統計が発表されましたが、その主な指標をたどると、以下の通りとなっています。

  • 社会的企業: 2372団体、雇用人数4万6665名。
  • 協同組合: 1万6818団体、雇用人数2万9861名。そのうち1710団体が社会的協同組合。
  • マウル企業: 1592団体、雇用人数1万9261名。
  • 自活企業: 1211団体、雇用人数1万3512名。
  • 一般協同組合の設立地域: やはりソウル(3435組合)や京畿道(2629組合)が多い。首都圏以外で人口の割に比較的多いのは全羅道(南西部、南北両道を合わせて1871組合)や江原道(北東部、817組合)で、慶尚道(南東部)方面は人口規模の割に少ない。
動画:バルセロナの連帯経済

 また、スペインなどでは社会的経済と連帯経済を区別することも少なくありません。簡単にいうと社会的経済は、上記のような法人格さえ満たせばどんな団体でも社会的経済の一員とみなせる一方、実質的に社会的な経済活動を行っているのか疑わしい団体も少なくありません。また、男女平等や途上国支援など各種社会運動に関わってきた人たちが、そのような運動の理念を反映した経済活動を行うべく事業を始めるケースも増えてきていますが、このような人たちの意識を表現する概念として連帯経済という単語が頻繁に使われるようになりました。連帯経済の定義については私の以前の連載でも紹介していますが、基本的に一定の価値観を実践する経済活動を総称しており、また社会的バランスシートなどでその実践度を測定する取り組みも行われています。

 さらに韓国とスペインでは、社会的経済分野における公的支援政策も大きく異なります。韓国では2006年に社会的企業育成法が成立したことを受けて韓国社会的企業振興院が発足し、協同組合基本法の成立(2012年)後は社会的企業のみならず協同組合の設立支援事業も行っています。中央政府のみならず、例えばソウル市役所はソウル社会的経済センター(リンク先は日本語版)を運営しており、さらにグローバル社会的経済フォーラム(GSEF、ジーセフ)を発足して、韓国のみならず世界をリードする動きを見せ始めています。

 これに対し、スペインではつい最近まで社会的経済を担当する部署は存在しなかった一方(1月に発足した新政権により、労働・社会的経済省が発足)、業界団体としては社会的経済スペイン企業連合(CEPES、セペス)が1992年に発足しており、政府に対する各種ロビーイング活動を行ったり、諸外国の同業団体と協力関係を深めたりしています。都市レベルでは社会的連帯経済の推進に積極的なところもあり、またカタルーニャ州はカタルーニャ中央部協同組合アタネウと呼ばれる協同組合設立支援組織を設立していますが、スペイン全国的に見ると行政による支援はまだまだ遅れています。その一方で、特に労働者協同組合に関しては各州に存在する労働者協同組合連合会が設立支援関係の活動を積極的に行っており、最近ではバルセロナを中心に連帯経済関係の団体設立に取り組む事例も生まれ始めています。端的に言うと、韓国では行政主導である一方、スペインでは特に協同組合の実践者側主導で支援活動が行われていると言えるでしょう。

 以上、韓国とスペインの両国の状況を比べてきました。両国の社会的経済は歴史的な発展の経緯や概念に大きな違いがあり、同じ表現を使っていてもそれが指し示す範囲や、その具体的な支援方法に大きな違いがありますが、そのあたりの点をご理解いただければと思います。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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