パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第19回

移民向けの社会的連帯経済を考える

 6月8日(土)にバルセロナ市内サンツ地区にあるカン・バトリョーで、第1回移民と多様性の連帯経済見本市が開催されました。この会場となったカン・バトリョーは、もともと繊維工場の跡地で、5月15日運動の余波が残っていた2011年6月11日に地域住民らによりスクワット(占拠)され、各種社会運動や連帯経済などに向けた活動拠点としての自主運営が行われています。5月の記事でバルセロナは連帯経済が盛んだと書きましたが、そのバルセロナ市内の中でも特に興味深い活動が数多く行われており、連帯経済のメッカとも呼べるサンツ地区で、移民を対象とした連帯経済の活動が紹介されることになりました。


第1回移民と多様性の連帯経済見本市を紹介した動画(筆者制作、日本語)

 スペインは1990年代までは外国人の少ない国でしたが(2000年時点で総人口のうち外国人の占める割合は2.3%)、EU統合の推進によりEU国籍(およびスイス・ノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタイン国籍)の人は簡単に居住許可を取れるようになり、また2000年代のバブル経済の時期には中南米などから数多く移民が来たこともあり、現在では人口の10%近くが外国人となっています(最盛期の2010年頃は人口の12%程度が外国人)が、その割には移民関連の事例はまだ少ないままです。なお、この中には、スペイン人の子どもとしてスペイン国外で生まれたためにスペイン国籍を生まれながらに持っている人や、スペインに帰化したために外国人と数えられなくなった人は含まれていません。また、一般的には外国人がスペイン国籍を申請するには10年居住を続ける必要があり(難民認定者は5年で、そしてスペイン人と結婚している人はわずか1年で申請可能)、母国の国籍を放棄しなければなりませんが、ブラジルを含む中南米諸国や、同じく旧スペイン領だったフィリピンや赤道ギニア出身者はスペイン在住2年で申請が可能で、また母国の国籍を保持できるため、母国とスペインとの二重国籍状態の人がスペインには数多くいます。

 また、最近は中南米(主にベネズエラ、コロンビアや中米諸国)や中東・北アフリカなどから難民が数多く(2018年は5万4065人で過去最高を記録)スペインに流入していますが(スペインへの難民についての詳細情報はこちらで)、一時期よりましとはいえ(失業者数がピーク時の500万人から300万人まで減少)欧州の中でも失業率が高いスペインで、彼ら難民が就職することは簡単ではないため、労働者協同組合という形が注目されています。このような文脈の中で、Coopolisという協同組合が主体となって開催されたのが、この見本市です。

 移民が設立した協同組合として興味深い事例は、Alencoopです。これは地元カタルーニャ人の支援を受けてアフリカ系移民により設立されたもので、動画でご覧いただけるように改造自転車による冷蔵庫などの電化製品の回収や宅配サービスの他、空き室の清掃などを行っています。


Alencopの活動を紹介する動画

 次に、協同組合ClaraとNPOであるMés que cures(介護関係で働く女性)です。スペインでは訪問介護が一般的で、街中でも主に中南米系の女性が、スペイン人の高齢者の座る車いすを押している姿をよく見かけますが、協同組合Claraは介護職の養成講座やコンサル事業を行う一方、同組合の講座を受けた人(中南米出身者だけではないが、その割合が比較的多い)がNPOに雇用される形で各家庭に派遣されることになります。各家庭に直接雇用されるのではなく、NPOを受け皿にすることで失業保険を受け取りやすくなったり、きちんと社会保障を受けられるようになったりするといったメリットがあるわけです。

 また、バルセロナ市役所が連帯経済に積極的な話はこちらですでに紹介しましたが、その関連でも新しい協同組合が生まれています。スペインではブラックアフリカ出身者が路上で違法な物売りを行っており、警察など当局との取り締まりが問題になっていますが、彼らにより真っ当な雇用を与える手段として市役所が協同組合に注目して生まれた事例がDiomcoopで、イベント設営や警備、清掃やケータリングサービス、衣服の販売などを行っています。

