パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第52回

メキシコ発の地域通貨マニュアル

 地域通貨については私の専門でもありますので何度も書いていますが、今回は昨年末にメキシコの地域通貨グループ関係者がまとめたマニュアルをもとに、どのようにすれば地域通貨がうまく機能するかについて紹介したいと思います。

メキシコの地域通貨グループ関係者がまとめたマニュアルの表紙(一部)メキシコの地域通貨グループ関係者がまとめたマニュアルの表紙(一部)

 メキシコでは、地域通貨を語る際に「多者間バーター」に相当する表現を使いますが、これについては解説が必要でしょう。バーターはもともと「物々交換」を意味する英語で、経済ではお金を使わない決済(たとえば小麦とトウモロコシの交換)を指しますが、普通は二者間で行われる直接の物々交換を指します。しかし、地域通貨を使うことにより、3人以上が参加する形でのより複雑な「物々交換」が実現します。AさんがBさんに卵をあげることで地域通貨を支払ってもらい、この地域通貨でAさんはCさんから豆腐を買い、CさんはBさんから蜂蜜を買う、といった感じです。私たちは日頃、日本円を使ってこのような取引を行っていますが、それこそ関係者の間で合意さえあれば、地域通貨で取引しても何の問題もないのです。直接の物々交換の場合、相手が欲しいものを提供できないことも少なくありませんが(たとえば肉屋がベジタリアンの人と直接物々交換を行うのはかなり難しい)、地域通貨であればこのあたりの問題もクリアできるのです。

 次にこのマニュアルで語られている大切な点としては、現在の通貨の大半が、融資すなわち借金として民間銀行の手で、彼らの営利目的で発行されている点です。これについては以前の連載で説明しましましたが、地域通貨にはそのような営利目的がないという事実を明らかにすることで、地域通貨を使う意義をしっかり説明しているのです。

 また、地域通貨を使うようになる上で大切な点として、富の再定義も提案しています。私たちは通常、手元に持っているお金が増えれば豊かになったかのような錯覚を覚えていますが、個人や地域社会の健全性、健康、食事、空気や余暇の質、そして人間関係などを計算に入れていません。極端なことを言うなら、いくらお金を持っていても、治安が悪くて街中に子ども連れで出かけられなかったり、不健康な食事しかできずに体調を壊したりしたら、生活の質はあまりよいとは言えません。なので、お金を際限なく稼ぐことではなく、まともな生活を送ることを最重要視するという価値観の転換を推奨しているのです。

 しかし、私たちが必要とするものにはさまざまな段階があります。生存に必要な衣食住など基本的なものから、認識(知的訓練)、感情(家族愛・友情など)そして成長(自己実現)の4つを人間は必要とするという、連帯経済関係で有名な学者ラウラ・コリンズの理論を引用したのち、真っ当な労働、自主運営、独立、十分な時間、プロシューマー、価値、互恵性とケアという価値観が、地域社会に向けて重要なものとなっていることを示しています。

 さて、そのような形で地域通貨の立ち上げに向かって一定数の人たちが集まったら、以下の4点についてみんなで考えます。

  • (自分たちの生活の中で)何を必要としているか
  • 自分たちが何を生産しているか
  • 自分たちが生産している商品やサービスは誰が興味を持つか
  • 他の人の必要を満たすために自分たちは何を生産できるか
地域通貨の見本市の様子を紹介した動画

 そしてこの際に、プロシューマーという考え方が重要になります。プロシューマーは、プロデューサー(生産者)とコンシューマー(消費者)を合わせた表現で、もともとは未来学者アルビン・トフラーが「第三の波」で提唱し、消費者が生産活動に参加する(たとえば自分が買うパソコンの性能について自分で選ぶ)というものですが、中南米における連帯経済では別の意味で使われています。すなわち、仲間のニーズを理解したうえで、それに合わせて生産活動を行う、または逆に、仲間が何を生産しているかを理解したうえで、できるだけそれを消費するようにする人たちという意味になります。

 そして地域通貨の発行額ですが、基本的に見本市でみんなが売買する金額をもとに決めるようです。メキシコシティでの場合、見本市で1人あたりの取引額が約700ペソ(約3930円)であることから、これよりもちょっと少ない500ペソ(約2810円)相当の地域通貨を、加入時に会員に渡しているようです。メキシコと日本の物価差を考えた場合、日本でいうなら5000円~6000円相当になるでしょう。なお、定期的に地域通貨は発行額が回収されるため、最終的には売買のバランスを取る必要があるといえます。

 とはいえ、見本市では以下のように、避けるべき状況もあります。

  • 中古の商品ばかり
  • 供給の商品にあまりバラエティがない
  • 人気のある商品を提供する数名だけに地域通貨が集中
  • プロシューマーが地域通貨の受け取りを拒否
  • その他の社会的取り組み(消費者生協、信用組合など)に気を取られて地域通貨が重要性を喪失
  • 会議に参加する時間がない

 さらに地域通貨に関連して、誰かが破産しないと持続しない現在の通貨システムを理解してもらう、子どもの頃に楽しんだと思われるいす取りゲームや、地域通貨ゲーム(銀行家が現れて1000円札を10枚貸すことでみんなが通貨を通じた取引を始められるようになる一方、「銀行家は利子を取らないといけないので11枚返してください」というと途端にみんなの行動が変わるようになる)も行われます。

 以下、地域通貨の専門家としての立場から、コメントしたいと思います。

 地域通貨の利用を一般の人に受け入れてもらうには、その地域通貨の価値を理解してもらわなければなりません。その方法の一つとして、このマニュアルで紹介されているような形でその社会的・道義的価値を伝えるというものもありますが、もう一つの方法としては、何らかの形で経済的なメリットを参加者に提供し(たとえば1000円札1枚で1050円相当の地域通貨を手に入れられるようにしたり、地域通貨建てであれば融資が安く受けられるようにしたりする)、それにより利用者を増やすというものがあります。ただこの場合は、地域通貨そのものの社会的・道義的な価値よりも、地域通貨を使うことによる金銭的メリットに関心が行くため、地域通貨の利用者間でのモチベーションが低いままであることは確かです。

 また、地域通貨の発行方法ですが、参加者に一定額を支給する以外にも、地域通貨を発行する倉庫を作って、そこに食品などの商品を持ってきた人に、その品物に相当する額の地域通貨を発行するという方法もあります。この場合、前述のように一定期間ごとに地域通貨を返却することで、使い過ぎを防止するという必要がなくなり、あくまでもプロシューマーが倉庫に預ける商品が通貨の基盤となります。さらに、メキシコのモデルでは地域通貨は印刷して発行するものとなっていますが、日本などスマホが普及している国では、スマホのアプリで残高を確認できるようにしてもよいでしょう。

 とはいえ、私の経験からすると、オンラインのシステムだけの地域通貨はあまりうまく行かず、やはり先ほどの動画で紹介されているような見本市を定期的に開催して、地域通貨の関係者が直接顔を合わせる場面も必要であるように思われます。いくら私たちがオンライン取引に慣れているとはいえ、直接会うことで信頼を築き上げ、さらなる取引につなげてゆくことは、特に地域に根差した実践活動の場合には欠かせないといえるでしょう。

 このマニュアルは、地域通貨そのものの導入よりも、地域通貨を導入するうえでの心構えが中心になっているものですが、日本の皆さんの実践のご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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