BOOKレビュー

書評:姫田小夏著『ポストコロナと中国の世界観──覇道を行く中国に揺れる世界と日本』

ポストコロナと中国の世界観

書名:ポストコロナと中国の世界観
副題:覇道を行く中国に揺れる世界と日本
著者:姫田小夏
発行:集広舎(2021年1月)
判型:四六判/並製/366ページ
価格:定価(本体1600円+税)
ISBN978-4-86735-005-8 C0036

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編集室より

2021年5月22日付け『図書新聞』に掲載された愛知大学名誉教授・加々美光行氏による集広舎新刊『ポストコロナと中国の世界観』の書評を、氏の許諾を得て転載いたします。ご高覧ください。

 中国は11年前にGDPで日本を追い越し世界二位の経済大国となった。さらに2020年現在、三位の日本に約三倍に近い差をつけている。またコロナ禍のもと各国経済の多くがマイナス成長となる中、2020年の成長率は世界二位で2.22%のプラス成長となった。
 姫田はこの現代中国をまず「覇道を行く」と表現する。「世界支配の道」という意味だ。その覇道のため時に中国政府は「虚偽・デマ」を公言することも恥じないと言う。近くは一昨年末から昨年1月にかけ武漢市で多数のコロナ患者が市中の病院に殺到した際、同市をロックダウンした時がそうだった。中国のメディアは病院の混乱を報道したが、その直後沈黙し無視した。姫田はそうした作意の基礎に「共産党体制の歪み」があるとする。
 経済の発展、政治の後れ。このネジレこそ1989年6月の天安門「民主化運動」の挫折以来、今日まで31年間続く矛盾だ。
 好調だった中国経済もさすがに昨春、コロナ感染による不況の蔓延下に危機に瀕した。姫田もこの点を意識し、李克強首相が昨年全人代のあとの5月、「地攤(露店)経済」を推奨したとしている。1980年以来の市場経済化の中で正規の「企業経済」から外れた不正規な「個人経済」として露店は一時盛況を極めたが2005年以降、都市景観を乱すとして禁じられた。
 しかし昨年来のコロナ禍による経済悪化に対し、2020年6月1日李克強が追加雇用を生み出すとしてこの露店経済を復活させた。こうした李首相の経済政策に対し習近平共産党総書記が異を唱え「企業経済」の刺激による正規化を主張したと、姫田は紹介している。
 現実には今年2月時点で当局は経済の非正規化と正規化のどちらも否定せず、車の両輪として中国経済の均衡を取るため「露店経済」を維持しようとしている。
 いずれにせよ李克強の強調する「露店経済」は「生活者重視」の政策だった。姫田はこの「生活者重視」から中国流の政治民主化の萌芽が生じたとする。シンガポールの中国学者・鄭永年の言う「民本社会主義」がそれだ。その典型は2019年に中国政府の圧力によって「閉塞」状況となる前の「自由」な香港の社会状況に見ることが出来る。
 1997年7月「返還」以前の英領植民地の香港には普通民主の選挙制度は存在しなかったが、「自由放任」社会があり、大陸から難民が流入する一方、英国の不干渉主義に乗じ今日の繁栄を謳歌した。香港市街の至る所に地攤があり活況を呈した。さらに「返還」当初、中国政府は普通選挙をいずれ実施すると約束し、香港市民はそれに期待を高めた。
 しかし今日の香港は昨年5月の中国全人代で採択された「香港治安維持法」により、それまで「自由放任」下に許された言論・集会の「自由」も制限されるに至った。また1984年の英中共同声明により保障されていた「返還後50年間は『一国二制度』(中国的社会主義と異なる香港的自由制度)を維持する」という約束も反故にされた。
 こうした方向は本来の中国の「露店経済の生活者重視」に反する。この「生活者」無視こそ中国の「覇道」を意味すると姫田は批判する。ただ中国大陸は昨年来、李克強の発言によって「露店経済」が復活、香港と対照的に「生活者重視」の方向が現れつつある。
