パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第12回

欧州における社会的経済の最新動向

「EUにおける社会的経済の最近の進化」の表紙「EUにおける社会的経済の最近の進化」の表紙

 昨年までの私の連載では、社会的連帯経済について幅広く紹介してきましたが、社会的連帯経済についてはその後も発展が続いており、最近「EUにおける社会的経済の最近の進化」(全文英語版)(要約英語版)と題された報告書が発表されています。今回はこの報告書から、欧州における動向をお伝えしたいと思います。

 EUにおいては、すでに「EUにおける社会的経済」という報告書が2012年に刊行されていますが、本報告書では狭義の社会的経済のみならず、最近登場してきている類似の概念を比較したり、EUレベル、またEU加盟諸国で実践されている各種公共政策を紹介したり、各国経済における社会的経済の割合を示す最新の数字を紹介することが目的となっています。

 社会的経済の概念定義についてですが、EUレベルでの社会的経済連合会により、以下の原則が提示されています。

  • 資本よりも、個人や社会の目的の優越
  • 自主的で開かれた入会資格
  • 組合員・会員による民主的な運営(組合員や会員のいない財団は例外)
  • 組合員・会員/利用者の利益と一般的な利益との組み合わせ
  • 連帯と責任の原則の擁護および適用
  • 公的機関からの自治運営および独立
  • 余剰金の大部分は、持続可能な開発目的、組合員・会員または一般の利益の追求のために用いられる。

 また、社会的経済自体の定義については、2012年に公表済みの報告書の以下の定義を、そのまま引用しています。

「意思決定と入会資格において自治権があり、商品の生産やサービス、保険や金融の提供により市場を通じて組合員や会員の需要を満たすべく創立され、意思決定権および利益や余剰金の組合員や会員間の配分が、各組合員や会員が拠出した資本金または手数料に直接関連しておらず、1人1票の原則、あるいは全ての出来事が民主的で参加型プロセスにより意思決定される、公式に設立された一連の民間企業。社会的経済には、意思決定と入会資格において自治権があり、公式に設立された一連の民間企業のうち、家庭向けに非市場経済向けサービスを生産し、その生産・管理および融資を行う経済主体が余剰金を接収できないものも含む」

 この報告書では、社会的経済に近い概念を数多く紹介していますが、それについてまとめると以下の通りになります。

  • 非営利セクター: どちらかというとフランス的な影響を受けて成立した社会的経済に対し、英米圏のチャリティを主体として成立した概念(詳細はこちらの記事で)。
  • 連帯経済: 従来の市場経済ではカバーされないさまざまな経済活動をまとめたもの(とこの報告書では書かれている)。社会的経済、特に協同組合やNPOにより実践されるものが多いため、この報告書では社会的経済とそれほど区別はしていない。
  • 社会的企業: 詳しくはこちらの記事を参照していただくとして、社会的経済の一員として正式に認定されいている。
  • 社会的起業家: 社会的企業と非常に似ているコンセプトだが、かつてのチャリティを事業化した英米型の社会的起業家と、協同組合をベースとした大陸欧州型の社会的経済の違いを明確にしている。
  • 共有経済: 共有経済については前回の連載で詳しく取り上げたが、基本的に一般企業が運営している形の共有経済の事例は社会的経済と言えないことではこの報告書も私の記事と同意見。
  • 共有財経済: 詳細はこちらの記事に任せるとして、1株1票の原則の株式会社など資本主義企業も対象となる一方で、価値観という点では社会的経済と共通性があることを認定。
  • 循環型経済: 基本的に資源の再使用を前提とした経済活動の総称。持続可能な経済発展を模索する社会的経済と一定の親和性があることを認める。
  • 企業の社会的責任(CSR): 協同組合の第7原則「コミュニティへの関与」があることから、協同組合はその性質上常にCSRを念頭に置いていることとなる。

