廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第28回

社会的連帯経済のマーケティング(その2)

 今回は、前回に引き続いてマーケティングについて、特に社会的連帯経済の文脈から考えてみたいと思います。

 前回の記事に書いたように、現在最も広く受け入れられているマーケティングの定義は「顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセス」(全米マーケティング協会、2007年)です。この観点から社会的連帯経済を眺めてみると、いくつかの特徴的な価値があります。たとえば、

  • 環境や労働者の人権に配慮した生産・消費活動
  • 出資額ではなく労働に応じた、搾取のない利益分配
  • 労働者の能力開発への取り組み
  • 地域社会やその経済発展への貢献
  • 男女平等
  • 民主的な運営

 などです。

 しかしながら、これらの価値の大部分はそこで働く労働者にとってのものであり、特にその生産現場から遠く離れたところに住む消費者にとっては、直接メリットがあるものではありません。例えば、フェアトレードを知らない東京の消費者がコーヒーを飲む場合、その人にとってはコーヒーが適度に美味しくて安ければ満足する一方で、そのコーヒーを生産した中南米やアフリカといった遠い国の農家の月収が1万円だろうが10万円だろうが関係ありません。環境面については、農薬や化学肥料漬けの食品よりも無農薬有機農業で生産されたコーヒーのほうが消費者の健康にもよいということで消費者は気にするでしょうが、直接口にするわけではない製品については消費者の関心が薄れてゆく恐れがあります。

 しかし、ここで思い出してもらいたいことがあります。社会的連帯経済は単なる経済活動ではなく、もともと社会運動としての側面もあるということです。協同組合運動は当初、資本主義によりひどい生活を余儀なくされた労働者が数多く出たことへの解決策として生まれ、その他の社会的連帯経済の実例についても社会問題への対処を目的として発足していますが、やはりこの原点に立ち返って、普通の資本主義企業とは違い、経済活動によって社会的な価値を生み出していることを何らかの形で消費者にアピールした上で、その価値を消費者に理解してもらう努力が必要でしょう。フェアトレードはその長い運動により、多くの消費者が付加価値を認めて通常の製品よりも高い値段を出してくれるようになりましたが、社会的企業や地域通貨などの分野でも、それら活動の「価値」を利用者に理解してもらう努力が欠かせないと言えるでしょう。

 とはいえ、社会的連帯経済の知名度が低い状況では、そもそもこういう形の経済活動があること自体に、それほど関心を持ってもらえません。ただ、日本国内の社会的連帯経済関連では、「生協の白石さん」(白石昌則著、講談社、2005年)が有名になりましたし、2012年には映画「ワーカーズ」が完成し、その後全国各地で自主上映会が開かれています。このような資料を活用して、社会的連帯経済の意義を強調してゆくことで、少しずつ関心を高めてゆく必要があるでしょう。

▲映画「ワーカーズ」予告編

 次に、マーケティングについて考える場合、市場の細分化(セグメンテーション)について考える必要があります。たとえば、腕時計であれば数百円の安物から数十万円の高級品まであり、それぞれの商品を求める購買層がある以上、これに応じた商品を作って販売する必要があります。高級品の時計を持つことが社会的ステータスとされる人たちに対して3000円程度の安い時計を見せても興味を示さないでしょうし、高級品を買う経済的余裕のない人たちにダイヤモンドつきの時計の宣伝をしても、誰も買わないことでしょう。この場合、たとえば高級腕時計を作っている職人は、その商品を買ってくれそうな人たちに焦点を当てたマーケティングを行う必要があります。こういう客層の場合、出張旅行の場合にはファーストクラスやビジネスクラス(新幹線ならグリーン席)、ホテルならスイートルームなどを利用する可能性が高いので、そういう人たちが目にするような形で広告を打つことが効果的でしょう。なお、Yankelovich and Meer(2006)によると、セグメンテーションの際には以下の6つの点に留意する必要があります。

