BOOKレビュー

書評『グッバイ・チャイナドリーム』

グッバイ、チャイナドリーム

書名:グッバイ、チャイナドリーム
副題:米国が中国への夢から覚めるとき 日本は今尚その夢にまどろむのか
著者:竜口英幸
発行:集広舎/四六判/並製/351頁
価格:本体2,200円+税
発売予定日:2022年1月20日
ISBN:978-4-86735-023-2 C0022
⇩お好みのオンラインストアにてご予約できます
版元ドットコムで購入

米中対立といかに向き合うか 歴史と同時代史との対話のなかで

松本はる香(「週刊読書人」2022年04月08日より)

 いまや米中関係は歴史的な転換期を迎えている。トランプ政権の誕生以来、米中貿易戦争にみられように、両国の関係は急速に悪化した。アメリカは中国政策の見直しを迫られている。2021年7月、ポンぺオ国務長官(当時)がニクソン大統領図書館で演説を行い、「習近平国家主席は、破錠した全体主義イデオロギーの信奉者」である、「中国は共産主義のもとで世界の覇権を狙っている」としたうえで、もはや米中対立は不可避であると発言した。それとともにポンぺオは、従来のアメリカの中国に対する関与(エンゲージメント)政策が誤りであったと断言した。その後、アメリカでは政権交代が起って、新たにバイデン政権が誕生したが、中国に対する強硬な姿勢は引き継がれている。

 本書は、そうした最近の米中関係の動きを踏まえつつ、アメリカの歴史を幅広く縦横無尽に描き出している。米中関係を多様な角度から、さまざまな歴史的エピソードを織り込みながら、比較的自由なスタイルで論じる本書の主な内容について紹介してみたい。

 前半の第1章から第7章では、建国以来のアメリカの歴史が、初代大統領であるジョージ・ワシントンに始まり、その後の南北戦争を経て奴隷化法宣言を行ったリンカーン大統領、そして、ルーズヴェルト大統領、トルーマン大統領などの時代に焦点が当てられている。そこには、第二次世界大戦や冷戦下の米ソ関係、国共内戦といった、さまざまなエピソードが盛り込まれている。とりわけ、黒人奴隷解放宣下以降、19世紀から20世紀にかけてアメリカに入ってきた、クーリー(苦力)呼ばれる中国系やインド系などの移民や出稼ぎの下級労働者の流入の歴史に焦点が当てられている。奴隷解放宣言後、アメリカではもはや黒人奴隷貿易の再現は許されなかったことから、労働不足を補うために、アジアから来た大量のクーリーを酷使するようになっていた。このように、アメリカにおける有色人種に対する差別的な待遇は続いたとった矛盾や負の側面が示唆されている。

 第8章から第9章は、同時代史な視点に移り、中国政治や米中関係と台湾問題などに焦点が当てられている。そこでは、中国が改革開放には成功したものの、政治的改革には着手しなかったため、後世の指導者として、習近平という「鬼っ子」を生んでしまったことが指摘されている。そして、習近平が、2021年の政治的に重要な節目の年に、共産党結党100周年や「歴史決議」によって、歴史を総括する絶好の機会を手に入れてしまったがために、それを最大限利用して、個人独裁の布石を着々と敷こうとしている、という、いまの中国の憂うべき現状への懸念が綴られている。

 また、いままさに行われているロシアのウクライナ侵攻という悪夢に先行するかたちで、2014年に実際に起きた、戦略的要衛であるクリミア半島へのロシアの侵攻の過程にも焦点が当てられている。ロシアのクリミア侵攻を辿りつつ、中国の台湾侵攻のシナリオにいかに当てはめることができるかが、著者独自の視点で考察されているくだりは興味深い。

 本書の『グッバイ、チャイナドリーム』という挑発的かつ魅力的なタイトルからすると、アメリカの中国文化に対する憧憬が、いつしか失望に変化して、その後いかにして今日の米中対立に結びついていったのかといったことが、全体を通底する大きなテーマとなっているようだ。このような着眼点は非常に重要であるが、その辺りについて、本書はやや未消化な部分がある感は否めない。その答えを探るひとつの鍵となるのが、アメリカの対中関与政策の変遷を辿ることなのかもしれない。

 さらに、サブタイトルの「米国が中国への夢から覚めるとき 日本は今尚その夢にまどろむのか」も刺激的な問題提起である。日中関係は米中関係の従属変数にすぎないのであろうか。この古くて新しい問いは、われわれ日本人にとって重要であろう。なるほど、昨今の「米中新冷戦」的な状況にも関わらず、いまだに中国とどう向き合っていくか決めかねている、ややナイーブな日本の外交に警鐘を鳴らそうとしているのだろうか。

(まつもと・はるか=ジェトロ・アジア経済研究所主任研究員・中国外交)

関連記事