パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第54回

ロシアのウクライナ侵攻による経済的な影響を考える

 2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻では、両軍兵士や義勇兵などに加え、ウクライナ各地で数多くの民間人が命を落としたり負傷したり、または砲撃などにより自宅や職場などを奪われたりしています。今回の記事を始めるにあたって、同国に平和が一刻も早く訪れることを望み、犠牲者には哀悼のことばを、そしてその他の被害者にはお見舞いを申し上げたいと思います。

 さて、この連載は基本的に経済をテーマにしていますので、あくまでも今回の戦争により、世界経済がどのような影響を受けるか、考えてみたいと思います。なお、この原稿は5月21日現在で作成しているものですので、それから6月1日(公表日)までの間に起きるであろう大きな変化を反映していない可能性があります。その旨ご了承ください。

 ロシアの状況について話す前に、経済の存在意義を確かめてみたいと思います。英語のeconomyなどはギリシャ語で「家政」を意味するオイコノミアに由来しており、家の中にある資源をきちんと管理することでニーズを満たすことを意味しています。その一方で、日本語の「経済」は隋代に王通が書いた文中子の「経世済民」に由来していますが、これは「社会を運営して民衆の必要を満たす」という意味です。ここで大切なこととしては、経済を回すとは単に破産を回避して資金繰りができていればよいというものではなく、市民や企業、そして行政機関などが、必要な各種商品やサービスをきちんと入手できることを意味しているということです。

 ロシアについて話をする場合、今でも旧ソ連のイメージを連想する人が少なくありません。確かに旧ソ連時代は米国と並ぶ超大国として、核兵器や宇宙開発、原発などの開発に邁進しており、科学技術力の高い国というイメージがありました。また、1960年代から1970年代にかけてのロシアはヨーロッパでも断トツの経済力を有しており、英国や西ドイツ(当時)の3倍以上のGDPを誇っていました。

 しかしソ連が崩壊して30年が経過した今のロシアには、持ち前の科学技術力を基盤にした産業はなく、ロシアの輸出の半分近くが原油や天然ガスであることがわかります。半導体やIT、自動車や医療などさまざまな分野において世界では技術革新が進んでいますが、ロシアはそのような流れに背を向け、あくまでも天然資源の売上で各種技術を西側諸国などから買い入れる経済方針を貫いてきたのです。

ロシアの輸出品目(2020年、出典: <a href="https://oec.world/en/profile/country/rus" rel="noopener" target="_blank">OEC World</a>)ロシアの輸出品目(2020年、出典: OEC World

 このような中で、ウクライナへの侵攻に業を煮やした欧米諸国が各種経済制裁を課したことで、そのようなロシア経済の構造が危うくなりました。たとえばロシア国内にある兵器工場や自動車工場では、EU諸国から輸入した部品を組み立てる作業を行っていましたが、これら部品が手に入らなくなったことで操業中止に追い込まれたり、安全基準を緩めてエアバッグやABSのないものでも認可したりせざるを得なくなりました。世界一広い同国では国内移動の手段として飛行機が欠かせませんが、ボーイングやエアバスの補修部品がロシアに入ってこなくなったことで、退役したはずの国産旅客機イリューシンやツポレフの復帰を検討せざるを得ない事態にまで陥っています。また、現在のロシアのGDPは約1兆4835億ドルで(2020年世銀)、日本(4兆9754億ドル)の約30%、ヨーロッパ全体で見た場合独英仏伊の次の5位という立場であり、今回の経済制裁により急激なマイナス成長を記録した場合、現在ヨーロッパで6位のスペイン(1兆2812億ドル、同じく2020年世銀)に追い抜かれかねません。

1960年から2020年までの欧州各国のGDPの変動を紹介した動画

(記事の数字とは異なるGDPの金額なのは出典が異なるため)

 加えて、前述したようにロシア経済の稼ぎ頭である原油や天然ガス関連でも西側技術をふんだんに取り入れていたため、機械のメンテナンスができなくなって最悪の場合には操業中止に追い込まれかねない事態です。同様に、パン屋も西側の機械を使っているところが大半で、このままでは最悪の場合ロシアの大半のパン屋が操業を中止しかねません。そして、鉄道関係で深く関わっていたドイツのジーメンスも撤退することから、中長期的には国鉄の運行にも何らかの影響が出ると見られています。

 先ほど家政や経世済民という経済の語源について書きましたが、このような状況では経済のそもそもの目的が達成されているとは言えないでしょう。石油や天然ガスの輸出が続いているのでロシアとしてはお金が回っているように見えますが、各種制裁や西側企業の撤退により、パンから飛行機に至るまでさまざまな商品やサービスの提供が滞り始めており、語源を意識した場合には本来の経済が機能しているとは言えません。

