BOOKレビュー

書評/写真集『造船記』野田雅也著

『造船記』書影

書名:造船記
著者:野田雅也
発行:集広舎
造本設計:玉川祐治
英文翻訳:Tomas Lea
発売予定日:2023年03月11日
判型:B5判/並製/240頁
価格:本体3,500円+税
ISBN:978-4-86735-045-4 C0072
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漁師は魚を獲ることで、船大工は船を作ることでしか生きていけない

 岩手県大槌町は津波被害によって壊滅してしまった。2011年(平成23)3月11日午後2時46分に起きた地震によってである。
 本書は、いわゆる東日本大震災によって家族も家も職場も失いながら、辛うじて生き残った人々が、その後をどうやって生きてきたのかの記録写真集。とりわけ、岩手県大槌町は漁業によって生活の糧を得てきただけに、漁船の修復に携わった船大工の姿は大槌町の復興の姿に重なる。カメラマンでもある著者は、震災から10年余の期間、現地で取材を続けた。その1枚1枚が、記憶に残るものだが、これは、復興の全貌のほんの一部でしかない。1ページ、1ページ、写真と日本語キャプションを読み進む。時折、こういった表現を英語ではなんと言うのか……と思い、英文のキャプションから単語を拾い上げる。
 津波に吸い込まれる寸前、妻はすがるように夫を呼ぶ。「あんた!」
 これを英語では「You!」とする。
 永年連れ添った夫婦は、「おまえ」「あんた」で互いを呼んでいたのだろうが、英語での「You!」では色気は表現しがたい。渋みも深みも感じない。しかし、真実を捕らえた写真が言葉のモヤモヤを吹き飛ばす。「あんた!」は「You!」。しかし、現実の1枚が深いドラマを想起させる。
 240頁弱の写真集では、震災後の10年余のすべてを伝えるのは難しい。けれども、船大工たちは、黙々と被災した漁船を修復していく。流木を削り、瓦礫の山から部材を作り、エンジン、船体を修理していく。やがて、それらの漁船が漁場から鮭を港に持ち帰り、魚市場で競りにかけられる。いつもの風景を取り戻すために、黙々と、自らの作業を進めるだけだ。しかし、52頁の山崎力さん(当時56歳)の写真、キャプションは言葉を失う。深いシワに刻まれた笑顔だが、歯がボロボロと欠けている。辛うじて生き残ったにも関わらず、山崎さんの兄は前途に希望を見いだせず自死。酷な一枚だ。
 それでも漁業で生きてきた人々は、この地を離れない。巨大な防潮堤、かさ上げされた旧市街。山を削っての住宅建設。祭りも復活して、いつもの風景に戻ろうとしている。人々は何かに夢中になる事で、震災を忘れようとしているのだ。
 『造船記』。船を造る記録写真集。船を造ることで、夢中になることで、船大工たちは思いもかけない海の仕打ちを消し去ろうとしている。海とともに生きる人々は、本能として襲来した危難を消し去る術を知っているのか……。
 地震とともに津波が襲来したこと。その自然の仕業に黙々と対峙する人々。後世に繋ぎたい記録だ。

令和6年(2024)2月2日
(一社)もっと自分の町を知ろう
浦辺登(評)

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