パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第49回

アフリカ・ケニアの地域通貨サラフ

 地域通貨というと、大半の事例がヨーロッパや南北アメリカに集中しており、日本や韓国、そして香港などにいくつか事例がある感じですが(韓国のハンバンLETSについて取り上げた先月の記事はこちら)、アフリカでもケニアでは10年以上前から地域通貨の事例が存在し、最近では現地赤十字社の協力も得て新しい事例サラフが育っています。今回はこのサラフについて紹介したいと思います。

 ケニアで地域通貨の推進役となっているのは、米国カリフォルニア州出身のウィル・ラドック氏です。彼は、草の根経済という名前のNGOを立ち上げたうえで、世界各地で行われている地域通貨の実践例の知識をもとにして、バングラ・ペサなどの地域通貨を実践してきましたが、小規模なものにとどまっていました。そのような過去の事例の反省を踏まえて、よりケニア社会の実情に合った地域通貨としてサラフを設計・導入したのです。

サラフについて紹介した動画(英語、一部スワヒリ語)

 サラフ自体はブロックチェーンを使っていますが、その発行や運営の方式は、ビットコインやイーサリアムなど代表的な暗号通貨とは違います。このあたりについて、よく考えてみたいと思います。

 取引所で取引されるものの代表例としては株式がありますが、これは基本的に会社そのものの資産価値(本社ビルの価値、在庫商品の価値、保有する知的所有権の価値など)を発行済みの株数で割ったものです。たとえば、資産価値が10億円の会社があり、100万株発行していたとしましょう。この場合、1株あたりの価値は10億÷100万=1000円となり、株価がこの数字より大きくズレている場合、適正価格へと導かれることになります。もしこの会社の株が1株100円だった場合、1億円出してその会社の株を全部買い占めたうえでその会社の資産を全部売ってしまえば、9億円儲けられることになります。このため、株価は基本的に適正価格へと自動修正されるメカニズムを備えていると言えるでしょう。

 しかし、ビットコインやイーサリアムの場合には、株における発行会社の資産のように、その価値を担保するものが全くありません。確かに市場価格はこれまで一本調子で上昇を続けてきましたが、それは暗号通貨自体に価値があるからというよりも、投機が投機を呼ぶ形で投資家の注文が次々と増えてきたからであり、仮にビットコインと法定通貨の間での売買が全世界で禁止されたら、ビットコインの価値はゼロになってしまうでしょう。実際、中国が暗号通貨を禁止した際には、その価格が大幅に下落しています。17世紀のオランダでは、珍しい色の花をつけるチューリップに対する投機が過熱化し、チューリップの球根が住宅と同じ値段にまで吊り上がった一方、チューリップ人気がなくなると急激に球根の価格が下落し、球根に投棄していた人が多大な資産を失う事態が発生しましたが、ビットコインなど担保を持たない暗号通貨も同じリスクを抱えていると言えます。

 そのような通貨と比べると、サラフはブロックチェーンという技術自体を使っているものの、きちんと担保がある形で発行しています。一例を示すと、ケニアのような国ではさまざまな国際機関などから国際援助を得られる機会がありますが、地域通貨ではなく同国の法定通貨であるケニアシリング建てで援助が行われるため、あっという間に地域からお金が流出してしまい、それほど経済効果を生むことができません。そうではなく、その援助を担保として地域通貨を発行すれば、地域に購買力が残り、それだけ地域経済の振興につながります(キームガウアー型)。地域通貨を使う理由としては、まさにこのような形で地域経済への波及効果を最大化するというものがあるのです。

 また、サラフでは地域の長老などの承認を得ることで、各商店などが地域通貨を発行できるようにしています。たとえば、ある食堂が設備の買い替えで100万円必要になったとしましょう。この場合、サラフの運営に関わっており、その食堂の経営者や経営状態のことをよく知っている長老の判断により、この食堂が100万円ぶんサラフを発行できるかどうかが決まります。発行できる場合、このサラフで設備の買い替え資金を支払うことができる一方、食堂にお客さんが来た場合、少なくとも自分が発行した100万円ぶんまでは、サラフ建てでの支払いを受け入れなければなりません。こうして地域通貨を自分で発行することにより、実質上無担保融資と同じ経済効果が得られるわけです。

 地域通貨の大半は、LETSなどの相互信用型かキームガウアーなどの法定通貨担保型ですが、これらには以下の欠点があります。

  • 相互信用型: 基本的に会員に対して一定額までのマイナス残高を自動的に認めるシステムだが、これによりマイナス残高限度いっぱいまで使った上でとんずらする人が出てくると、システム全体への信頼が崩れかねない。
  • 法定通貨担保型: 当然ながら法定通貨がないと発行できないので、特に法定通貨が不足している貧しい地域では実用的ではない。

 その一方、サラフは担保として法定通貨のみならず、地元商店の商品も受け入れている点が大きく違います。同様の制度としてはアルゼンチン・コルドバ州の地域時間銀行が挙げられますが、アルゼンチンの例では会員が食料や古着など商品をその銀行に預けることで、その商品に見合った額の地域通貨を発行してもらうものでした。たとえばジャガイモを1万円ぶん預けることで1万円ぶんの地域通貨を発行してもらい、これで各種支払いを行う一方、銀行にジャガイモが担保として預けられているので、ジャガイモが必要な人は誰でもこのジャガイモを引き取ることができるというものです。サラフの場合はもう一歩進んで、実際の商品ではなく各商店の決済能力を地域社会が見定めてから地域通貨発行の是非を決めるというものになっていますが、これにより法定通貨なしでも地域通貨が発行できる一方、とんずらも防止できるという長所があります。もちろんその一方で、各商店の信用度を地域社会が審査しなければならないという手間がかかる欠点もありますが、地域社会の自主運営を重視する立場であれば、これは不可欠な手続きだと言えるでしょう。

 また、ケニアについては、いわゆる途上国である一方、電子通貨については世界的に進んだ国であることも特筆する必要があるでしょう。現地では今でも、日本でいうところのガラケーを使う人が少なくありませんが、そのような状況に対応し、ガラケーでも(そしてもちろんスマホでも)使える電子通貨が以前から存在しており、これによりたとえば首都ナイロビなど同国の都市部で仕事をしてお金を貯めた人が、故郷に住む家族に送金したりすることができるようになっています。途上国では、特に低所得者層の間で銀行口座を持たない人が少なくありませんが、そういう人でもこの制度を通じてお金のやり取りができるようになっているのです。このように電子通貨に慣れている国民性のおかげで、ブロックチェーン基盤の電子地域通貨の導入もやりやすかったと言えるでしょう。

ケニアで一般的な、ガラケーによる送金について紹介する動画(英語)

 さらに、ケニアにおける成功について語る場合、ケニア赤十字社の協力も大きな要因であるということができるでしょう。赤十字社というと医療活動を行う団体というイメージが強いですが、国によっては医療分野に限らず、各種社会奉仕事業の運営も行っており、また当然のことながら信頼のおける団体として、各国において重要な存在感を発揮しています。このような赤十字社と提携し、同社のボランティアが地域通貨の運営や普及などの活動にもあたることで、地域通貨に対する信頼を醸成しているのです。このような成功のおかげで、同じアフリカでもカメルーンで同様のシステムの導入に向けて準備が進んでいます。

 日本では半ば忘れ去られた存在になっている地域通貨ですが、諸外国ではこのように新たな発展を遂げています。日本の関係者にもご参考になれば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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