北京の胡同から

第06回

拆遷公司との戦い・後編

 もっとも、3カ月後に再会した栗屋の主人の声には、神経戦に抵っていた当時とはまるで違う明るさがあった。その話によると、当時、突然警察が現れ、栗屋の一家を全員連行した。外部の人と連絡をとる余裕など一切なく、貴重品であるパソコンを含む家財道具一切も家に残したままだった。

 そのまま昌平区の留置所に運ばれ、携帯電話を含む所持品をすべて取り上げられた上で、12日間監禁されたという。
 だが釈放後、それまで「仮の滞在場所」としてしか認められていなかった鼓楼付近の大通り沿いの家屋の所有権が認められ、10月には移転して栗屋の営業を再開。同月20日には正式な「房産証」を獲得する。実は拘束当時、秘密裏で交渉が行われ、この「房産証」を渡す交換条件として、留置所での12日間の拘留、及び表面上は「強制撤去」の形をとることが要求されたのだった。
 確かに、今回の取り壊し騒ぎの影響力の大きさを考えれば、当局としても、形式上は強制撤去の形をとるしかなかったのであろう。そして、国内外、特に欧米や日本のメディアを盾に反抗を続ける栗屋を前に、苦肉の策として「表向きは強制撤去、その実は妥協」という解決策をとったのに違いない。

「とうとう、勝利したのですね」と問いかける私に、「ええ、条件はまあまあ納得できるものなので、そうだと言えますね」と主人は答えた。

烟花脚印 今年のオリンピックの開幕式で最も活躍した現代アート作家は、恐らく蔡国強氏だろう。開会式ではその企画した花火パフォーマンスが華々しく繰り広げられ、同時期、中国を代表する美術館である中国美術館でも、蔡国強氏の個展を開催。足を運んだ筆者は、花火を多用したその作品のスケール感に息を呑んだものだった。
 開幕式当日、足跡型の火花が、永定門から鳥の巣スタジアムへと続く北京の中軸線上を走った一瞬、筆者も地安門付近で頭上を駆け抜けるその足跡を見上げた。もっともその一瞬は、その足跡が「踏み潰したもの」にも、心を痛めていたのだった。
だがこのたび分かったのは、その「踏み潰された」と思っていたものが、意外にもしたたかに再起していたこと。小さな店の大きな抗い。それは筆者の心に温かい聖火のように映ったのだった。

コラムニスト
多田 麻美
フリーのライター、翻訳者。1973年静岡県出身。京都大学で中国文学を専攻後、北京外国語大学のロシア語学科に留学。16年半の北京生活を経て、2018年よりロシアのイルクーツクへ。中国やロシアの文化・芸術関係の記事やラジオでのレポートなどを手がける。著書に『老北京の胡同』(晶文社)、『映画と歩む、新世紀の中国』(晶文社)、『中国 古鎮をめぐり、老街をあるく』(亜紀書房)、『シベリアのビートルズ──イルクーツクで暮らす』(2022年、亜紀書房刊)。訳著に王軍著『北京再造』(集広舎)、劉一達著、『乾隆帝の幻玉』(中央公論新社刊)など。共著には『北京探訪』(愛育社)、『北京を知るための52章』(明石書店)など。
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