書名:新聞が伝えた通州事件 1937-1945
編集:藤岡信勝、三浦小太郎、石原隆夫、但馬オサム
監修:加瀬英明
発行:集広舎/B5判/上製函入り/551頁
価格:本体9,000円+税
発売予定日:2022年5月25日
ISBN:978-4-86735-031-7 C1531
報復の連鎖を止めるために
本書は昭和12年(1937)7月29日、中国の通州で起きた民間人虐殺事件についての一書。民間人虐殺事件といえば多くの方は日本軍による「南京大虐殺」を想起する。しかし、この通州事件は、中国国民党、中国保安隊、中国人学生らによる民間の日本人に対する虐殺事件である。蒋介石は人道に反する犯罪として絞首刑に処されても異論は無い。ところが、日本を占領した連合国軍によって有耶無耶のうちに封印されたままだった。
平成9年(1997)11月、『天皇さまが泣いてござる』(しらべかんが著、教育社)という一冊の私家版が刊行される。著者は佐賀県基山町にある因通寺という寺院の住職。昭和24年(1949)5月、九州巡行中の昭和天皇が望んで訪ねた寺だ。ここでのエピソードは既知の方も多いので詳細に述べない。しかし、先に述べた通州事件の目撃談が収録されていた。事件当時、支那人(中国人)と結婚して通州にいた佐々木テンさんは残虐な事件現場を目撃。その聞き書きが調住職の手によって記録されていたのだ。
通州事件の全貌については連合国軍による言論封鎖、弾圧、加えてコミンテルンの影響下にある日本人が共産主義教宣活動のため事件を隠蔽。あろうことか、この事件の残虐性を逆に日本軍の仕業としても利用。亡国の民へと導く工作とも知らず、今の今まで、日本人は謝罪と戦時補償に追われていたのだ。本書の編者の一人である石原隆夫氏が事件発生時の1937年(昭和12)から1945年(昭和20)までの朝日、毎日、読売などの新聞記事を検索し、通州事件がどのように日本に伝えられたのかを調べ上げた。540ページにわたる大著ながら、本書の大部分は新聞記事と翻刻で占められる。その一つ、一つを追っていくとあまりの残虐性に憤慨しないほうがおかしい。しかし、当時の日本では在日の中国人に危害を加えるなと勧告し、報復の連鎖を押しとどめていたのだ。
もし、新聞報道が捏造だと見る向きには、526ページからの野嶋剛氏の論考を参考にされるとよい。朝日新聞が総力をあげて戦時報道に邁進していたことに驚く。社機23機、飛行距離50万8975キロ、飛行時間2303時間、飛行回数832回、他に報道用の車両としてトラック、自動車、サイドカーが127台、無線92台、伝書鳩1146羽という陣容である。孫子の兵法に「情報収集に金を惜しむな」というが、驚異的な資金が投入されていたことは想像に難くない。更に、殉職した朝日新聞の従軍記者は靖国神社に合祀されたという。
この通州事件をもって中国への反発、報復を煽る気持ちはない。ただ、今も続くウクライナ紛争の陰に何があるのかが透けて見えはしないだろうか。先の大戦において、日本が謝罪と賠償を繰り返しても、世界各地での紛争は鎮まらない。なにが原因なのか。それを考察するのが本書の目的である。各界を代表する論者が述べる意見を参考に、思考していただきたい。今後も人間の愚かさが続かないためにも、冷静に読み込んで欲しい一冊だ。
令和4年(2022)6月22日(浦辺登)