明子の二歩あるいて三歩さがる

第11回

チベット旅行で思ったこと、感じたこと⑤ 青蔵公路、冬虫夏草

青蔵公路から見た青蔵鉄道(撮影/筆者)青蔵公路から見た青蔵鉄道(撮影/筆者)

青蔵公路

「チベットの人、みんな馬に乗れるの?」
 チベット人運転手に下手なチベット語で直接、聞いてみた。
「乗れる、乗れる。女だって乗れるよ」

 馬に乗り慣れたチベット人の動体視力はすごい。とりわけそのカム出身のチベット人の運転のうまさは別格だった。

 青海省西寧とチベット自治区ラサをつなぐ青蔵公路は片方一車線しかない。道は青蔵鉄道と平行している。追い越し車線のないその一本道を観光用の四輪駆動車やミニバン、物資輸送用トラック、そして軍事演習前後の軍用車が走る。なかでも一番多いのは物資輸送のトラックだ。チベット自治区ナンバーや近隣省の四川省ナンバーに混じり、黒竜江省、陝西省、山東省など中国全土のナンバープレートの車が通る。

 五千メートル級の山々に囲まれたチベットの首都ラサはマンションが建ち並び、インターコンチネンタルなどの高級ホテルや巨大ショッピングモール、ファストフードレストランの店舗は物が溢れている。ひとえにトラックによる大量輸送のおかげだ。道路とトラックがなければ西部大開発も漢民族の大量移住もありえない。

 青蔵公路はチベット経済の生命線であり、有事の際の極めて重要な軍用路でもある。

 草原に浮かぶか細い一本の線を現代のキャラバンが往く。古(いにしえ)の時代とは比べものにならない物量が運ばれるその草原の道は意外なほど細い。

「すごい。中国全土からトラックが来るね」
 反対車線を見ながらわたしが言った。
「そう。醤油は山東省から、お茶は雲南省から。中国は昔から地方の分業が進んでるから、全国から来るよ。だからラサにはトラック運転手のためにどんな地方の料理の店もある。風俗店もほとんどトラック運転手向け」
 チベット人ガイドが説明してくれた。

 

草原のど真ん中の大渋滞、立ち往生

 ナムツォ湖に行った帰り道。あとラサまで百キロくらいのところで、突然、わたしたちが乗った四輪駆動車が少しも動かなくなった。故障ではない、渋滞だ。草原の真ん中で一時間、そしてまた一時間と時間が経過するが、車は一歩も動かない。ガイドと運転手は訝しげにしきりと携帯であちこちに電話するが、渋滞の理由はわからない。

 向かって来る車も中央分離帯もないので、ラサ方面に行く車はみるみる反対車線にも広がった。日本ならラジオの道路情報を聞いたり、スマホでツイッター情報などを探すだろうが、誰もそうする様子はない。見回せば誰もが乾いた表情で淡々と事態を受け止めていた。すでに原因不明の飛行機遅延を中国旅行で何回か経験していたから、驚きはなかった。

草原のど真ん中で突然の原因不明の大渋滞(撮影/筆者)草原のど真ん中で突然の原因不明の大渋滞(撮影/筆者)

 数時間が経過し、道路に缶詰になった人々は、草原に入って用を足し始めた。ポツンを浮かぶチベット人の寂れた商店でカップラーメンを買う人たちが見えた。周囲の軍用トラックの荷台からは兵士の姿が見えた。

ロードサイドの小さなチベット商店(撮影/筆者)ロードサイドの小さなチベット商店(撮影/筆者)
最初は行儀良く一車線に並んでいた車はその後両車線に広がった(撮影/筆者)最初は行儀良く一車線に並んでいた車はその後両車線に広がった(撮影/筆者)

「この渋滞…もしかして突然の軍事訓練とか、そういうせい?」
 軍用トラックを横目にチベット人ガイドに尋ねてみた。
「うん。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
 答えは歯切れが悪かった。
「こういうこと、よくあるの? ラジオで交通情報とかないの?」
「ラジオ情報はない。昔、帰りが夜中になったことは何度かあるけど…まあ流石に朝までには動くと思う」

 車が動き始めたのは三時間ほど経った頃か。だが、それは単にラサ行きの車が道路全体に三重にも四重にもが無秩序に広がっただけだった。流れはすぐに止まり、幾重にもギッシリと並んだ列の左右の端の車が草原に落っこちそうになっていた。これでは、たとえ渋滞の原因が解消されても両方向の車がにらみ合ってしまう。全体を見通す人がおらず、個人がバラバラに砂のように動くことで生まれる二次被害。ラサにあれだけ警官がいるのだから、こういう時こそ交通整理してくれたら良いのだが。