 中国の覇道は外交にも表れる。習近平によって2013年秋に提唱された「一帯一路」の世界政策だ。それは陸路と海路から「西に向け」地球を半周する支配圏拡大を目指すと姫田は言う。
 しかし元を正せば、これは冷戦崩壊後の世界支配をめぐって、この30年間米国が「大西洋と太平洋」の両洋から中ロ両国を封じ籠める政策を展開したことが一因だった。大西洋側では旧東欧諸国のEU(ヨーロッパ共同体)とNATO(北大西洋条約機構)加盟の急増によって「東向き」に包囲網を。太平洋側では1995年米国務次官補のジョセフ・ナイにより日米安保の再定義がなされたのを軸に日米韓豪が「西向き」に包囲網を形成した。
 中国の「一帯一路」政策はこの米国の「対中包囲網の世界戦略」に約17年後れてこれに対抗する「反包囲」として現れた。むろん中国が今後、数年後に米国に並ぶ大国になった時、それは本物の「覇道」に変わる。
 姫田は「一帯一路」のうち特にインドを経由する陸路に中印両国間の軍事衝突が生じる懸念を抱く。この点に関し、今年3月、インド太平洋の四か国、日本・米国・インド・豪州がオンラインで首脳会談(略称、クアッド)を開催した。米国の思惑はそのうちアジアの大国インドを反中国包囲網に加えることだった。しかし会談後の共同声明では包囲網について言及はなかった。インドへの配慮からと思われる。その証拠にクアッド会議直後、アラスカ州で開かれた米中2プラス2会談では、米国は中国の覇権を直截に批判した。
 確かに中印間は過去しばしば国境地帯で衝突を繰り返した。特に近年、インドは台湾と接近を高め、「一つの中国」が原則ではない。この点中国との間で矛盾を抱えていると姫田は言う。
 だが中印はかつて米欧日に植民地支配を受けた第三世界特有の歴史的経験を持つ。さらに中印には1955年「第一回アジア・アフリカ会議 」で第三世界を領導した共通体験があった。インドは中国と不即不離の関係にある。
 「一帯一路」のうち海路のシルクロードでも姫田はシンガポールやタイを例に挙げ、安全保障上、米国か中国かの二者択一は成立たないと言う。しかし米中対立が苛酷化する昨今、アジア諸国の選択肢はいよいよ狭められている。
 姫田は中国の覇道は「デジタル」世界の飛躍的発展(5G)にも見られるという。2012年秋の習近平政権の登場から、デジタル世界は正反両面で中国社会を一変させた。マイナス面では社会の至る所に監視カメラが設置され、カード使用によって人々が背番号化され社会の抑圧度が高まった。プラス面は監視が行き届くことで社会治安が改善され、パソコン・電子機器の普及、航空・新幹線・高速道路などの確立により生活上の利便が高まった。さらにプライバシーの犠牲の下コロナの封じ込めにも成功した。姫田はこの矛盾の中で中国人はマイナス面を背負ってでもプラス面の便利さの向上の方を取ったという。
 最後に姫田は中国の「覇道」を考える上で「東洋」の伝統に言及する。まず日本の「覇道」の衰退について。姫田は日本の衰退の遠因を「接待文化」に見る。中国に進出した日本企業が、「商社」を仲介して取引相手の中国企業から便宜供与を受けようと「接待」を駆使する習慣があること。完璧な中国語能力が必要となるこの「接待」は多くの進出企業の手に余り、そのため「商社」を介しての「接待」に頼った。
 この「接待文化」は、かつて1980年代に半導体摩擦によって日本企業が米国を凌駕し世界を席巻した時、「東洋的伝統」としてプラスに働いた。しかし90年代以後、現在まで「接待」は世界のIT技術に不適合なものとして淘汰されつつある。むろんすべての「東洋的伝統」が駄目なのではない。
 「論語・礼記」にある「修身斉家治国平天下」。とくにそこに現れる「仁義礼智信」の五条は「論語」に発し今も生きる「東洋伝統」の徳目であり、現在の中国で標榜される「中華民族の偉大な復興」を支える可能性があると著者は語る。
 姫田は本著を通じて偏りを排し、中国の「覇道」の行方を世界的視野から詳細に論じた。教えられるところの多い労作である。

2021年3月9日

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