 とはいえ、社会的経済に関する制度が国によって大きくことなるEUでは、当然のことながらその認知度にも大きな差があります。スペイン、フランス、ベルギー、ポルトガルとルクセンブルクがその点で進んでいる一方、エストニア、オーストリア、オランダ、クロアチア、スロバキア、チェコ共和国、ドイツ、マルタ、ラトビアやリトアニアにおいてはほとんど認知されておらず、残りの国(イタリア、ギリシャ、北欧諸国、ポーランドなど)はその中間であるということで、全体的にラテン系諸国が進んでいる一方、それ以外の国ではあまり社会的経済が認知されていないことがよくわかります。

 社会的経済についての法律が国レベルで存在するのは、ギリシャ、スペイン、フランス、ポルトガル、ルーマニアの5か国です。基本的にどの法律でも、社会的経済についての範疇を定めたうえで政府による支援政策を規定していますが、ギリシャ法では自然環境についても強調されている一方、ルーマニア法は社会的弱者支援の側面が強くなっており、社会的企業に近いコンセプトとなっています。

 EU各国では社会的経済がかなりの数の雇用を生みだしていますが(EU全体では1362万人、6.3%)、その割合は国によって大きな差があります。一番人口比が多いのはルクセンブルク(9.9%)で、その他オランダ(9.8%)やフランス(9.1%)、ベルギー(9.0%)やイタリア(8.8%)が多い一方で、リトアニア(0.6%)やクロアチア(1.0%)、スロベニア(1.2%)やマルタ(1.3%)、そしてルーマニア(1.7%)では非常に少なくなっていますが、全体的にベネルクスに加え、フランスやフィンランド、スペインやイタリア、そしてオーストリアで割合が高い一方、旧共産圏諸国では割合が低くなる傾向にあると言えます。

 この報告書を読むと、同じEUと言っても地域ごとに社会的経済に対する考え方が大きく違うことがよくわかります。以前の連載で「社会的連帯経済を支えるフランス的価値観とは?」と題した記事を書いたことがありますが、王室が今でも続いている英国が経験主義的な伝統を持ち、あくまでも慣例を重んじたうえで徐々に制度を改善してゆくのに対し、革命により現在の共和国の基盤が確立したフランスでは、普遍的な原則を定めたうえでそれを実践に応用してゆくという大陸合理主義的な考え方が支配的です。これは社会的経済の分野でも強く表れていて、英国では社会的企業という形で、法人格に関わらず社会的な目的で活動している法人をまとめる傾向が強い一方、フランスやその他ラテン諸国では社会的連帯経済という理念をまず確立したうえで、それに該当する法人格の団体をまとめてネットワークしてゆく傾向が強くなっています。

EU加盟国の地図(2019年3月に脱退が予定されている英国を含む)EU加盟国の地図(2019年3月に脱退が予定されている英国を含む)

 また、EUは2004年の拡大(旧東欧諸国など10か国が一斉に加盟)以降、大きな変化を経験していることも強調しておく必要があります。2004年以前の加盟国は西側諸国のみであり、経済発展の中で協同組合など社会的経済の団体も伝統的な経済構造の中でそれなりの存在感を示していますが、旧東欧諸国は1989年の社会主義政権の崩壊を受けて資本主義一本槍的な経済政策を採るところが多く、協同組合については社会主義政権が押し付けた時代遅れなものととらえ忌避される傾向が強く、またNPOなどその他の社会的経済の団体があまり根付いていない傾向にあります。実際、先ほどの雇用に占める割合を見ても、旧東欧諸国の中で最も高いエストニアでも6.2%でEU平均の6.3%に到達しておらず、ハンガリー(5.6%)とチェコ共和国(3.3%)が比較的高いものの、それ以外の国では社会的経済による雇用の割合がまだまだ非常に低いのが実情です。

 社会的経済についてEU全体でまだまだ統一した枠組みが存在しないことから、EU全体における社会的経済の全容把握についてもまだまだ困難を来しているのが実情です。今後EU各地で社会的経済の概念について統一が行われ、それを基盤としてさらなる研究が行われることを祈りたいと思います。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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