 とうとう、しびれを切らし、舗装道路から草原に降りて草の上を駆け抜けようとする車が何台か出現した。まるで馬のように。だが一見乾いて見える草原はぬかるんでいたから、たちまち、タイヤが取られて動けなくなる車が続出した。泥だらけになり、車を後ろから手で押してぬかるみから引き出そうとする人々の悲鳴のような声が草原にこだました。太陽がかげると気温が下がり、冷たい雨が降り始めた。

 

血まみれのトラック運転手

 夜もとっぷり暮れ、ようやく車が動き出した。最初はノロノロだったが、徐々にスピードが上がった。ようやく渋滞の根本原因が解消されたらしかった。

事故の原因はこれだった(撮影/筆者)事故の原因はこれだった(撮影/筆者)

 まもなく原因がわかった。数キロ先で目撃したのは横転して道路を塞ぐ巨大なトラックと散乱する荷物だった。追い越そうとして、突然前方から来る車が見えたのか。トラックは急ハンドルを切って横転した。徐行で事故現場をそろそろと通り過ぎるとき、血だらけの運転手が介抱されているのがチラリと見えた。チベット人運転手は手の数珠を握りしめ、小さく「オマニペメフム」と唱えた。「陝西省ナンバーか。数百キロも飛ばしてきて、あとラサまでちょっとだったのに、やっちゃったねえ。かわいそうに…。でも何もこんなに道路を塞いで横倒しにならなくてもねえ…」
 ガイドが呟いた。

 それからさらに一時間ほどして、ラサから西寧方面に延々と続く空の荷台のトラックの間をくぐり、必死に前に進もうとする救急車が見えた。救急車が事故現場にたどり着くにはさらに時間がかかるだろう。

ラサに荷物を降ろして帰るトラックはどれも荷台が空(撮影/筆者)ラサに荷物を降ろして帰るトラックはどれも荷台が空(撮影/筆者)

 ようやく夜中にラサの市街に近づいた。今度はラサを出発したトラックが反対車線で大渋滞していた。青蔵公路は一本道だからラサを出た車は迂回はおろか、Uターンすらできないのだ。

「ラサを出たこのトラックはこの渋滞の理由も、それがいつまで続くかも分からないんだね。かわいそうに。ラサに引き返して一晩過ごして出直した方がいいのに。まだまだ続くよって教えてあげたいね」
 わたしはガイドに言った。
「なあに、この人たちは車の中で一夜を過ごしますよ。慣れてるし、ホテル代がもったいないし。夜明け前にはレッカー車が来て、倒れたトラックは完全撤去されるでしょう。そうやって睡眠不足の運転手が多いから、事故が起きちゃうんだけど…」

夜中にラサで食べた牛肉麺は美味しかった(撮影/筆者)夜中にラサで食べた牛肉麺は美味しかった(撮影/筆者)

 配車アプリの普及で競争が激化し、安い運賃で受注せざるを得ない中国のトラック運転手の苦境と今年6月に起きたストについて、たまたまチベットに来る前にネット記事を読んでいた(参照)。トラックやバスの運転手の長時間労働と低賃金は日本でも問題だが、国土の広大さと移動距離、規制の緩さを考えれば、その苦境は日本以上に深刻だろう。中国の現行体制下のストは命がけかもしれない。だが、もともと彼らの命の値段はあまりに安い。それを青蔵公路の草原の一本道で知った。

 辺境の地だったはずのチベットは今や中国本土と同じスピードで走る場所となり、草原は荒々しい資本主義の波に飲み込まれている。チベット人はそのスピードについていけず、発展の果実を享受できない。だが、じゃあ中国人はみんな甘い汁を吸っているかというと、そうでもない。

 

冬虫夏草のバザール経済

 自分の土地の経済発展から取り残されたチベット人にも残された数少ない高収益の得意分野がある。特産の冬虫夏草の採取だ。中国人は冬虫夏草を精力増強剤として珍重し、贈答品にする。金より高価な冬虫夏草が生えるのはチベットの山奥だけで人工栽培ができない。その採取と管理は山を知るチベット人にしかできない仕事だ。

