パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第45回

社会的連帯経済においてアジアとラテン世界の対話を活発にするには

 前回の記事では、文化人類学的な観点から社会的連帯経済へのラテン的アプローチと儒教的アプローチの違いや、社会的連帯経済の推進における内なる敵、すなわち社会的連帯経済の価値観と合致しない内なる抑圧者性などについてお届けしましたが、今回は世界的な枠組みで社会的連帯経済をとらえる際に重要になるラテン世界とアジア諸国との関係構築の難しさや、その難しさを克服する方法論について紹介してゆきたいと思います。

 ラテン世界とアジア諸国は、確かに地理的にも文化的にも離れており、一般的にそれほど濃密な交流関係があるとは言えません。とはいえ、全く関係がないわけではなく、たとえばアジア太平洋経済協力(APEC)では中南米からも太平洋に面している国、具体的には北からメキシコ、ペルーとチリが参加しており、実際にこれら3か国で首脳会合が開催されたこともあります。また、コロンビアも加盟の意思を表明しています。

APEC加盟国(出典: ウィキペディア)APEC加盟国(出典: ウィキペディア)

 しかし、APECはあくまでも財界の意向を受けて各国政府が自由貿易を進める交渉を行う場所であり、社会的連帯経済における各地の協力関係の強化を意図したものではありません。社会的連帯経済の面で本当に協力関係を築きたいのであれば、それに見合った場所が必要となります。

 また、社会的連帯経済系の国際会議では通常、英語・フランス語そしてスペイン語の3言語が公用語となっており(それ以外の言語が公用語の国で開催される場合、地元言語を合わせた4言語)、3言語主義が実質上の標準となっていますが、これは日本のみならず、アジアにとってかなり不利な状況です。特に、ブラジルやアフリカの一部の国で使われているポルトガル語がスペイン語に非常に似ていることから、南北アメリカやアフリカではほとんどの国がこの3言語でカバーできますが(アフリカには地元言語が数多くあるが、ほとんどの国で英語、フランス語かポルトガル語が公用語になっており、特に高学歴層の人にはこれらの言語が通じる)、この3言語主義に対応できるアジアの国はインド亜大陸とフィリピン、マレーシアやシンガポールぐらいであり、残りの国は基本的に取り残されているのが現状です。各国の言語状況(赤: 3言語のうちいずれかが公用語、青: その他ラテン系言語が公用語、ピンク: 英語が通じやすい、グレー: 3言語だけではカバー不可能)を塗り分けた地図を以下紹介しますが、日本のみならずアジア諸国が取り残されやすい現状がお判りになるかと思います。

3言語主義による世界のカバー状況3言語主義による世界のカバー状況

 もちろん、日本などグレーの国にも、英語など上記3言語が得意な人もいますが、そういう人たちは基本的に現場の活動家というよりも大学教授や行政関係者などであり、アジア各地の現場の声が国際会議にはなかなか反映されない構図があります。中南米やアフリカ、ラテン欧州から来る現場の活動家と、アジア諸国から来る大学教授や行政関係者などでは、どうしても置かれた状況が違うため、言語の壁を抜きにしても深い交流関係を築きにくいのが実情です。また、一応英語も公用語となっていますが、社会的連帯経済自体が西洋世界の中でもラテン系諸国で盛んであることから英語だけでは不十分で、フランス語やスペイン語を使いこなしてラテン系諸言語で書かれた文献を読みこなしたり、国際的な人脈関係を作ったりする必要があります(語学についての考察はこちらで)。

 また、言語については、実際にどの国で何語が使われているかということもですが、そもそも何語を国際交流の場で使うべきかという思想においても、ラテン世界とアジアの間で見解が大幅に異なっていることも確かです。以下、図にまとめてみましたのでご覧ください。

表

 日本からはラテン系世界は非常に遠い世界ですが、ヨーロッパでは南欧(ギリシャ除く)やフランスなどが、アフリカでは西アフリカ諸国などが、そしてアメリカ大陸ではケベックと、メキシコ以南の大半がラテン系言語の世界であり、西洋に限るとラテン系言語は今でも、英語などゲルマン系諸言語に引けを取らない存在感を誇っています。その一方でアジアではロマンス系言語が公用語の国はほとんどなく(東ティモールと中国のマカオでポルトガル語が公用語になっている程度)、旧フランス領(ベトナム・カンボジア・ラオス)や旧スペイン領(フィリピンなど)の国々でもフランス語やスペイン語はほとんど使われなくなっており、アジアに限ると国際会議では英語のみというのが一般的です。

ラテン系言語が公用語となっている国の一覧ラテン系言語が公用語となっている国の一覧

 また、このような言語圏から、ラテン世界出身者はロマンス系諸言語が通じるラテン系諸国との交流に積極的である一方、英語圏やアジアへの関心が低く、その一方でアジア人にとっては西洋=アングロサクソンであり、ラテン系諸国は西洋の中でも主流から外れた存在でしかないことも挙げられます。一般的なアジア人にとってラテン世界は、サッカーなど一部の分野を除いて関心領域外であり、ラテン人にとってのアジアも同様であるため、そもそも交流しようという気になかなかなれない現実があるのです。

 アジアとラテン世界の交流の促進にあたっては数々の障害がありますが、そんな中において最も注目されるのは、韓国のソウル市役所が2013年に始めたGSEF(グローバル社会的経済フォーラム、ジーセフ)でしょう。このフォーラムはその創設の経緯から、当然ながら他のフォーラムと比べるとソウルなど韓国からの参加者が非常に多く、また社会的連帯経済を推進する会(旧称ソウル宣言の会)を通じて日本からの参加者も多いことから、他の国際会議と違って日本語、または韓国語しかできない人でも比較的気軽に参加することができます。もちろん渡航費などはかなり嵩みますが、それでも言語の壁があまりない国際会議という点では、日本人や韓国人にとって非常に魅力的であることは確かでしょう。

