パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第53回

社会的連帯経済法マニュアル

 社会的連帯経済国際フォーラム(旧称のモンブラン会議のほうに馴染んでいる方も多いかと思いますが)は、国連や各国政府と協力したりすることも少なくありませんが、最近「社会的連帯経済法向け起草ガイド」という名前のマニュアルを編纂しました。今回はこの法律についてちょっと紹介したいと思います。なお、以前書いたこちらの記事も紹介しますので、ご参考までにお読みください。

同ガイドの表紙(英語版)同ガイドの表紙(英語版)

 社会的連帯経済関係の法律というと、スペインで2011年に可決して以来、ポルトガル、メキシコ(2012年)、エクアドル、フランス(2014年)で可決しており、韓国でも2016年以来審議が続いています(詳細はこちらで)。また、最近ではアフリカでもチュニジアやカメルーン、ジブチといった国で関連法が制定されています。日本の場合は、それこそ今年の施政方針演説で岸田首相がやっと社会的企業を話題に出した程度で、社会的経済という概念を知る人は政府内や霞が関内でも皆無に近い状態かと思いますが、世界の中には社会的経済や連帯経済を法制化して、自国経済の一部として正式に位置づけている国もあるのです。

 この本は、社会的連帯経済という概念が生まれた背景や、これが世界的に広がっている運動である点を叙述することから始めて、社会的連帯経済についてあまり知らない国会議員などに入門的な知識を提供する点から始まっています。社会的連帯経済の定義について今のところ国際的な合意はないものの、このガイドでは「経済的目的と社会的目的の両方を追求し、連帯をはぐくみながら、特定の性格を持った商品・サービスや知識を有する企業や団体、特に協同組合、共済組合、NPO、財団や社会的企業を指す概念」という定義を採用しています。

 このガイドでは、まず各国における社会的連帯経済の現状をまとめて、その後これら全体に共通する価値観や原則を定義することが大切だと説いています。社会的連帯経済の概念自体が西欧(私が思うに特にラテン欧州)文化とつながっているものであるため、日本を含む非西洋世界では各地の伝統文化や現状を観察したうえで、それらを統合する概念を抽出することが肝要なわけです。そして、資本主義の発展とともに、資本家が独占する企業形態への代替案としての協同組合など各種事例が生まれてきたことを言及し、社会的経済や連帯経済という概念が世界的に生まれてきた背景(詳細は、たとえばこちらの過去記事で)や、国連内でタスクフォースが結成された話などを説明し、大陸ごとに異なる現状を説明しています。そんな中で、事例の中に多様性はあるものの、概して以下の価値観が共通していることを説明しています。

  • 人間第一: 資本よりも人間や社会的目的が優越、経営参加
  • 利益追求の制限: 利益を追求する場合には社会還元目的で。
  • 民主的運営: 全員参加を保証、参加と自治の違いに注意、自由意志での入会。
  • 企業の集団保有: 共有、その性質、基金の創設など。
  • 地域社会のための活動: 社会的目的(一般、弱者支援)。

 また、社会的経済と社会的企業、または非営利セクターとの理念的違いも説明されています(民主的運営や利益追求の制限にあまり熱心ではない社会的企業は社会的連帯経済の一員ではないとみなす人も少なくない、また社会的経済と非営利セクターの概念についてはかなり整理が必要)。

国連内の社会的連帯経済タスクフォースのウェブサイト(英語版)国連内の社会的連帯経済タスクフォースのウェブサイト(英語版)

 このように社会的連帯経済の歴史や概念を説明した後、具体的にどのように社会的連帯経済を法令により推進するかが記述されます。法令については憲法、具体的な法律と国際法の3種類があることが記されており、世界で20か国以上(イエメン、フィリピン、ボリビア、台湾、イタリア、コスタリカ、タイなど)が憲法上で協同組合への支援をうたっていたり、各国経済におけるその意義を強調したりしています。法律については、全国法と地方法(日本でいうなら都道府県や市区町村の条例)の両方の可能性がありますが、地方レベルで先行的な条例を通した後、全国法をその方向で制定・改正してゆく戦略が注目されています(アルゼンチンがその好例)。社会的連帯経済の団体の定義については、必ず入る団体(たとえば協同組合やNPO)を規定したうえで、排他的ではなく(すなわち社会的連帯経済と目的を共有している事例であれば含めてゆく)、また各国独自の事例も含められていますが、法律の制定の際に民主的運営と効率や利益追求の制限と経営陣へのモチベーションとのバランス調整、さらにはアフリカや欧州レベルでの社会的連帯経済関係法の調整や国連内での認知も言及されています。