 しかし、天然資源依存型の経済の最大の問題は、その資源さえ輸出できればその利益でエリート層は豊かな生活を享受できる一方、その利益に与れない一般市民は貧しい生活を余儀なくされ、中間層がなかなか育たなくなることです。実際ロシアはオリガルヒー支配が顕著である一方、特に地方ではそのような経済発展の恩恵に与れない人が少なくありません。そして、貧困層はちょっと給与払いのよい職場であれば、いわゆるブラックな職場(その中には軍隊も含まれる)でも厭わないので、むしろ社会の不正は腐敗が温存されてしまいます。このような構造を見ると、今のロシアは昔の旧ソ連よりも、むしろ発展途上国に近い経済状況だといえます。

 また、今回の措置により米ドルやユーロなど西側諸国の通貨が世界経済を支配している状態が崩れて、ロシア・ルーブルや人民元など多様な通貨が貿易で使われるようになると考える人たちもいますが、個人的にはそうは思えません。世界各国における外貨準備高に占める通貨の割合を見ると、2021年現在で米ドルが58.89%、ユーロが20.64%となっており、日本円や英ポンドなどその他の通貨を含めると、未だに90%以上が西側通貨になっています。確かにこの5年で中国人民元の割合が1.08%から2.79%へとかなり増えてきているものの、まだまだ世界的に見れば微々たるものであり、中長期的に人民元が米ドルに代わる国際通貨になる可能性はありますが、少なくともこの数年でそのような事態が起こるとは考えられません。また、ロシア・ルーブルについては統計上「その他諸通貨」にまとめられており、そもそも存在感を発揮できていません。

 さらに、米ドルなど既存の通貨に代わる存在として暗号通貨を注目している人もいますが、個人的にはそれほど明るい未来があるとは思えません。暗号通貨の法定通貨化における問題はすでにこちらで書きましたが、SWIFTなど通常の決済制度が使えなくなっている今、暗号通貨建てのロシアとの取引に規制がかかるのも時間の問題です。さらに、最近暗号通貨が下落しており、以前のような神話が崩壊しつつあるのも確かです。

 とはいえ、今回の戦争では、直接戦火を交わしているウクライナとロシアに加えて、世界の多くの国が経済的影響を受けることになります。実際、石油や天然ガスといったエネルギーに加え、小麦やヒマワリ油、トウモロコシや肥料など農業関係の貴重な資材の多くが両国から伝統的に輸出されており、この輸入に障害が出ることで、特にアフリカのように持久力も購買力も弱い国において、食糧危機が起きるのではないかという懸念が発生しています。食糧危機を防止すべく、世界各国が協力して資源を融通する仕組みが待たれていると言ってかまわないでしょう。

アフリカ諸国の輸入に占めるロシア産およびウクライナ産の小麦の割合。出典: 国際連合貿易開発会議 (UNCTAD)アフリカ諸国の輸入に占めるロシア産およびウクライナ産の小麦の割合。出典: 国際連合貿易開発会議 (UNCTAD)

 このように、現在のロシアは昔のソ連のような圧倒的な技術力も経済力もなく、技術面では西側頼りである一方、経済力もそれほど突出したものではなく、このため昔のような強力な軍事力も維持できなくなっています。そして、各種経済制裁により今後ロシア経済の成長がさらに抑制されると見込まれることから、もしかしたら経済的に戦争を続けられなくなって降参するかもしれません。

 また、今回の戦争により、日本でも食料品の価格が上がっていますが、これは他でもなく、日本国内における自給力の強化が必要になっていることを示しています。世界人口は今でも増え続けており、最新の数字では77億5000万人を超えていますが、そうなると当然ながら天然資源の争奪戦も今後激化する可能性があります。先ほど国際的な資源融通について書きましたが、日本は今後人口減を迎えるとはいえ、それでも世界的な資源争奪戦が考えられる以上、日本国内で自給できるもの(特に食料)については外国に頼らない体制を作ることが欠かせないでしょう。

 今回の戦争は、GDPの4倍前後に相当する6000億ドルもの被害を受けたウクライナだけでなく、戦争を仕掛けたことで各種制裁を受けたロシア、さらには両国からの輸入が滞ることにより世界各国が悪影響を受けることになります。一刻も早い停戦を望む一方で、戦争の長期化に備えて自給力の強化などの形で資源の確保を進めることが何よりも欠かせないと言えるでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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