パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第60回

国連本部で開催のサイドイベント
「持続可能な開発目標(SDGs)達成における社会的連帯経済の役割」

 去る7月22日に、米国ニューヨーク市内の国連本部において、スペイン政府および国際労働機関(ILO)の主催で、「持続可能な開発目標(SDGs)達成における社会的連帯経済の役割」(英語・フランス語・スペイン語)と題されたイベントが開催され、各国政府の代表などが発表を行いました。今回はその内容をまとめてお届けしたいと思います。

国連本部で開催された同イベントの様子(国連のウェブサイトより)国連本部で開催された同イベントの様子(国連のウェブサイトより)

 この会議で最初に登場したのは、スペインのヨランダ・ディアス副首相兼労働・社会的経済相です。彼女はまず、1)持続可能な開発目標やアジェンダ2030、そしてその目的達成において社会的連帯経済が果たす重要な役割の視覚化と2) 持続可能な開発における社会的連帯経済の役割に関する国連総会決議の承認に至るプロセスを推進する機会の分析、という2つの目的に取り組んでいることを明確にしたのち、先が見通せない時代における回復力が高い社会的連帯経済の特徴や、貧困削減や環境保護、地域開発やCO2排出削減、そして農業・医療・産業・商業・教育・住居・エネルギーの流通や金融における社会的連帯経済の役割について述べました。さらに、法制度を通じてさまざまな国が、持続可能な開発、社会正義、適正な労働や万人の生活水準の向上の達成における社会的連帯経済の能力についても語りました。

 次に発言したのは、コレン・ヴィクセン・ケラピレ駐国連ボツワナ大使です。彼はアジェンダ2030達成のためのオルタナティブとしての社会的連帯経済を強調し、企業活動の中心に人々や社会的な目的を据える点、人々や地球のケア、平等と公正さ、相互依存や自主ガバナンス、透明性や説明責任、さらには適正な労働と生活の達成に基づいていることを明らかにしました。また、より包摂的で平等を推進し、各地域社会を変革して人々をつないで環境問題を解決している点を力説し、先ほどのディアス副首相同様に、国連総会決議に向けた動きが進んでいることを喜ぶ意思を表明していました。

 3人目のスピーカーとしてはILOから、ベアテ・アンドレアスILO対国連代表兼ILO国連事務局長が登場しました。彼女は去る6月にILOが採択した適切な労働と社会的連帯経済に関する決議文について話題に出し、これにより関連の各種活動が正当性を得たと指摘し、また社会的連帯経済が人々や地球のためのものであるという発言も引用しました。そして前述の決議文が、社会的連帯経済が非公式経済から公式経済への移行や環境保護につながるものである点を強調し、真っ当な仕事を推進するという観点からILOとしても社会的連帯経済の推進に取り組む旨を明らかにしました。その後、UNCTAD(国際連合貿易開発会議)のレイモンド・ラントフェルト氏が、国連決議として可決するために必要な要件として、この決議案の論拠や付加価値、または持続可能な開発計画の達成の関連での社会的連帯経済推進関連の法制度の整備を提案しました。この点で同調したのが国際協同組合連盟(ICA)のジョゼフ・ンジュグマ氏で、彼は特に農村部における協同組合の雇用創出能力を強調しました。

 第1部の最後に発言したのは、現在グローバル社会的経済フォーラム(GSEF、ジーセフ)の議長を務めている、フランス・ボルドー市のピエール・ユルミック市長です。彼は、この会合の数日前にボルドー周辺で山火事が発生したことに触れ、気候変動の影響が明らかになっていることから環境問題が深刻化していることを述べたうえで、そのためには利益第一主義の資本主義ではなく、「社会的連帯経済こそが規範になるべき」だと語り、環境面や社会面における社会的連帯経済の役割を強調し、社会的連帯経済との同盟者としての国連の意義も明らかにしました。

 第2部の最初では、フランス政府内で社会的連帯経済を担当するマルレーヌ・シアパ局長がビデオ演説を行いました。ここで彼女は、前述のILO決議や、先月の記事で紹介したOECDの勧告文に加え、2021年12月に欧州委員会が社会的連帯経済に向けた新しい行動計画を採択したことに言及し、社会的連帯経済に関する国連決議が可決した場合には全世界で推進されることや、その推進のためには国際協力が欠かせないことを強調しました。次にドミニカ共和国のルイス・ミゲル・デ・カンプス労働相が、全世界的な物価上昇という脅威に直面するうえで社会的連帯経済の国連決議が重要になることや、そのために同国政府が努力を行っていることを語りました。

