パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第23回

社会的経済のパンフレット──ポルトガルから学ぶ

ポルトガル・アレンテージョ地方モンテモール・オ・ノーヴォ町にある、ミゼリコルディア運営の薬局。ポルトガル・アレンテージョ地方モンテモール・オ・ノーヴォ町にある、ミゼリコルディア運営の薬局。

 私が住むスペインと同じイベリア半島にあり、言語的にも文化的にも似た点が多いポルトガルは、地味ながらも社会的経済において、一定のポジションを示しています。以前の連載でもポルトガルは何度か取り上げましたが、今回は社会的経済分野の業界団体であり、協同組合の監督権限も持っている「社会的経済のためのアントニオ・セルジオ協同組合」が最近刊行した社会的経済の実用ガイドをもとに、社会的経済について知らない人に対してどのように社会的経済を紹介すればよいかについて考えてみたいと思います。

社会的経済の実用ガイドの表紙社会的経済の実用ガイドの表紙

 諸外国同様、ポルトガルでも社会的経済は、さまざまな法人格の団体が行う経済活動を総称したものですが、この実用ガイドではまず、「民主的な運営」と「会員のニーズの充足」、さらに「営利を目的としない財やサービスの生産」というキーワードが強調されており、その具体例としてNPO、協同組合、財団、慈善団体、ミゼリコルディアと呼ばれるカトリック系の慈善団体が挙げられています。ミゼリコルディアはポルトガルで生まれたのち、旧植民地などに広がっており、日本でも戦国時代から江戸時代初期にかけて、長崎や大分に存在していました(長崎についてはこちらを参照)。また日本の近くでは、1999年までポルトガル領だったマカオに、今でも仁慈堂という名前でミゼリコルディアが存在し、主に福祉関係の活動を行っています。さらに、こちらの論文(英語)では、日本にかつて存在したミゼリコルディアや、それに似た精神で運営されたカトリック系の友愛組織について紹介されています

動画:リスボンのミゼリコルディアの活動紹介ビデオ(ポルトガル語)

 次に、社会的経済が盛んな他の国と同じく、ポルトガルでも社会的経済のサテライト・アカウント(通常の経済統計とは別に、社会的経済分野での統計)の編纂が進んでいます。これによると、団体数は合計7万1885団体で、全雇用の6.1%にあたる24万4886名に有給の雇用を生み出しています。ポルトガルは人口が1050万人ほどで、日本の総人口の1割にも満たない国ですから、日本に換算すると280万人以上の有給雇用が、社会的経済セクターで生まれている計算になります。もちろん資本主義経済などに比べると小さいですが、それでもポルトガル経済において、それなりの存在感を示すものとなっています。

 その後、「人間や社会的目的の優越」、「自由意志による加入」、「組合員による代表機関の民主的管理」、「組合員、利用者または受益者の利益と社会的利益の調停」、「自主的で、行政機関および社会的経済外のあらゆる団体から独立した運営と「一般的利益に従い、社会的経済団体の目的の遂行のために剰余を提供」という原則が提示されてから、社会的経済を構成する各団体の紹介が行われますが、ここで注目すべきは、前述の協同組合やNPOなどではなく、むしろ自治会や共有地、自主運営企業や社会連帯団体、移民団体やNGOについても紹介されている点です。社会的経済は、確かに一定の法人格を持っている団体であれば無条件でその一員とみなされますが、この定義は排他的なものではなく、それ以外の法人格の団体であっても、活動内容が社会的経済の原則に沿うものであれば社会的経済の一員とみなされるため、この点が重要となります。その後、NPOや協同組合など、社会的経済を構成する各種団体を結成するための方法が書かれています。

