最近、現在の通貨制度を揺るがしかねないさまざまなニュースが報道されています。ユーロ圏内のイタリア政府が発行を検討しているMini-Bot(英語)、ブラジルとアルゼンチンの統一通貨構想(日本語記事)、西アフリカ諸国15か国の間で来年導入予定の統一通貨ECO(日本語版記事)、Facebook主導で来年にも導入が予定される仮想通貨リブラ(日本語版)のように、新通貨関係のニュースが数多くマスコミを騒がせています。これらのニュースについて、できるだけ政治的な意味合いを除外したうえで、これらのニュースが今後の世界に与える影響を、特に経済的な面から検討してみたいと思います。
 私個人は地域通貨に20年ほど取り組んでおり、このあたりの通貨制度の話にはある程度詳しいつもりですが、一般の方が法定通貨以外の通貨に関心を持ったきっかけは、ブロックチェーンの技術を用いた暗号通貨ビットコイン(日本語版あり)だと思われます。ブロックチェーンの技術的詳細については割愛しますが、簡単にいうとネット上でのセキュリティが非常に高く、情報のハッキングやニセ情報への書き換えがほぼ不可能な情報システムであり、この信頼性をもとにナカモト・サトシという人(日本人っぽい名前になっていますが、個人的には英語圏出身者の偽名だと思っています)が発表したこの論文(英語)をもとに、2009年に運用を始めたものです。このビットコインが成功し、その値上がりにより日本でも「億り人」と呼ばれるビットコイン富豪が数多く生まれたことをきっかけとして、同様の技術を使ったイーサリアム(英語)などさまざまな暗号通貨が発行されるようになり、経済ニュースを賑わせているのは皆さんもご存じの通りだと思います。

ビットコインのロゴ

ビットコインのロゴ

 私自身がIT関係者ではないこともあり、個人的には、新しい通貨がブロックチェーンを使っているかどうかという点についてはあまり関心がありません。ブロックチェーンはあくまでも情報技術の一つであり、それ自体が通貨創造と直接関係しているわけではありません(わかりやすく例えるなら、東京から名古屋への移動で新幹線は便利だが、新幹線以外の移動手段もある以上、新幹線は絶対的な存在ではない。ブロックチェーンにこだわっている人は、新幹線を絶対視し、それ以外の移動手段を無視する人のように思えるが、私にとって関心があるのは東京から名古屋に移動することであり、その移動手段として飛行機、新幹線、在来線特急、自家用車、バス、在来線列車、自転車、馬車、船や徒歩などさまざまな手段のうちどれであろうが、本質的な問題ではない)。多少のセキュリティリスクはあるかもしれませんが、現在使われている仮想通貨は全て、例えばどこかのセンターが一元管理することによりブロックチェーン技術を使わなくても運用することができるため(私たちの銀行預金残高を現在管理しているコンピュータのように)、その点でブロックチェーン自体にはあまり魅力を感じないのです。

 それよりも、もともと補完通貨の専門家である私にとって大切に思えるのは、各通貨が何を担保として発行されているかという点です。この点についてはこちらで詳述していますが、基本的に通貨を発行する以上、その価値を担保するものが必要であり、その担保の種類によって通貨の信頼度が変わってくるというものです。この観点から、現在話題となっている各通貨について検討してみたいと思います。

