書名:造船記
著者:野田雅也
発行:集広舎
造本設計:玉川祐治
英文翻訳:Tomas Lea
発売予定日:2023年03月11日
判型:B5判/並製/240頁
価格:本体3,500円+税
ISBN:978-4-86735-045-4 C0072
この書評は2023年(令和5年)6月2日発行『週刊読書人』に掲載されたものです。
書評氏のご許可を経てここに転載いたします。
復興のオルタナティブ・ストーリー
岩手県大槌町の造船所を通し見える風景より
岩手県大槌町。東日本大震災により住民のおよそ10人に1人が亡くなった町、被災した役場庁舎を震災機構として保存するか解体するか町民の中でも様々な意見があった町。多くの人が共通して持つ大槌町のイメージかもしれない。しかし、断片的でセンセーショナルなイメージの後景にひっそりと隠れるように、連綿と続けられてきた住民一人一人による暮らしの再建過程がある。本来、復興とはこうした住民一人一人による暮らしの再建過程の延長線上にある。本書は、11年間にわたって記録し続けた220枚以上の写真と文章で紡いだフォトストーリーであり、ともすれば私たちが忘れてしまいがちな住民による地道な暮らしの再建過程を描き出している。
本書では、町内の岩手造船所で働く人々とその関係者たちへ主に焦点が当てられている。こう聞くと、造船所という特殊な職人的世界を描いた作品に思う人もいるかも知れない。しかし本書には、多様な人々の日常風景が数多く記録されている。それには、造船業という産業の特徴と、地方の小さなまちに多く見られる生活様式の特徴が影響していると考える。造船業では、溶接、配管、塗装、無線などそれぞれの技術を持つ多様な人々が連携して、船主の声も聞きながら1つの船をつくりメンテナンスを繰り返す共同体を形成する。本書でも、溶接や塗装の作業を行う人々だけでなく、漁師たちの様子、海でとれたものを加工調理する人々の様子なども描かれる。
また、地方においては、仕事は産業のためにあるのではなく、文化などその土地特有の生活様式を形成する他の側面と密接であることが多い。例えば、沿岸のまちでは海での神事など行われるが、生業としての漁業がなければ海と地域との関係は希薄化し神事などもイベント化してしまう。造船業は漁業とともにあり地域が海との関係を継続することを支えていると言える。また、地元に働く場所があるからこそ次世代が学卒後も地域に関わり続ける機会がある。本書でも、神輿を海水で清める神事「潮垢離(しおごり)」や、大漁と漁の安全を祈願し船に神輿を載せて湾内を巡る「曳き船」の様子、造船所で働く住民の家で三世代にわたり郷土芸能へ関わり続けている様子などが記録されている。本書「おわりに」にあるように、「仕事は人と人をつなぐためにあり、助け、支えあうために町や社会が生まれる」のである。
本書が持つもう一つの特性は、人々の悲しみの深さや地域が持続していく上での大変さも描いている点である。例えば、目の前で妻を津波に流された男性の語り、津波から自分だけが助かったことを悔いて自死した男性の例、造船所での作業中に事故死した男性の例、家族を養うために故郷を離れた若者の例などが時折挿入される。復興政策では、被災した人々や地域が時間とともに直線的に回復していく目標像が用意され、それが社会全体だけでなく被災した当事者自身にとってもドミナントストーリー(思い込まされた物語)となることがある。ステレオタイプ的な震災伝承が行われると、それが既成事実として社会全体に定着してしまうこともある。しかし現実の暮らしの再建過程では、復興事業が計画通りに進まないことや家族の体調の変化や経済状況の変化などで方針が二転三転したり、住民が深い悲嘆に暮れる状態と新たな人生を歩んでいこうとする状態との間をゆらいだりすることが何度もある。本書には、人々のありのままの暮らしの再建過程を記録することで、より実態に合った多様なオルタナティブ・ストーリーを提起する意味もあるのではないだろうか。ただそのためには、女性や子どもの様子をさらに描く必要はあるかも知れない。
本書では、住民による暮らしの再建過程という視点で書評したが、本書にはそれだけでは捉えきれない非常に多くのテーマが含まれる。写真論からの視点、民俗学や宗教学からの視点など読者によって興味をひかれる部分が異なるだろう。すべての文章に英訳が付いており、日本語を母語としない人々も読みやすい。本書が多様な人々に読まれることを期待したい。
野坂 真(のざか・しん)早稲田大学講師(任期付)地域社会学・地域産業部・災害研究)
野田雅也(のだ・まさや)写真家・映画監督。映画に『遺言原発さえなければ』『サマンショール遺言第六章』『ふるさと津島』など。共著に『災害列島・日本』『3・11メルトダウン』など。1974年生。