 ここからは、この実用ガイドをもとに、日本ではどのようなガイドを作ることができるかについて考えてみたいと思います。
 まず、実用ガイドとして、限られたページ数で社会的経済の必要な情報をまとめているという点に注目したいと思います。社会的経済の理念や同国における規模、社会的経済に属する具体的な団体例、そして社会的経済に属する各種法人の設立のために必要な手続きが説明されており、社会的経済に属する法人を増やすという明確な目的を読み取ることができます。社会的経済という表現は、日本でもポルトガルでも一般的に使われる表現ではないため、とっつきにくいと思われることも少なくありませんが、簡潔な表現を多用することで社会的経済はそれほど難しいものではなく、誰でも実践可能だということを理解してもらえるようになります。

 その一方、ページ数の問題があるのかもしれませんが、社会的経済の国際的な広がりに関する言及がない点が、個人的にはちょっと寂しい気がします。特にポルトガルの場合、同国と比較的交流の多いスペインやフランスなどの欧州諸国、そして旧植民地でポルトガル語を共有していることから非常につながりの深いブラジルなどでさまざまな事例が展開されていることから、これらの国の事例を紹介し、相互に学ぶことも大切でしょう。さらに、国連や国連関連機関も社会的連帯経済を推進している点は、見逃すことはできません(国連関係の動きについてはこちらを参照)。

 日本においてはこの点で重要になるのは、やはり韓国でしょう。同国では政府レベルでの各種法制度や支援政策に加え、グローバル社会的経済フォーラム(GSEF)を創設したり、社会的経済センター(リンク先は日本語版)を設置したりなどの政策を行っているソウル市役所の各種政策も、一見に値します。香港(詳細はこちらを参照)や台湾(詳細はこちらを参照)でもそれなりの実践例や支援政策はあるとはいえ、アジアにおいてこの分野で諸政策が最も充実しているのは韓国であることから、韓国との関係を強化することは欠かせません。韓国の場合、日本語が流暢な社会的経済関係者も少なくなく、また日本語で読める情報も比較的多いため、そういう意味でも無視することはできません。

動画:ソウルの社会的経済(筆者作、日本語版)

 また、この実用ガイドは社会的経済関連法人の設立に焦点を当てており、設立する際の手続きについては詳細が記載されている一方、設立後の各種支援制度についてや、社会的経済で重要となる相互扶助(協同組合原則でいえば、第6原則の「協同組合間協同」)、そして運動体としての社会的経済の側面については、それほど記述されていません。しかし、特に生態系という観点から社会的経済を眺めた場合、多種多様な団体が相互連携を行うことで共存共栄的な関係を築くことができ、また社会的な認知を高めることもできます。また、諸外国のように連帯経済の見本市を行うことで、一般市民に社会的経済について幅広く知ってもらうこともできます。仮に日本で同様のガイドを作成する場合、全国レベルとまでは行かなくとも、スペインのCEPESREASなどに相当する市町村や広域都市圏、都道府県や地方レベルでのネットワークの結成と維持の重要性についても、記述することが大切でしょう。

動画:カタルーニャの連帯経済見本市の様子(2018年)

 さらに、社会的経済の推進のために自治体ができることについても、付け加える価値があると個人的には思っています。ポルトガルの場合、実際に機能している地方自治の単位が市町村や、そのさらに下位区分となる教区しかなく、日本の都道府県や諸外国の州・地方にあたるような自治体は存在せず、市町村レベルでの社会的経済の支援は難しいかもしれませんが、日本の場合は政令指定都市などに加え、都道府県という単位でNPO支援が幅広く行われています。この支援の幅をNPOにとどめるのではなく、たとえば前述したソウルのように社会的経済全体に広げることができれば、社会的経済の推進が可能となります。また、日本でも数都市が認証されているフェアトレードタウンの発想を社会的経済に応用するのも、面白いかもしれません(詳細はこちらを参照)。

 パンフレットの制作であれば、比較的安価で日本でも実現することは可能でしょう。日本でも行政、または社会的経済の当事者により、このようなパンフレットが作成されることを望みます。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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