  • ビットコイン: 典型的なフィアット通貨、すなわち担保を持たない通貨であり、その価値は完全に市場価格次第である一方、ビットコインそのものは単なる情報でしかなく、それ以上の価値はない。また、ビットコインはユーザー数に関係なく最大発行量が2100万ビットコインに制限されているが、これによりユーザー数の増加とともにデフレが発生するのではないかという懸念もある。なお、ビットコインについての私の批判はこちらも参照のこと。
  • ペトロ: 米国から経済制裁を受けて苦境に立たされているベネズエラ政府が、同国の豊富な石油資源を担保として2018年2月より発行している仮想通貨。純粋に通貨としてペトロを見た場合、石油という非常に有用な天然資源を担保としていることから信頼性は高いが、ベネズエラ政府の(特に国際財界への)印象の悪さが難点。
  • Mini-BOT(イタリア): 一見ビットコイン同様フィアット通貨に見えるが、典型的な政府信用通貨で、イタリア政府への納税や公共料金支払い手段として使える点が担保となり、同様の例としてはアルゼンチンで1980年代から2000年代初頭に各州が発行した並行通貨が挙げられる(最も有名な例は、ブエノスアイレス州政府が発行したパタコン)。所得税や法人税、付加価値税(日本の消費税に相当)や相続税など諸税に加え、国立大学や国営サービスの利用料金(たとえば国鉄の運賃)に使うこともできることから、国内の事業者が幅広く受け入れ、またユーロ圏諸国を含むイタリア国外では基本的に通用しないことから、イタリア国内の経済活動が刺激されることになる。ただ、過剰発行した場合にはMini-Bot建ての価格がインフレ気味になり、信頼が薄れる可能性がある。
  • ブラジルとアルゼンチンの統一通貨: 南米共同市場(メルコスル)を通じて1990年代以降協力関係を少しずつ深めてきた両国ではあるが、比較的為替相場が安定しているブラジル・レアルと比べて、アルゼンチン・ペソはここ4年で通貨価値が5分の1に下落しており、今の情勢で統一通貨を導入すると、特にアルゼンチン側で経済危機が起こる可能性がある。また、アルゼンチンと比べてブラジルは圧倒的な経済規模を誇っており(サンパウロ州だけでアルゼンチン全国よりも人口・GDP両方を上回り、ブラジルの総人口約2億0900万人はアルゼンチンの約4400万人の5倍近く、GDPはブラジルがアルゼンチンの3倍以上)、ブラジル経済にアルゼンチン経済が吸収されないようにする必要がある。とはいえ、南米諸国は言語的にも文化的にも非常に近いため、将来的には両国のみならず、ウルグアイやパラグアイといったメルコスルの他の加盟国や、チリやコロンビアなど別の南米諸国も加えた上で、南米全体の共存共栄を模索した通貨を導入する可能性は十分あり得る。
  • 西アフリカ統一通貨: 西アフリカ諸国経済共同体(英ECOWAS、仏CEDEAO)に加盟する15か国の間で2020年にも統一通貨ECOを導入しようというもの。このうちセネガルやコートジボワールなど8か国(旧ポルトガル領のギネア・ビサウを除いて旧フランス領諸国)は西アフリカCFAフランにより通貨統合はすでに達成されている一方、今でもフランス政府がCFAフランの管理権を握っており、CFAフラン圏外諸国との間で統一通貨を実現するにはフランス政府との間でかなりの外交的駆け引きが必要になると思われる。また、この15か国の中で最大(この地域のうち、人口では半数強、GDPに至ってはほぼ3分の2を独占)のナイジェリアが他のアフリカ諸国を支配する構造になる可能性があるので、ナイジェリアだけに富が偏らず、西アフリカ全域ができるだけ均衡に豊かになれるような経済政策が不可欠(前述のブラジルとアルゼンチンの統一通貨でも同じことが言えるが)で、来年にも新通貨を導入というのは性急すぎる気がする。さらに、最近アフリカはアフリカ連合を中心とした動きが進んでいるが、西アフリカのみならずアフリカ大陸全体に統一通貨の動きが波及する可能性も否定できない。
  • リブラ: 詳細についてはこちらのホワイトペーパー(日本語)で紹介されているが、これを読む限り、国際的に安定した法定通貨建ての預金や短期国債などを担保にするということで、基本的に新たな通貨創造は行わず、どちらかというと銀行預金を持てない途上国の人向けの、オンライン口座決済システムという側面が強い(米国政府がリブラの開発を中止するよう要請しているという報道があるが、個人的にはそこまでしなくてもいい気がする)。米ドルやユーロなど既存の法定通貨ではなく、リブラという独自の通貨単位になることから、リブラがどれだけ安定しているか、そして必要な際に各地の現地通貨と簡単に交換できるかどうかがカギになるように思われるが、現地通貨(たとえば日本なら日本円)建ての生活に慣れている人にとって、現地通貨換算すると価値が常に変動するリブラ建てで資産を持ちたい人がどれだけいるかは疑問(法定通貨自体が下落傾向にある国でない限り)。また、法定通貨については複数の通貨を使うものと思われるが、米ドル覇権が薄れる中、具体的に(米ドル、ユーロ、人民元、日本円、英ポンド、スイスフランなど)どの通貨をどの割合で保有するのかは興味津々。


動画: Libraの紹介ビデオ(Libra Association制作)

 とはいえ、通貨制度について研究してきた私としては、今までの枠を超える通貨制度がこのように次々と提起されている現状は、非常に興味深いもののように思います。個人的には、法定通貨以外の具体的な商品に担保された通貨に特に関心を持っているため、ペトロ以外に同様の事例が増えることを望んでおり、特に中長期的にはリブラにもそのような担保の導入を検討してもらいたいと思っているところですが、果たしてどうなることか、今後が楽しみです。