 また、法律の作成にあたっては、社会的連帯経済という枠組みの制定にとどめ、その後別の法律や政策などで具体的な支援を決めてゆく「最小限型」(たとえばケベック州法)と、 具体的な政策などもふんだんに盛り込んだ「最大限型」(たとえばフランス法)の両方があり、それとは別にポルトガルのように詳細な目的を書く国もありますが、このあたりは各国の法制度の習慣により柔軟になることが大切だと述べられています。法律によっては政府全体に社会的連帯経済を推進する責任があると規定するものがありますが、これは政府全体にその責任を自覚させる効果がある一方、具体的にどの部署が何を担当するのかが曖昧になるという問題もあり、社会的連帯経済の諮問委員会についても、その委員構成について各国で違いがあることが指摘されています。

 経済的側面に関しては、社会的連帯経済の構成団体に対する優遇税制、補助金や融資、従業員貯蓄やクラウドファンディングなどの方策もありますが、これらについてはそれぞれ長所と短所があるため、その点については慎重に検討する必要があります。さらに、社会的連帯経済に関する統計(団体数や経済規模など)もきちんと整備する必要があります。

 さて、このような内容をもとに、日本でどのように社会的連帯経済関連の法律を整備できるかについて、いくつか考察点をお届けしたいと思います。

 最初の憲法上における社会的連帯経済の概念導入については、特に日本では難しいと思われます。自民党改憲案が話題になることはありますが、経済については全く触れられておらず、そもそも経済について憲法で取り扱うという発想が日本には希薄です。今後そのような議論が出てくる可能性もゼロではありませんが、少なくても現在時点では改憲により社会的連帯経済の公的認知を求めるのは、現実的とは思えません。

 次に法令の制定ですが、日本の場合社会的連帯経済という概念が浸透し始めている一方、日本国内で社会的連帯経済と見られる事例全てに共通する理念を見出すことは非常に難しいと言わざるを得ません。あえていうなら「社会や環境のためになる経済活動の総称」かもしれませんが、それを言いだすと普通の資本主義経済の事業も社会的連帯経済に含まれかねません。しかし、共通の価値観がないと社会的連帯経済として推進することは非常に難しいので、諸外国の例を参考しながら日本独自の定義を作ってゆく必要があります。とはいえ、前述した人間第一、利益追求の制限、民主的運営、企業の集団保有や地域社会のための活動などの価値観は基本的に国際的に共通しているものですので、このあたりについては日本での法整備の際にも意識する必要はあるかと思われます。

 いきなり日本全国法として社会的連帯経済法を整備するのか、それとも都道府県や市町村による条例としてまず整備し、その後全国法へと発展させてゆくのかについては、両方のアプローチがあると思いますが、国会であれ都道府県議会であれ、党派を超えて議員に幅広い理解を得る必要があります。最小限型か最大限型かについては意見があるでしょうが、そもそも社会的連帯経済という概念そのものが知られていない日本の現状を考えると、その概念そのものを定着する手段として法律や条例を活用することも現実的であり、そのためには欲張らず、最小限型で始めるのが戦略的には正しい気がします。

 そして最後の経済的側面ですが、個人的には補助金の給付については慎重になるべきだと考えています。補助金を出すと、確かにその額に応じて新規事例は増えますが、その補助金が切れると断ち切れてしまう事業も少なくなく、費用対効果が低いといえます。それよりはむしろ、倫理銀行(日本ではNPOバンクがこれに相当)や信用金庫など社会的連帯経済系の金融機関を活用して融資したほうがよいでしょう。金融機関が絡むことで経済的持続可能性の低い事業への融資が抑制され、本当に将来性のある事業だけが選ばれることになるためです。

 このガイドでは、さらに細かいテクニカルな内容もありますが、それについては割愛したいと思います。この要約をお読みになって、ご関心を持った方はぜひ詳細に目を通されることをお勧めいたします。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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