 3番目に登場したのは、セネガルのザハラ・イヤヌ・チアム・ディオプ・マイクロファイナンス・社会的連帯経済相です。彼女は、同国では2021年に社会的連帯経済に関する方向付け法が成立しており、ILOでの決議もそこでの定義内容に沿う形になっていることを示したうえで、同法の成立以降同国でも社会的連帯経済向けの支援活動が始まっていることを明らかにしました。その後、スロベニアのルカ・メセック労働・家族・社会問題・機会平等相が、移民や新型コロナ、そしてウクライナでの戦争といった危機に欧州が見舞われ続け、それらの危機から脱していない状況であることから、新自由主義しかあり得ないという既存の考え方を脱してオルタナティブを求める必要性や、国際的な相互学習の必要性(スロベニアなど旧ユーゴスラビア諸国には労働者が自主運営管理する企業がかつて存在したものの、旧ユーゴの解体後にこれらの実践が消えてしまった一方、スペインではモンドラゴンが未だに現役であることから、相互事例の交流が大切)などを強調しました。

 その後会場から、やはり社会的連帯経済の推進に積極的な国として、アルゼンチン、チリ、コスタリカ、イタリア、ポルトガル、モロッコ、マレーシアそしてブルガリア(発表順)の代表が、それぞれの立場から社会的連帯経済を支持する発言を行いました。最後にUNCTADとILOという両機関の事務総長が社会的連帯経済の重要性について述べ、冒頭で登場したディアス・スペイン副首相が会議の内容をまとめました。なお、このイベントの開催後、「社会的連帯経済を通じて2030アジェンダを進展」と題された報告書が、国連社会的連帯経済機関間タスクフォースにより刊行されています(この報告書については、別の機会に取り上げたいと思います)。

 今回のイベントを見てやはり注目せざるを得ないのが、言語圏的な偏りです。各種国際組織を代表した発表者を除くと、発表者の出身国はヨーロッパ(スペイン、フランス、スロベニア、イタリア、ポルトガル、ブルガリア)、中南米(ドミニカ共和国、アルゼンチン、チリ、コスタリカ)とアフリカ(ボツワナ、セネガル、モロッコ)からはそれなりにあったものの、アジアで発言したのはマレーシアだけでした。また、伝統的にラテン系の国が多く、上記の14か国のうちラテン系ではない(ラテン系言語が公用語ではない)国はボツワナ、スロベニア、マレーシアとブルガリアの4か国だけで、残り10か国はラテン系諸国です。確かにラテン系諸語(フランス語・スペイン語・ポルトガル語・イタリア語・ルーマニア語)は国連加盟国193か国のうち50か国以上で使われており、決して無視できない存在ではありますが、その一方で全世界の3分の2以上の国は非ラテン系諸国であり、今回の発言国を見る限り非ラテン系諸国、特にアジアではまだまだ社会的連帯経済という考え方が十分に浸透していないことは明らかです。国連全体で決議を通すためには、まだまだ社会的連帯経済という概念への理解が浅いアジアに対する呼びかけを強め、アジア各国の人に資本主義市場経済以外の経済として社会的連帯経済が立派に存在していることを伝えることが欠かせないでしょう。

ラテン系諸言語が公用語の国・地域ラテン系諸言語が公用語の国・地域

 その一方、ヨーロッパで見た場合、伝統的なラテン系諸国に加え、スロベニアとブルガリアというスラブ系の国も発言している点は、大きな進展であると言えましょう。1989年に旧共産主義国が一党独裁体制を次々と放棄してから30年以上経ち、資本主義市場経済がこれらの国にも定着し、そのうち欧州連合(EU)に加盟した国も少なくありませんが(今回発言した両国はEU加盟国で、フランス代表が語ったように社会的連帯経済はEUでも取り上げられることが少なくない)、その一方で資本主義市場経済の限界もかなり明らかになってきており、特に持続可能な開発目標の達成において、これらの国でも社会的連帯経済への関心が少しずつ高まってきていると言えるでしょう。

 国連総会で社会的連帯経済関係の決議がいつ採択されるかは未定ですが、採択されたあかつきには、アジェンダ2000や持続可能な開発目標同様、国連加盟国である日本にも少なくない影響を及ぼすと見られます。社会的連帯経済の決議文の内容とともに、国連での動向に今後も注目してゆきましょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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