BOOKレビュー

書評:『日中戦争と中国の抗戦』

日中戦争と中国の抗戦 山東抗日根拠地を中心に

書名:日中戦争と中国の抗戦
副題:山東抗日根拠地を中心に
著者:馬場毅
発行:集広舎(2021年04月15日)
判型:A5判/上製/477ページ
価格:6,200円+税
ISBN:978-4-86735-008-9 C3022
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中国共産党軍に使役される農民たちが実に哀れ

 本書の表題にある「日中戦争」だが、29ページに示される「山東抗日根拠地形勢図」(1940年頃)の青島、徐州、済南、威海衛、天津、塘沽という山東地域での紛争についての記録である。

 当初、旧日本軍による残虐な「侵略」戦争の実録かと思いきや、そうではない。複雑怪奇に入り組んだ中国の権力闘争を述べた内容だった。本書の第一部は「山東抗日根拠地と八路軍の発展」、第二部は「山東抗日根拠地の抗戦力強化政策および日本軍の対策」として全九章で構成されている。450ページ余、巻末には人名録、事項録を備える大部の資料集とでもいうべき一書。本書の「はじめに」の10ページに、中国側の資料開示を拒否する件が出ている。著者は入手可能な資料を駆使して本書を記述した。戦争記録として見落としがちな物流、経済、通貨の問題に至るまでを詳細に記録している。本書の強み、価値はここにある。更に、親切なことに、著者は各章に「はじめに」と「おわりに」を記している。このことで、各章の枠組みが頭に入り、熟読の後には、振り返りができるようになっている。

 そもそも、日本軍が、なぜ、中国大陸に駐屯したのかは、邦人保護からだった。明治33年(1900)、清国(満洲族政権の中国)が日本を含む欧米列強に宣戦布告をした。いわゆる「北清事変」とも「義和団の変」とも呼ばれる戦争だが、講和条約締結の条件として邦人保護を目的とする日本軍の駐屯となった。そして、満洲を占領し、植民地化するロシアとの日露戦争に勝利したことから南満洲鉄道の守備隊としての関東軍駐屯となった。この歴史認識は必須である。

 戦争というものに正義は存在しない。本書を読み込んでも分かるが、主義主張、思想の有無に関係なく、武力を背景にした為政者の権力闘争である。それは、共産党軍であれ、国民党軍であれ、日本軍であれ、何ら変わりはない。「謀略」「寝返り」「裏切り」という単語が随所にみられ、日本と中国の戦争としての日中戦争と一括りにすることに、大きな錯誤が存在している。『朝鮮戦争と日本・台湾「侵略:工作』(江崎道朗著、PHP新書)と並行して読み進むと、共産党軍、国民党軍の背後に蠢くコミンテルンの謀略が、いわゆる「日中戦争」ともいえる。

 そんな中、実に哀れなのは、中国の小作農や貧しい階層の人々だ。共産党軍、国民党軍、土匪(ゲリラ)、ゴロツキ、幇(結社)などに恫喝され、搾取され、使役される。日中戦争は日本が英米を中心とする連合国軍に敗れたことで終決。「棚ぼた」勝利でありながら、中国は勝者として日本に歪な歴史を押し付ける。本書は、その歪な歴史認識を覆す資料集である。権力者の中国共産党軍は、小作農、貧民を農兵として駆り出した。その人民の生命を生命とも思わぬ体質が、人民を虫けらの如く踏みつぶした1989年の「天安門事件」へと帰着するのである。

 本書の濃密な内容が評価されるには、半世紀、1世紀の年数を要すると考える。故に、本書は後世のために、タイムカプセルに詰め込まねばならない歴史書なのだ。

浦辺 登
令和3年(2021)6月7日

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