金より高価な冬虫夏草。これが選り分けられカプセルに詰められて高級な木箱に収まる(撮影/筆者)金より高価な冬虫夏草。これが選り分けられカプセルに詰められて高級な木箱に収まる(撮影/筆者)

「これが冬虫夏草で金持ちになった人」、とガイドがわたしの脇を突いて教えてくれた。 重そうなサンゴとターコイズの宝石を髪からぶら下げた若いチベット人女性がラサのバルコルで買い物をしていた。

裕福なチベット人女性のラサのショッピング(撮影/筆者)裕福なチベット人女性のラサのショッピング(撮影/筆者)

 2007年に青蔵鉄道ができた当時、インドの亡命地のダライ・ラマは、「鉄道は漢民族の流入と経済的利益にしかつながらない。チベット文化の抹殺につながる」と批判していた。それから10年余りが経ち、鉄道はすっかり地元の足となっていた。北東チベットで採れた冬虫夏草の取引に往来する裕福なアムド(北東チベット)商人は青蔵鉄道を利用してラサへのシャトル出張をしている。冬虫夏草で豊かになったアムド商人はラサの不動産を買い漁り、チベット人同士の経済格差も広がっているのだという。

 ラサの裏道、回教寺院の前の広場で冬虫夏草のマーケットが立っていた。回教徒による冬虫夏草の買取り店が並ぶ広場で小さな白い帽子をかぶった回教徒とアムドの男たちが大きなザルに広げて冬虫夏草を取引し、人民元札が飛び交っていた。まるで中世のバザールさながらだ。裏道を一本隔てたところでは、今度はチベット人同士が骨董市で古いチベットのアクセサリーを交換していた。わたしたちが手元の現金を銀行に預け入れるように、冬虫夏草を売った金はそのまま宝飾品に化けるのだった。

チベット人と回教徒のマーケットは男の世界(撮影/筆者)チベット人と回教徒のマーケットは男の世界(撮影/筆者)

 エキゾチックなバザールの光景にわたしはスマホを向け続けた。

「似た景色がある。トルコやモロッコだ。遊牧民はこうやってモノを右から左に動かして儲ける。日本のサラリーマンみたいに和を重んじて朝から晩まで従順に目標に従うとか、生命保険や住宅ローンの計算して生きるとか、とてもじゃないけどできない。中世的なんだ」と夫が言った。

 生き方が違う異民族を支配するのは難しい。なぜなら、歴史と風土が違うから、武力では制圧できても、心を支配するのが難しい。でも、心を支配しないと近代化できない。それで、中国政府はチベット人を漢民族のシステムにはめ込んで発展させようとして苦労している。

 ローマやイギリスが長い植民地経営に成功したのは、圧倒的な軍事力、文化力、技術力、外交力を持ち、被支配民を分断し、洗脳し、巡撫する力に優れていたからだ。今の中華人民共和国はそこまでは強くない。でも、そこまで強くなりたいと望んでいる。

 今の経済発展は中国には二度とないチャンスだ。中国共産党は経済の衰退が始まる前に発展を全土に行き渡らせようと必死だ。ひとたび経済が逆流し始めれば、辺境のインフラ維持コストは辛くなる。もしインフラを維持発展させる経済成長が失われれば、豊かな生活のプラットフォームが崩壊し、中国人はとてもここでは生き延びられない。もちろんチベット人は生きられる。ほとんどGDP成長のない定常社会で二千年も生きてきたのだから。

「中国政府がチベットから手を引くなんて、そんな時、来るんだろうか」
「わからない。でも確実なのは、物事はいつまでも一つの方向には進まないってこと。絶対的に見えても、時間が過ぎるとそれがそれほど絶対じゃないことがわかる。囲碁をやるとわかる。いつか強みは弱みになり、弱みは強みになるんだ」
「黒は白になり、そしてまた黒になり」

 壮大なポタラ宮が見下ろすラサの夕暮れの街を、わたしたちはそんな話をしながら歩いた。

コラムニスト
下山明子
翻訳業、ブロガー。早稲田大学、パリ政治学院卒業。格付会社、証券会社のアナリストを経て2009年より英日、仏日翻訳に携わる。チベットハウスの支援、旅行、読書を通じて、アジアの歴史を学んでいる。著書『英語で学ぶ!金融ビジネスと金融証券市場』(秀和システム)。訳書『ヒストリー・オブ・チベット』(クロード・アルピ著、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所)
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