  1. 何をしようとしているのか?:企業の戦略決定をセグメンテーションと調整する(例: ファストフードチェーンでも健康によいメニューを開発することで、健康への関心が高い消費者を獲得)。
  2. どの消費者が利益をもたらすのか?:消費者のうちどの階層が最も利益率が高いのかを見極め、似たような特性を持つ消費者層を探し出す(例:フェアトレードのコーヒーを最も消費するのが中流階級の35~50歳の女性であるなら、他の年齢層の女性にも売れるかどうか検討する)。
  3. 購買の意思決定にはどのような態度が影響するのか?:商品やサービスに直接関連した態度があるので、消費者のライフスタイルや自己イメージなどを分析(例:フェアトレードのコーヒーを買う消費者の社会生活)。
  4. 顧客が実際には何をしているのか?:消費者の好みを分析し、それに合った商品やサービスを開発(例:フェアトレードの場合、パッケージのサイズ、デザインや価格など。一人暮らしの女性が多いなら、その女性が消費しきれる量を販売)。
  5. セグメンテーションが経営陣に受け入れられるか?:企業の場合、経営陣が承認しなければどんなすばらしいマーケティング戦略でも受け入れられないので、彼らを説得する論法が必要となる。協同組合やNPOなどの場合は理事会、あるいは自主運営型の組織の場合には組合員や会員全員となるが、基本的に組織全体でそのマーケティングを受け入れてもらう必要がある。
  6. このセグメンテーションに変化が起きる可能性があるか?:セグメンテーションの枠組みが未来永劫変わらないという保証はないので、消費者のニーズ、態度や行動の変化、また景気動向の変化に柔軟に対応する必要がある(例:日本の市町村の間でフェアトレードタウンがブームになれば行政という市場が増える一方、フェアトレードを支えてきた女性層の収入が減るとフェアトレードへの需要が減る可能性がある)。

 リレーションシップ・マーケティング(新規顧客の掘り起こしではなく既存の顧客との関係維持や改善に焦点を当てたマーケティング)、コーズマーケティング、そしてソーシャル・マーケティングについては、社会的連帯経済との親和性が高いことがわかります。リレーションシップ・マーケティングの場合、お得意様との絆を大事にすることによって売上を維持することができますが、生産者と消費者の双方がメリットを得られる経済関係こそ、社会的連帯経済的といえるでしょう。コーズマーケティングは社会的な目的のために売上の一部を寄付するというもので、第19回でご紹介したキームガウアーの場合、地域通貨建てでの買い物のうち3%が指定NPOなどに寄付されますが、これもれっきとしたコーズマーケティングの一種と呼ぶことができるでしょう。そしてソーシャルマーケティングは、禁煙、飲酒運転の禁止、コンドームを使ったセーフセックスなど特定の行動を推進するものですが、社会的連帯経済のように社会的に意義のある生産活動によって生み出された商品やサービスも、ソーシャルマーケティングの手法を使って市場開拓ができる可能性があります。

 最後に、前回ご紹介した「規範遵守」、「同一化」そして「内部化」という、新しい価値観が定着する3つの段階について、社会的連帯経済の商品やサービスの消費という観点から考えてみましょう。規範遵守は確かに強制力のあるもので、韓国の社会的企業育成法やブラジルの学校給食、またフェアトレードタウンの資格認定のように社会的連帯経済の商品が一定の市場を獲得できるようにするという意味では効果的ですが、行政が乗り気でない場合にはこの方法は通用しませんし、それ以上に市議会や国会などに対してそのような法律や条例を可決してもらうよう地道にロビイングを行う必要があります。同一化は、有名人を起用したりブームを起こしたりすることで実現できますが、これもその有名人が社会的連帯経済の商品やサービスの購入をやめたり、ブームが去ったりするとその商品やサービスの売上が落ちてしまいます。内部化、すなわち社会的連帯経済の価値観を消費者自身が理解したうえで、それに納得して消費行動を起こすようになるのが理想的ですが、ここまでの段階に達するには時間がかかることから、規範遵守や同一化という形で社会的連帯経済の商品にまずは馴染んでもらって、その後内部化にまで進むようなマーケティング戦略を立てることも大切ではないでしょうか。

フェアトレードタウンのサイト

フェアトレードタウンのサイト

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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