スペイン・ビルバオ市で2018年10月に開催された第4回GSEFの模様
スペイン・ビルバオ市で2018年10月に開催された第4回GSEFの模様(出典: 公式サイト)


 とはいえ、GSEFで使えるアジア系言語は日本語と韓国語だけであり、それ以外のことば(たとえば中国語やタイ語、インドネシア語)を母語とし、英語が苦手な人にとっては、GSEFでさえも非常に参加し辛いものとなっています。このため、本気で社会的連帯経済を世界の各地で伝えてゆくのであれば、前述の3言語主義ではカバーされない地域の主要言語(特に話者人口が多いか、活発な事例が多い地域の言語: 具体的には日本語と韓国語に加え、中国語、ロシア語、アラビア語、トルコ語、タイ語、インドネシア語、ベトナム語など10言語程度)でも積極的に情報提供を行い、そもそも社会的連帯経済というコンセプトが存在することや、世界各地にかかる事例があることを、世界津々浦々に伝えてゆくことが欠かせません。

 この点で個人的に提案したいのは、社会的連帯経済に関する基本情報やニューズレターなどを、3言語だけではなく前述の主要言語でも刊行し、英仏西の3言語が苦手な人にもきめ細かい配慮をすることです。社会的連帯経済の基本的理念の一つには社会的包摂がありますが、現在の3言語主義では疎外されたままの人たちがまだまだ多い以上、彼らを積極的に包摂する姿勢を見せることが、世界津々浦々への広がりを進めるうえで欠かせないと言えます。10言語ほどに翻訳してニューズレターを発行すると、翻訳費用として日本円で年間数百万円程度発生しますが、ラテン世界と英語圏だけに閉じるのではなく、他の世界とのつながりをも広げて行くなら、そのぐらいの費用を何らかの形で工面できる体制を作る必要があると思います。

 GSEFについては私も2018年に参加しましたが、正直なところ分科会では事例発表に終始しており、今後の交流に向けた具体的な話し合いが行われている感じは受けませんでした。確かに事例発表も大切ですが、折角世界各地から様々な人たちが集まる場所であることを考えると、単に事例発表に終始するのではなく(それが目的なら、むしろ出版物を共同制作したほうが効率的)、参加者が一緒に提案を作ってゆくワークショップ(たとえば社会的企業の運営方法について各国からの参加者が自分たちの国の状況を発表する方式)をやったりしたり、言語のみならず社会や経済などさまざまな状況が違う国々の間でどのような協力関係が可能か模索したりすることのほうが重要な気がします。

 また、この点で個人的にお勧めしたいのが、パワーポイントの発表を動画化してYoutubeにアップロードするというものです(パワーポイントの動画化についてはこちらで)。Youtubeに動画をアップしてしばらくすると(動画の長さの10~12倍ぐらい、たとえば10分の動画なら2時間後ぐらい)自動的に字幕が表示されるようになりますが、この動画の設定をちょっといじることで、字幕を諸外国語に翻訳することができます。実際この機能を使って私自身も、昨年に完成したドキュメンタリー「バルセロナの連帯経済」を、実に60以上もの言語に翻訳しています。もちろん機械翻訳ですので翻訳が間違っている部分もたくさんあると思いますが、それでもアルバニア語やアムハラ語(エチオピアの公用語)、ビルマ語やインドネシア語、カザフ語やロシア語、タイ語やベトナム語など、私自身では手に負えない言語であっても、ある程度メッセージを伝える手段としてYoutubeは非常に有効です。この手法を使って、日本国内の興味深い事例についても発表ビデオを作って、諸外国の人に積極的に紹介することができます。

Youtubeで字幕を作成する方法について紹介した動画(日本語版字幕あり)

 この際に注意してほしいのは、パワーポイントのナレーションを作る場合、日本人向けに日本語で話すのと、日本語がわからない人向けに自動翻訳を通じて話すのとは勝手が違うという点です。例えば、年号(例: 昭和45年)や時代区分(例: 江戸時代)、諸外国ではあまり有名ではない地名などについては外国人向けの発表では使わず、西暦(上記の例なら1970年)や世紀(たとえば18世紀)のように外国人にもわかりやすい表現に置き換えたり、地名については地図を出して説明したり(たとえば高知の人が発表する場合、パワポで日本地図を出して、東京や京都など諸外国でも知られた街の位置を示したうえで高知の場所を出す)する必要があります。

 さらに、日本のことをよく知らない人向けに発表する場合、文字や口頭での説明に頼るのではなく、できるだけ写真や動画を最大限に活用して、視覚的に理解してもらうことが大切です。日本の風習や生活を知らない人にもわかってもらえるよう、できるだけ臨場感いっぱいのプレゼンを準備することで、発表者に親しんでもらい、中長期的な国際関係を築く礎にすると、国際会議をきっかけとした事例の交流や日頃からの相互学習の重要度がさらに増すはずです。

 アジアとラテン世界は、地理的距離や言語面のみならず、社会的連帯経済を支える思想的背景においても大きな違いがあり、その交流の推進は並大抵のことではありません。しかし、本気で「もう一つの世界」を作りたいのであれば、アジア人だけ、またはラテン人だけで固まるのではなく、アジア人とラテン人が混ざった形で作業部会を立ち上げたり、日頃からオンライン交流の機会を持ったりなどしてお互いのことを深く知ることが欠かせません。本稿がそのような異文化交流のお役に立てれば、筆者としては幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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