 同じく研修から移民による連帯経済のプロジェクトへと成長した事例としては、MiAバルセロナが挙げられます。これは、バルセロナ市内のラ・トレグアという取り組みにより生まれたもので、移民が各種アート作品の制作に取り組んでいます。

 その他、出身国への観光や出身国の産品のプロモーションに取り組む事例もあります。Caminos de Pazは、Gestapaz という団体によるプロジェクトで、内戦の傷跡の残るコロンビアの農村部でエコツーリズムを推進することで、農民や元ゲリラ兵士などに雇用を生み出そうとしています。Cooprodom は、ドミニカ共和国の各種製品をスペインのみならずヨーロッパ全域で販売するために設立された協同組合で、現在のところはコーヒーの販売に特化していますが、今後はその他の農作物や民芸品なども積極的に販売してゆくとのことです。

 また、変わったところではブルバ・トリップ(ブルバとは女性の外性器の意味)が挙げられます。これは、中米ニカラグア出身の女性が、現地で行っていた活動をスペインに持ち込んだもので、女性が自分たちの性について肯定的になれるよう各種カウンセリングやセミナーを行ったり、生理カップを販売したりするものです。

 移民の場合、母国と同じ職業に就くことが難しいことから(言語の問題に加え、母国の資格が移住先の国では認めてもらえなかったり、認めてもらうための手続きに時間がかかったりすることも少なくない)、自分たちで起業する必要に迫られるケースが少なくありませんが(日本各地にある、移民が経営する外国料理レストランはその一例)、今回の見本市では連帯経済の枠組みの中でも、各種移民による事例の創設が可能であることが示されたという点は重要でしょう。

 その一方で、具体的にどの分野であれば協同組合という形で移民が起業し、生活費を稼いでゆくことができるのかという点では、まだまだ課題が残るように思えました。バルセロナのような都市ではさまざまな経済活動が常に生まれていますが、移民にとってのビジネスチャンスを見つける点ではカタルーニャの連帯経済部門もまだまだ未熟で、今後改善の努力を行う必要があるように感じました。個人的にはすでにある程度成熟している連帯経済の他の分野(たとえば有機農業)の中で移民でも就労可能な求人があれば、移民に門戸を開くことも大切な気がしました。

 また、この記事でリンク先のない団体が多いことからもおわかりのように、これらの事例の中には基本情報をオンライン公開していないところも少なくなく、これらの事例に興味があってもネット上で情報が入手できないため、せっかくの商機を逸している団体も少なくないものと思います。特にソーシャルネットワークの利用が一般的となった現在、このようなメディアを活用した広報戦略が不可欠であることを考えると、これら広報面で駆け出し状態の事例をサポートする仕組みが必要だと言えるでしょう。

 さらに、特にスペインと日本を比べる場合、言語の問題を強調する必要があるでしょう。スペインの場合、中南米出身者はスペイン語が母語または第2言語とする人がほとんどで(ブラジルはポルトガル語だが、彼らにとってスペイン語の習得は非常に簡単)、またアフリカ人の中でもフランス語圏出身者は程度の差こそあれフランス語の知識があることからスペイン語を簡単に習得できますが、日本の場合は日本語を母語や第2言語とする移民の来日はほとんど期待できず、特に最近の移民の大半は、日本語と大幅に異なる非漢字文化圏出身であることから、日本社会に溶け込んでもらうためには日本語の習得が欠かせません。これは連帯経済関係に限ったことではありませんが、中長期的には移民が無理なく日本語能力試験のN3(日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる)、できればN2(日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる)レベルの日本語力をつけ、日本社会で生活できるような体制を整備することが急務だと言えるでしょう。

 いずれにしろ、グローバル化が進み世界各国からの移民が増える今日において、彼らの受け入れにおいて連帯経済が果たせる役割は小さくないものと思われます。このイベントを機会として、今後移民の受け入れというテーマにおいて連帯経済がより専門性を深めることを祈ってやみません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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