BOOKレビュー

書評『伊藤半次の絵手紙』

後世に伝えるべき一冊から

伊藤半次の絵手紙『伊藤半次の絵手紙』

 伊藤半次の絵手紙については、すでに多くのメディアで紹介され、編著者であり伊藤半次の孫にあたる伊藤博文氏(初代首相と同姓同名)によって絵手紙集も出版された。故に、大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)の戦記、原爆、空襲体験、大陸や半島からの引揚体験集と同類に見えるかもしれない。しかし、本書の特異な点は、伊藤半次(1913~45、大正2~昭和20)が、兵役にある約5年間、家族に宛てた手紙がおよそ400通にのぼり、それが絵手紙という異例の手法で占められているということだ。

 昭和15年(1940)9月、27歳にして徴兵された伊藤半次は、実にこまめに家族へ手紙を送った。その一つ一つを読み進むと、写真とは異なる時代の風景、光景が浮かび上がる。夫婦間の立ち入った私生活については、符丁とも暗号ともいうべき単語で互いの気持ちを通じ合わせる。そこからは、几帳面、気配り、良い意味での忖度の働く伊藤半次の人物像が見えてくる。四角四面、融通の利かない軍隊においても、上官、同僚への心配りを怠らず、さすが博多商人ともいうべき手練手管を発揮する伊藤半次だった。

 提灯屋の主であった伊藤半次は、絵を描くことはプロ。このプロの腕が、見事に軍隊で重宝された。では、なぜ、その絵を描く技術が家族に宛てての絵手紙になったのか……。不思議だった。第3章65ページ、71ページにその真相を発見した時、「ナルホド!」と合点がいったのだった。更に、軍隊には検閲がつきものだが、全てにおいて合格。その背後関係も絵手紙の腕があったればこそだった。

 ただ、発信年月日順に絵手紙が並んでいるが、徐々に徐々に、戦況が厳しくなっていく様子が窺える。最後の任地である沖縄からの手紙は、わずかに3通しか家族の手もとに届かなかった。博多に残した家族、特に妻との再会は叶ったのか……。その結果は、全7章のどこかに潜んでいるので、探求していただきたい。260ページ余に及ぶ絵手紙集だが、絵手紙から見透かせる体験だからこそ、読み手を飽きさせない。

 家族を案ずる絵手紙で占められる本書だが、文面のそこここから当時の物価を知ることができる。その意味からも、この絵手紙集は貴重な資料といえる。ただただ、よくぞ、この貴重な絵手紙を遺してくれたものと伊藤半次の妻禮子に感謝しつつ、その全てを公開してくれた編著者の覚悟にも敬意を表したい。

 巻末には、編著者が遭遇した不思議なつながりが記録されている。誰もが記憶にも留めないような事々から、次第に判明していく事実。その履歴を追うと、もはや、目に見えない方々によって本書は完成したといっても過言ではない。
 果たして、私たちは、この1冊から何をきづき、何を後世に伝えなければならないか。考えることは多い。

浦辺 登
令和3年(2021)11月18日

◇ ◇ ◇
伊藤半次の絵手紙

書名:伊藤半次の絵手紙
副題:戦地から愛のメッセージ
編著者:伊藤博文
発行:集広舎(2021年08月15日)
判型:ムック(B5判)/並製/272ページ
価格:2,000円+税
ISBN:978-4-86735-015-7 C0095
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